6.弦士大学
一行は馬車で宮国中央に位置する
福寿にとっては二度目の宮都。一度目は弦士大学受験日に。そして二度目が今日である。
宮都の北には
ちなみに弦士大学の南側には、宮国一番の市場が広がり、ここで買えないものはないと言われている。
なかなか宮都に来る機会などない福寿にとって、宮都は雅できらびやかな憧れの都会だ。
妹の牡丹は薫子とともに市場へよく買い物に出掛けている。
宮国の南の地に外つ国の船が来るようになってまだ十年と少ししか経っていない。外つ国の品はどれも珍しく貴重で、牡丹がよく自慢していたことを思い出した。
宮都から東西南北に四つの藩が広がっている。
またそれぞれの藩を守るように四つの大きな山も存在する。
北の
東の
南の
西の
宮都の大きな辻から四つの山が見えるのだが、福寿の乗る馬車からは東の青龍山しか見ることができなかった。
「福寿、疲れてませんか? 休憩する? 出発してもう二時間になりますよ」
冬真がしきりに気遣ってくれるので福寿は恐縮してしまう。
「大丈夫です。私が願ったことですから」
弦士大学に問い合わせたいという衛冬と冬真の二人に福寿が出した条件は、福寿もともに調査に加えて欲しいということだった。
二人は福寿の条件を聞いて顔を見合わせた。
聞き入れられないと断られるかもしれないと思っていた福寿に返ってきた言葉は「では一緒に調べよう」という明るい衛冬の声だった。福寿の横にいた冬真は福寿の手を優しく握って微笑み、こくんと首を縦におろしてくれた。
大内裏を囲む塀が途切れる。大内裏の南側に出たのだろう。そうすればその南に見える木造の建物が弦士大学だ。
弦士大学の門前で馬車が止まる。馬車を降りると門衛が確認に出てきた。衛冬が二、三言葉を交わすと中に通される。
「丁度、昼休憩になったみたいだね」
にわかにざわつき始める校内に視線を向ける。福寿も通っていたかもしれない学校。寂しさとは少し違う気持ちが胸の中に生じる。これは羨望なのかもしれない。
藩塾の友人は合格して、通っている。福寿も通っていれば他にも友人が出来たかもしれないし、もっと役に立てる力を習得していたかもしれない。
「福寿?」
前を歩く冬真が心配そうに振り返る。
「はぐれますよ。おいで」
「はい」
校内に入るとすぐに事務室があった。
まず衛冬が入室する。冬真と福寿は廊下で待った。しばらくすると中に入るよう促されたので、福寿は冬真の背中について事務室に入室した。
事務室には三人の事務員が休憩をしている所で、その内一人の男性が衛冬の向かいに座っている。
「冬真くん、久しぶりですね」
「和美さんもお元気そうで何よりです。福寿、こちらは事務員の
浅黄色の袴がよく似合う柔和な顔立ちをしている。年齢は衛冬よりも上に見えるので三十歳前後だろうか。
「はじめまして。柊福寿と申します」
にこやかに対応していた和美の表情が変わる。
「柊?」
「和美さん、僕たちは二年前の受験について伺いに来ました」
「待ってください。柊福寿さんって……。覚えてますよ、二年前ですよね。でも亡くなられたと連絡が……」
和美の眉間の皺がだんだんと深くなる。
「はい。不合格となった福寿は死んだことにされました」
「まさか!? 生きていた? 受験に落ちたことを隠すために表向きは死んだことにされたとでも言うのですか?」
衛冬や冬真と比べて細めの目が丸く開いている。
「どうやらそのようです。ですが、私も冬真も福寿が受験に落ちるような子ではないと感じました。それで」
「二年前のことを調べたいんですね。分かりました、協力しましょう。しかし表立って動くことはできません」
「はい、じゅうぶんです」
福寿は和美が協力してくれることに感謝して頭を下げる。
「二年前の弦大受験で不審なことはありませんでしたか?」
衛冬が尋ねると、和美がふむと思考を始める。
「不審な点は、特に……」
答えながら和美は衛冬と冬真を見た。
「不審なことではありませんが、黒水の藩塾からの問い合わせがありましたね」
「覚えていらっしゃるのですか?」
「ええ。対応したのが私ですので。合否判定に誤りはなかったかと塾長自らお越しになりました」
自ら足を運んでまで問いただしてくれようとしたのかと、福寿は塾長に感謝の念を抱く。
「万が一誤りが見つかっては後々大変なことになりますからね。解答、採点の全てを見直しましたよ」
「それで見つかりましたか?」
「いえ、作業の途中で柊家から『間違いなどなかった。福寿は亡くなったからもういい』と言われて打ち切りです。他にも作業しなければならないことがたくさんありましたし、年度末も近付いておりましたしね」
「その当時の答案用紙等は残ってますか?」
「ありますよ」
「閲覧は?」
衛冬が問うと、和美は上体を前に出して声を落とす。あまり聞かれてならないことなのだろう。
「今日は難しいですね。指導員室の奥にある鍵付きの棚に保管されています。学校が休みの日であれば閲覧できるかと思いますが」
「なるほど。では次の日曜でもよろしいでしょうか?」
和美は無言で頷いた。
福寿は何か悪い事でも企むような顔をする衛冬を見て心苦しくなり、手をぎゅっと握る。
そんな福寿の隣にいる冬真が福寿の手の甲に手をのせてきた。
福寿は冬真の顔を見る。
冬真は大丈夫だよ、と福寿を安心させるようにとびきり優しい微笑みを向けてくれる。それを見て安心すると同時に、福寿の胸が大きく跳ねたのだった。
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