6.弦士大学③


 午後の授業が始まろうとする弦士大学を後した三人は近くの茶屋で休み、それから黒水へ帰ることにした。


 弦士大学と大内裏の間にある広い通りは、昼を過ぎてもまだ賑わっている。


 弦士大学の西側に進むと、見世みせが並んでいた。どこからか餅が焼ける匂いに、甘辛いタレの香ばしさが漂ってきて、その団子屋の前で三人の足が止まる。老婆が店の前で餅をあぶっていた。


「ここはね、みたらしがおススメだよ。でも、餡子も胡麻も人気なんだ。お茶は緑茶とほうじ茶が選べるよ」


 子どものような顔でそう説明する衛冬について暖簾をくぐり、三人は中に入った。空いている席に腰を下ろすと、冬真がお品書きを福寿に見せてくれる。


「何が食べたいですか?」

「ええと」


 福寿の横を女給が通る。お盆にはみたらし、餡子、胡麻の団子が三つのっていた。


「どれも美味しそうですね」

 

 冬真は福寿の視線の先を理解して小さく笑っている。


「全部注文してもいいよ?」


 先程の『冬真先輩』の口調とは違い、たまに丁寧ではなくなる口調の時の冬真こそ素のように感じてしまう。


「いつも、そのようにお話なさってください」

「え? ああ、そうですね。では福寿も僕に対して普通に話してくれる?」


 福寿は戸惑う。冬真は補家が仕える宰家の子息。福寿は冬真より年下だが、たとえ福寿が年上であったとしても敬いをもって接しなければならない関係にある。


「そのようなことは……」

「ええ〜、いいんじゃないかな? 私にも敬語はなしで話していいよ?」

「それは無理です!」


 福寿は全力で否定する。衛冬は冗談だったのか笑っている。


「では僕もこのままで」

「しかし」

「さあ三種とも注文しようかな」


 衛冬はにこにこと勝手に三種を三人分注文してしまった。

 そんなに多く食べられるかしら、と悩む福寿の視線が斜め前に向く。三種類の団子がのった皿。餡団子をひとつ楊枝に取るその人を福寿はゆっくりと見た。

 黒水藩では見ることのない外つ国の服装――背広を着た男性は餡団子をひと口で頬張る。


 ひと口で食べてしまうなんて凄いと感心しながら福寿は視線を上げ男の顔を見た。

 短髪に眼鏡、いかにも真面目な政務官といった男に見える。

 福寿の視線に気付いたのか、その男と目が合った。男は視線をすっと横に滑らせる。


「ああ。賑やかな声が聞こえると思えば、黒水の兄弟。久しいな」

節護せつごにい!!」


 まるで少年のような冬真の声を聞いて、良く知る仲なのだと感じる。

 背広の男は皿を持って衛冬の隣に腰を下ろした。


「ご無沙汰してます」

「話しは聞いたぞ、よく生きていたな」

「耳が早いですね」

「よく無事だった。その場に三人いたと聞いたが?」


 節護の目が衛冬、冬真、福寿の三人を順番に映す。

 衛冬は節護の瞳を凝視する。節護の問いを肯定するように、衛冬の瞳が是と唱えた。


「なるほど。それで、そちらのなかなか面白いお嬢さんは?」


 眼鏡の奥に光る節護の瞳が福寿に真っ直ぐ刺さる。

 福寿はその視線に緊張しながら『面白い』という表現に首を傾げた。面白さなど微塵もないだろう。


「福寿、ご挨拶して」

「はい。柊福寿と申します。ああ、でも冬真さま」

「何?」


 福寿は小さな声で隣に座る冬真に囁く。わたし死んだことになっていますよね――と。

 しかし名乗った後である。節護は「柊福寿?」と呟きながら顎に指を当てる。


「柊満人の長女と同じ名か? 分家の娘か? それともその長女なのか? 長女はたしか――」


 世間では死んでいることになっている福寿は、世間を騙しているのだとようやく実感し、この政務官に裁かれるのではないかと血の気が引いていく。


「節護兄。これには事情がありまして」


 冬真が声を落とす。


「ここで聞くことでもないだろう。この後の予定がなければ団子を食べて内裏で聞かせてくれないか?」


 衛冬の首肯により、内裏に行くことが決まったのだった。


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