11.兄妹③

 美矢様の妹であると福寿は宣言された。

 しかしそれは公にはしない方が良いという宰家当主、五人の一致の判断により、この場にいるものの胸の中に留めるに至る。

 ただ系譜を見る者がいれば不審に思う者が現れるかもしれない。


「美矢様」

「何だ尊冬」

「申し上げます。福寿様には早いうちに黒水へ迎えたいと存じます」

「それは我が可愛い妹を息子の嫁にもらいたいという意味か?」

「左様でございます」

「どっちの息子だ? 尊冬には二人の息子がおるだろう」


 末座に控えた二人を眺めながら帝は尊冬に問うた。


「それは……」


 尊冬としてはどちらでも良いと考えているのだろう、ここではっきりとどちらだと進言できない。衛冬も冬真もそれぞれ福寿を好ましく思っているのは知っている。

 ならば福寿がより慕っているほうと添わせればよい。福寿の意見を仰ごうと口を開くが、それより先に帝が声を発した。


「次の当主になる方だ。次期当主を疾く決めよ」

「しかし、それは」

「何? 長男は片腕がないから無理か? 次男は鳴司と認められていないし、我が妹よりも弱いから無理か? そうか。ならば黒水でなくともよい。青木にするか、赤火でも良いぞ」


 帝は婉然と笑っている。


 さて、早急に手を打たねばならぬと、黒水の男たちは考えた。





 帝が高らかに宣言する声は福寿には届いていなかった。


 ――いもうと、とは何ぞや?


 皇后、中宮、女御、更衣、その下に『いもうと』という后位があっただろうか。福寿が知らぬだけで、あるのかもしれない。


「福寿? 福寿? 我が可愛い妹よ、いかがした?」


 まただ――と福寿は『いもうと』という言葉を拾って、意識が引き戻された。


「あの、……美矢様?」

「なんだい?」


 飴でも溶かしそうなまろやかな笑みを帝は浮かべている。


「無知を恥じておりますが、どうぞ教えてください。『いもうと』というのはどのようなお役目でしょう?」


 しん、と空気さえ流れを止めた空間に、烏の鳴き声が無情に届く。福寿の無知は烏さえも莫迦にするほどなのだ。


「あ、え?」


 美矢様が円らな瞳を向けて固まる。


「福寿さん?」

「はい、皇后様」


 首の向きを変えれば香秋様がきょとんとした表情のまま尋ねた。


「兄弟姉妹はご存知よね? そこの衛冬と冬真は兄弟でしょう? その意味の兄弟姉妹よ」

「はい。わたしにも妹がおりますので、――え? 妹ってそういう……?」


 ようやく理解した福寿に対して、皆が首を縦にして頷いている。


「わたしが美矢様の妹?」

「福寿の嫁入り先の話まで進んでいたのに、福寿はまだ我が妹になった所に取り残されておったのか? 気付いてやれずに済まなかった」

「美矢様がお兄様?」

「そうだよ。我が妹よ」

「…………側室、じゃない?」

「側室が良かったのか? 香秋の悋気は激しいぞ? 仕方ない中宮にしてやろう」

「嫌。じゃなくて、いいえ、丁重にお断りします」


 福寿は深々と頭を下げて辞退した。

 側室ではなかった。じわじわとそれが福寿に喜びを与える。


「我が妹よ、それは何に対しての笑顔なのだ?」


 福寿は両手で頬を挟んで笑顔を隠すと、香秋様が楽しそうに笑い声を立てられた。


「あの、美矢様?」

「せっかく兄妹になったのだ。兄様と呼んではくれないのか?」


 帝が拗ねた顔を見せる。


「お、……お兄様にお願いがございます」


 福寿はこれから願いを口にするのだ。帝の願いも聞き入れなければ不公平だろうと恐れ多くも美矢様を『お兄様』と呼ばせていただく。

 すると帝はにんまりと機嫌よく笑った。


「なんだい、我が可愛い妹よ」

「あのう……、先程のご褒美をいただきたく存じます」

「我が可愛い妹は、何が欲しいのかな?」


 兄と呼ばれて嬉しそうな顔を帝が見せる。


「何でも良いのですよね?」

「朕に叶えられるものであれば、何でも申すが良い」

「それではわたしは、冬真様を所望します」


 福寿はにこりと笑ってみせた。


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