2.落ちこぼれ②
ごめんなさい、ミツ――。
福寿はそう何度謝っただろうか。薫子にぶたれた頬が赤くなっている。
福寿が、誰か――と呼ぶ前に、お湯を運んでくれた女中が冷水に浸した手ぬぐいをミツの頬に当ててくれた。
「わたしなどには勿体ないお言葉です。福寿お嬢様は泣き顔より、笑い顔がとびきり別嬪さんですよ。笑ってくださいませ。このミツにお嬢様の笑顔を見せてはいただけませんでしょうか?」
福寿はミツのために笑おうとするが、笑うとは顔のどの部分をどう動かすのか福寿は忘れてしまっていた。
「ごめんなさい……」
「いいえ。こんな時にヤヱならお嬢様にどう声を掛けたでしょうか」
「ヤヱなら……、怒っていたかもしれない」
「怒りますか? ああでも確かに。『いったいいつから笑うことをやめたんだ』とぷりぷり怒りそうですね」
そのヤヱの表情が二人の眼裏に浮かび、またしんみりとした空気になった。
「あの子は正義感が強くて、困っている人には手を差し伸べないと自分が死んでしまうかのように世話焼きでした」
「でもそのヤヱのおかげでわたしは生きている」
ミツは悲しそうに笑った。それが福寿の胸を締め付ける。
「ごめんなさい」
「お嬢様が悪いわけではございません。お嬢様がそう何度もお謝りになるとヤヱが天で怒ってしまいますよ」
「……うん」
ミツがしわくちゃの手で福寿の肩を抱き締める。
「ミツは、お嬢様が落ちこぼれなんて思っていませんからね。ミツは、真面目で優しいお嬢様が大好きです。ミツは……」
ミツの声が水分を含んで震えだす。
「わたしも、ミツのことが好き。大好き」
「はい。ミツも、大好きです」
福寿もミツの小さな背中に手を回した。
「ミツ……、お願いがあるの」
「はい?」
「逃げて。お母様が戻られたらきっと罰を与えるから。棒叩き千回なんて、死んでしまうわ」
「いいえ」
ミツは首を横に振って微笑みを福寿に見せた。
「ミツはもう決めました。最期までお嬢様をお守りいたします」
「わたしのために生きないで。自分のために生きて」
福寿の懸命な訴えにもミツは首を横に振る。
「大丈夫ですよ。さあさ、盥を片付けて、それから旦那様たちがいつお帰りになってもいいように支度しておかないといけませんね! ミツは今から忙しくなりますよ」
ミツはそういうととびきりの笑顔で福寿の横を通って行ってしまった。
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