11.兄妹③
美矢様の妹であると福寿は宣言された。
しかしそれは公にはしない方が良いという宰家当主、五人の一致の判断により、この場にいるものの胸の中に留めるに至る。
ただ系譜を見る者がいれば不審に思う者が現れるかもしれない。
「美矢様」
「何だ尊冬」
「申し上げます。福寿様には早いうちに黒水へ迎えたいと存じます」
「それは我が可愛い妹を息子の嫁にもらいたいという意味か?」
「左様でございます」
「どっちの息子だ? 尊冬には二人の息子がおるだろう」
末座に控えた二人を眺めながら帝は尊冬に問うた。
「それは……」
尊冬としてはどちらでも良いと考えているのだろう、ここではっきりとどちらだと進言できない。衛冬も冬真もそれぞれ福寿を好ましく思っているのは知っている。
ならば福寿がより慕っているほうと添わせればよい。福寿の意見を仰ごうと口を開くが、それより先に帝が声を発した。
「次の当主になる方だ。次期当主を疾く決めよ」
「しかし、それは」
「何? 長男は片腕がないから無理か? 次男は鳴司と認められていないし、我が妹よりも弱いから無理か? そうか。ならば黒水でなくともよい。青木にするか、赤火でも良いぞ」
帝は婉然と笑っている。
さて、早急に手を打たねばならぬと、黒水の男たちは考えた。
*
帝が高らかに宣言する声は福寿には届いていなかった。
――いもうと、とは何ぞや?
皇后、中宮、女御、更衣、その下に『いもうと』という后位があっただろうか。福寿が知らぬだけで、あるのかもしれない。
「福寿? 福寿? 我が可愛い妹よ、いかがした?」
まただ――と福寿は『いもうと』という言葉を拾って、意識が引き戻された。
「あの、……美矢様?」
「なんだい?」
飴でも溶かしそうなまろやかな笑みを帝は浮かべている。
「無知を恥じておりますが、どうぞ教えてください。『いもうと』というのはどのようなお役目でしょう?」
しん、と空気さえ流れを止めた空間に、烏の鳴き声が無情に届く。福寿の無知は烏さえも莫迦にするほどなのだ。
「あ、え?」
美矢様が円らな瞳を向けて固まる。
「福寿さん?」
「はい、皇后様」
首の向きを変えれば香秋様がきょとんとした表情のまま尋ねた。
「兄弟姉妹はご存知よね? そこの衛冬と冬真は兄弟でしょう? その意味の兄弟姉妹よ」
「はい。わたしにも妹がおりますので、――え? 妹ってそういう……?」
ようやく理解した福寿に対して、皆が首を縦にして頷いている。
「わたしが美矢様の妹?」
「福寿の嫁入り先の話まで進んでいたのに、福寿はまだ我が妹になった所に取り残されておったのか? 気付いてやれずに済まなかった」
「美矢様がお兄様?」
「そうだよ。我が妹よ」
「…………側室、じゃない?」
「側室が良かったのか? 香秋の悋気は激しいぞ? 仕方ない中宮にしてやろう」
「嫌。じゃなくて、いいえ、丁重にお断りします」
福寿は深々と頭を下げて辞退した。
側室ではなかった。じわじわとそれが福寿に喜びを与える。
「我が妹よ、それは何に対しての笑顔なのだ?」
福寿は両手で頬を挟んで笑顔を隠すと、香秋様が楽しそうに笑い声を立てられた。
「あの、美矢様?」
「せっかく兄妹になったのだ。兄様と呼んではくれないのか?」
帝が拗ねた顔を見せる。
「お、……お兄様にお願いがございます」
福寿はこれから願いを口にするのだ。帝の願いも聞き入れなければ不公平だろうと恐れ多くも美矢様を『お兄様』と呼ばせていただく。
すると帝はにんまりと機嫌よく笑った。
「なんだい、我が可愛い妹よ」
「あのう……、先程のご褒美をいただきたく存じます」
「我が可愛い妹は、何が欲しいのかな?」
兄と呼ばれて嬉しそうな顔を帝が見せる。
「何でも良いのですよね?」
「朕に叶えられるものであれば、何でも申すが良い」
「それではわたしは、冬真様を所望します」
福寿はにこりと笑ってみせた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます