3.罪人③

 生まれて初めてふかふかの布団で寝た福寿は、客人として十分過ぎるほどの待遇に戸惑っていた。

 黒水家の女中が豪華な食事を配膳し、これまた上等な着物に召し替えられ、昨晩は冷めた湯ではなく、温かい湯を使わせてもらったのだ。


 今も着物を汚してはいけないという緊張ばかりで箸を持つ手が震える。膳には一汁三菜に水菓子まであった。眺めるだけで満腹になりそうだと福寿は思う。

 福寿は結局どの器も中途半端に残ったまま箸が止まる。


「お口に合いませんでしたか?」


 申し訳なさそうにする女中に、福寿の方が申し訳ないと謝った。


「多くを食べることができなくて……、でもとても美味しかったです」

「では昼からは量を減らしましょうか?」

「そうしてもらえると助かります……」

「かしこまりました。ちなみにお好きなものを伺っても?」


 福寿の頭にだし巻き玉子が浮かぶ。だが正直に言ってもいいものだろうかと逡巡する。

 一度視線を下げて、それからまた女中を見ると、女中はにこりと微笑んだ。


「今すぐに思い浮かばなければ、またいつでもお申し付けくださいませ」


 福寿が礼を言うと、女中は膳を下げ、客間を出ていく。

 すると入れ替わるように冬真と衛冬が現れた。二人はどこか焦っているように見える。


「福寿っ!」

「衛冬様、冬真様。おはようございます」

「これは君の弓?」


 冬真が持っていた弓を前に出す。それは使い古して誰も使わなくなった襤褸の弓。まぎれもなく福寿の弓だった。

 昨日、蕪元と帆立に捕らえられた時に、鬼泉にそのまま置いてきてしまったのだ。


「はい」


 福寿が返事をすると衛冬と冬真は二人で目を合わせて、同時に頷いた。先に福寿を向いた衛冬が口を開く。


「鬼泉番だけど、昨日だけじゃなくて福寿がずっとしていたんじゃない?」

「ええと、それは……」

「咎めたりしないから正直に教えて」


 切羽詰まったような衛冬の声に福寿は正直に答える。


「……は、い」

「やっぱりそうか」

「福寿、こっちを見て」


 衛冬は廊下に出ていく。冬真が福寿の手を掴んで衛冬の後を追った。

 廊下の障子を開けるとガラス窓がある。その窓の向こうの空は鈍色をしていた。


「あの方向、分かる?」


 冬真の問いに福寿は一瞬考えた。胸がざわりと不快な音を立てる。


「鬼泉……?」

「さっき鬼泉を確認してきたけど、柊夫人には浄化できていなかった。鬼泉の澱みが空中にまで漂い、あやかしが増えているんだ」

「福寿、私達と一緒に鬼泉に行ってくれるかい?」

「わたしが? でもわたしは弦士でもなくて――」

「いや、大丈夫。福寿なら浄化できる」


 自信満々に言い切る衛冬の言葉に福寿は背中を押される。

 冬真が繋いだままの手にぎゅっと力を入れるので、福寿はその顔を見上げた。


「見たい」

「え?」


 見たいとは何だろうと、福寿は首を傾げる。

 冬真は繋がれた二人の手に視線を落とした。そして繋がれたままの二人の手を肩の高さまで持ち上げられる。


「福寿の力を」

「わたしの?」

「そう」


 冬真は衛冬を信頼している。その衛冬に『福寿なら浄化できる』と言われたのだ。

 もしかすると浄化できないかもしれない。でも衛冬の言う通り、浄化できるかもしれない。衛冬の言葉と冬真の強い瞳に背中が押される。福寿は二人の思いを信じてみたくなった。


「分かりました。鬼泉に行きます」

「よし! すぐに出発だ」

 


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