6.弦士大学②

 和美に挨拶をして事務室を出ると、男子生徒の一人が待ち構えるようにして立っていた。


「冬真先輩!」

菖蒲あやめ?」

「衛冬様もお久しぶりです」


 太陽のような笑顔を向ける袴姿の生徒が綺麗なお辞儀をする。

 背丈は冬真と同じくらい。赤茶の髪は肩までの長さがあり、紐でひとつに結んでいる。


えのき菖蒲くんか! 冬真の卒業式以来だね」


 榎といえば南に位置する赤火せきほの筆頭補家である。菖蒲はその本家か分家の子息なのだろうと福寿は思った。


「今日はどうして弦大こちらに?」

「ああ、少し調べたい事があって」

「調べたい事?」 

 

 冬真が、はっと何かに気付いて衛冬を見る。


「兄上、菖蒲は中弦生です」


 弦士大学は三年制であり、一年目が下弦生。二年目は中弦生。三年目を上弦生と呼んでいた。


「では二年前に弦大を受験したのか?」

「はい」


 菖蒲は意図が分からず訝しそうに返事をする。


「この福寿も二年前に受験したんだ」


 冬真の口調が変わり『冬真先輩』らしくなっている。そしてそれはどこか衛冬の軽い口調に似ていることに福寿は気付いた。


「でもその子は在籍していません」

「ああ、落ちたんだ」

「そうですか……?」


 話が分からないと眉を寄せる菖蒲が福寿をじろじろと見る。


「受験の時に何かおかしいと思うことはなかったかい?」


 衛冬の質問に菖蒲は眉を寄せたまま、なかったと思うと答えた。


「そうか。ありがとう」


 福寿も受験日を思い起こすが何かおかしな事が起きた記憶はない。やはり自分が落ちこぼれだっただけなのではと思う。衛冬や冬真に無為な時間を過ごさせているようで苦しくなってきた。


「それより冬真先輩、聞いてくださいよ!」

「何だ?」

「昨年の縦割り班を覚えてますか?」

「僕も菖蒲も一緒だったな。同じ松組で四班だったか? 福寿も入学していれば三人同じ班だったかもしれないね……」


 福寿はまさかそんな訳はないと首を横に振る。

 教室分けは優秀な者から松組となり、その次が竹組、一番下が梅組に分けられる。

 たとえ福寿が入学できたとしても、福寿は一番下の梅組だろう。


 縦割り班は力の差が少ないよう、松組は松組同士で班を作るのだ。きっと福寿は冬真とも菖蒲とも同班になることなどなかっただろう。


「それでその縦割りがどうした?」

「僕と同弦生で、首席入学のくせに、いまいち力を使えない女がいたじゃないですか。あいつ、中弦生になって竹組に落ちたんですよ」

「そうか」


 冬真はあまり興味がなかった。他のことへ割く時間があるなら自分の鍛練の時間にする方が効率的だと考えていたため、その女生徒のこともあまり覚えてはいなかった。


 衛冬が懐中時計を見る。

 生徒たちが同じ方向に流れているのが廊下の向こうに見えた。


「そろそろ昼休みが終わるね」

「はい。お会いしましょう」


 失礼します、と菖蒲は綺麗なお辞儀をして去っていく。福寿も腰を折って菖蒲の背中に頭を下げた。


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