3.罪人②

 福寿は、鬼泉を穢した罰を与えるという名目で黒水藩主預かりという体裁になった。

 本来であれば座敷牢に入れられるのだろうが、福寿は客間に案内される。しかも十二畳もある広い部屋だった。


 ――わたし、罪人ではないの?


 狭い納戸での生活に慣れていた福寿には広すぎて落ち着かない。狭い部屋の方がいいなど罪人の身で文句など言えないが、少しでも落ち着けるようにと部屋の角に沿うようにひっそりと正座した。福寿にしてみれば座敷牢さえも広くて落ち着かないと思うことだろう。


「何もない部屋でごめんね」


 静かに襖が開くと同時に冬真の声が聞こえる。

 女中に茶を運ばせると聞いていた福寿だが、その茶を冬真が持って来るとは思っていなかった。


「トーマ様?」

「いいよ、楽にして? こちらにどうぞ」


 方形の卓袱台に盆を置いた冬真は隅にいる福寿を隣に招く。


「あのう?」

「まずはお茶を飲んで、お菓子を食べて。福寿が訊きたいことはその後にしましょう」

「はい」


 それでも福寿はお茶に手をのばせない。自分のような卑しい者がいただいてもよいのだろうかと過分な待遇に戸惑う。


「飲まないと話を聞けませんよ。どうぞ」


 急かされ、それでようやく福寿は湯呑を手に取った。指先まで冷え切っていて、湯呑の温かさに涙が出そうなほど気持ちまで温まる。

 水しか飲むことの許されなかった福寿の喉に緑茶の苦味が通り、それから口の中に甘味が残った。お茶とはこのように甘露だったかと胸の奥が幸せに震える。


「口に合いましたか?」

「はい」

「じゃあこちらもどうぞ」


 冬真が差し出した器には小ぶりの饅頭が六つある。そのうちひとつを冬真は手にすると、ぱくりと頬張る。


「饅頭は嫌いですか?」


 手を出さない福寿に問いながら、冬真は二つ目を口に入れる。


「いえ、わたしなどがいただいていいような――」

「いいんだよ」

 冬真は福寿の言葉を遮って強く言い切る。


「福寿は今、黒水の客人だから」

「罪人では?」


 冬真は静かに福寿の目を見る。

 強い視線に福寿は逸らすことができず冬真の瞳に見入った。美しさの中に隠れたものがある。それはやはり悲しみだろうか。


「自分を卑下しないで。福寿はきっと僕より強いよ」

「え?」


 そんなはずはないと福寿は首を横に振る。冬真があやかしを祓う姿を福寿は見たのだ。冬真は立派な弦士。弦士大学を落ちた、出来損ないの福寿とは雲泥の差があるはずだ。

 しかし冬真はどこか悲しそうに微笑んだ。


「兄上が父上に『福寿の纏色まとい』を視たかと……。それだけ聞けば十分分かります」

「何が、何が分かるのですか?」


 福寿には冬真が言っていることが少しも分からない。


「纏色だよ。弦大で教えられたでしょ?」

「わたし、その……、弦大には落ちたんです」

「そうなの? ごめん」

「いえ」

「人は誰しも霊力を持っているんだけど。霊力の高い人はその霊力が身体の外側を覆うほどある。その表出した霊力のことを『纏色』と呼ぶんだよ。纏色を視るためには並々ならぬ鍛錬が必要で、弦大を卒業しても僕はまだ纏色が視えないんだ……。日々鍛錬しているんですけどね、なかなか」


 そういって冬真は遠い所を見るように視線を虚空に投げた。


「父上と兄上には纏色が視えるから。だから福寿の表出した霊力が見えた、ってことだね……」


 冬真のような立派な弦士でも到達できない領域がまだあるのだと思わされる。


「福寿もどうぞ」


 冬真が饅頭をひとつ手に取り、それを福寿の唇に当てる。福寿は驚いてその饅頭を両手で受け取る。しかし冬真は手を離さない。福寿が口の中に入れるまで待っているようだった。

 福寿は薄く口を開く。ちょびっとかじると優しい甘さが広がった。久しぶりに口にする甘味の美味しさに福寿はぽろりと涙をこぼした。


「待って、何で泣くの!?」


 冬真が涙を見て焦っている。


「すみません、とてもとても美味しくて……」

「こんなので良ければいつでも持って来るから、泣き止んでもっとたくさん食べてくださいね」


 人から与えられる言葉が心に染み入る。

 冬真の優しさが温かく、人の優しさに慣れていない福寿はまたほろりと涙をこぼしてしまった。


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