第44話 夜の街。情報収集。
コナーへ説教まがいのことをして数日、祐介は普段の日常を取り戻していた。
地下下水道、村落などで魔物や害獣を討伐して、日銭を稼いでいた。
あれから、あの三人がどうなったのか、祐介は全く知らない。興味すらなかった。それどころか、殆ど忘れ去っていた。
そんなある日、祐介は夜遅くに街を歩いていた。仕事が予想より、時間がかかったからだ。
緑色の何かがいる、と曖昧な依頼だったのだが、てっきりゴブリンの大きな群れか、と祐介は考えていたが、実はトロールの群れだったのだ。
それも、一匹一匹が、それなりに成熟し、歴戦の個体だったので、予想より時間をくった。
冒険者ギルドで、依頼達成の報告をして、報酬を受け取った祐介が帰路につく頃には、すっかり夜になっていたわけだ。
不意に、何やら不穏な声が祐介の耳に聞こえてきた。祐介は、そちらへと足を向けて歩き出した。
獣人のカトリーンは、その日、普段より遅く帰路についていた。それが、良くなかった。
自分は獣人だから、人間より強いから、大丈夫だろう。そんな油断もあった。
しかし今、カトリーンはチンピラ三人に囲まれていた。しかも、全員男の獣人だ。
油断大敵、とはまさしくこの事だろう。衛兵が気づいて、駆けつけてくれる保証はどこにもない。
何やら、威圧的に色々と言ってきているが、カトリーンは恐怖で、それを聞き取る余裕はなかった。そして、動けなかった。
恐らく、俺たちと遊ぼうぜ、的な事を言っているのだろう。獣人の、しかも男三人に囲まれて、威圧的にせまられて、快く頷いて遊べる奴なんて、酷く稀だろう。
「おい。聞いてるのか?」
痺れを切らした獣人の男が、苛立った声を出しながら、カトリーンに手を伸ばしてきた。
捕まる、殴られる、怖い。そう思って、現実から少しでも逃げようと、カトリーンは目を固く閉ざした。
そんな時だった。突然、大きな音が響き男らしき悲鳴が聞こえてきた。
カトリーンは驚いて、目を開いた。そこには、あの獣人の男はいなかった。代わりに、普段から、無愛想な変人として名が通っている冒険者の姿があった。祐介だ。
残りの二人の獣人は、明らかに驚きおののいていた。獣人は人より強い。それなのに、たった一人の人の男におびえているように見えた。
「てめぇは、悪魔の!」
「くそっ!」
獣人の男二人が、隠し持っていたであろうナイフを取り出して構えた。
先程、カトリーンに手を伸ばしていた獣人の男は、路上に無様に転がっていた。頭からは、血を流している。
一方の祐介は、短剣を抜く素振りすら見せず、相変わらず無感情な顔をして立っていた。
「やる気か?」
祐介は静かに、呟くように言った。しかし、その声は異様な威圧的が込められていたように、その場にいる祐介以外の全員が感じた。
「いつまでも、てめぇにビビってられるかよ!」
「ここがお前の墓場だ!」
獣人の男二人が、一斉に祐介へとナイフを突きだそうと動いた。
獣人は、人より力が強く、運動能力も勝る。一見すれば、祐介は明らかに不利に見えた。祐介は武器すら構えていない。
しかし祐介の動きは、速かった。一人を蹴り倒し、もう一人を流れるように殴り飛ばした。
カトリーンの目でも追い切れないほど、素早い動きだった。獣人の目は、人よりずっとよく見える。それにも関わらず、ほぼ見えなかった。
チンピラの獣人三人は、完全に意識を失っていた。たった一人の人間に、鎮圧されたのである。
その後、祐介は小さな笛を取り出して、笛を吹いた。小さいわりには、かなり大きな音が出た。
そして少しして、衛兵が何人かやってきた。
「またですか?」
衛兵は慣れた様子で、祐介に問いかけた。
「ああ、三流のチンピラだ。種族的強さに胡座をかく奴の寿命は短い」
「身柄はこちらで拘束しておきます」
衛兵たちは、かなり慣れた様子だった。チンピラ三人組を、縄でしっかり拘束して、半ば引きずるように、チンピラ三人組を連行して行った。
ここまで見届けると、祐介はさっさと立ち去ろうと動き出した。カトリーンは、慌てて声をかけた。
「待って!」
祐介は足を止めた。そして、カトリーンを見た。
「なんだ?」
「えっと……ありがとう」
祐介はカトリーンのお礼の言葉に、特に反応することなく、そのままどこぞへと立ち去って行った。
衛兵も、祐介も、慣れた様子だった。彼は普段から、こういう事をしてるのだろうか。
そんな疑問が、カトリーンの脳裏に過ぎった。
ギルドの酒場で働いているカトリーンは、様々な噂を耳にできる立場にいる。
その噂の信憑性はともかく、情報が嫌でも集まるのだ。それに、酒が入って、大体の冒険者は口が軽くなる。
今まで、カトリーンは、どんな噂話も聞き流してきた。必要に応じて、相槌を打つぐらいだ。聞き終えたら、すぐ忘れることすらある。
しかし、今回は知りたい事ができた。橙等級、九等級の冒険者である祐介についてだ。
まずは、早朝の食材の仕込みの時に、料理長であり店主である男にそれとなく、祐介について聞いてみることにした。
「店主さん。祐介って冒険者について、何か知りませんかー?」
カトリーンは、普段通りの態度を意識して、店主にたずねた。
「ん? ありゃ、変わり者だな。それでいて、強い。ここ最近じゃ、魔族を殺したってので、騎士の称号を持ってるみたいだな」
確かに、魔族を倒したという話は、カトリーンも聞いたような気がした。ただ、誰がやったのかまではよく知らなかった。まさかあの変人だったとは、これにはカトリーンも驚いた。
しかも、騎士の称号を持っているということは、根も葉もない噂でもなさそうだ。
カトリーンは、祐介の胸に確かに、騎士のバッジがあったのを思い出していた。
「でもそれなら、なんで九等級なんですかね?」
純粋な疑問だった。それだけの武功をあげたなら、等級ぐらい上がっても不思議じゃない。むしろ、橙等級は低すぎる。
「言ったろ。変わり者だってな。あいつにとっては、魔族なんかより、地下下水道や村落に出る魔物や害獣のが、駆除すべき敵なんだよ」
店主はそこで一息つく。
「それに、詳しくは知らんが、ギルドもあいつの等級を無理に上げる気がなさそうなんだよな」
「ギルドが?」
またカトリーンがまた驚いた。
「まあ、俺も詳しくはわからん。それに、普通に協調性が無い所もあるしな、そういう奴は実力があっても等級がたいして上がらねぇってのは、珍しくはない」
店主は、どこか呆れ気味に頭を振った。そして、カトリーンを見て、何やらいじわるな笑みを浮かべた。
「やけにあいつの事が気になるみたいだな?」
からかうような声で、店主が言った。どうやら、普段通りの振る舞いは、上手くできていなかったらしい。
「いや、別に、たいした理由は」
「でも、意外と敵は多いぞぉ。ミアさんとか、リンゼイさんとかな」
店主は、カトリーンの言葉を遮るように言った。
からかうように言われたのは、気に食わないが、それよりも、聞き捨てならない言葉があった。
「ミアさんって、あの美人職員さんですよね? リンゼイさんは、黄金等級の凄腕冒険者でしたよね?」
「ああ、そうだぜ。相手にされないって、悔し涙を流した冒険者は数しれずのべっぴんさん二人だ。祐介本人があんな感じだから、進展はないみたいだけどな」
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