第40話 コナーとその一党。ゴブリンとトロール



 祐介は黙って、コナーに近づくエミリーを見ていた。コナーの革鎧には切り裂かれた跡があり、そこに血が付着している。



 コナーのその様子を見て、次に祐介へとエミリーの視線が向けられた。



「何があったの?」



 エミリーが祐介に問いかけた。



「決闘を挑まれた。治癒魔法はかけたが、しっかり治療を受けることを推奨する」



 祐介な無愛想な顔をしたままだった。



「……まあ、祐介から喧嘩を売るわけないか」



 エミリーはどこか納得したような顔で、祐介を見ていた。



 ここで、コナーと一緒にいた女性の魔法使いがコナーの側へとやってきた。



 そして、その魔法使いは、しばし杖をコナーに向けていた。どうやら、コナーの身体を調べているようだった。



「凄いじゃないか。驚くほど、完璧な治癒魔法だ」



 魔法使いは、傷の具合を調べていたらしい。驚きの声をあげながら、祐介を見てきた。



 身体を無理やり、治癒魔法で治してきたのが、まさかこういう形で役立つとは祐介も思わなかった。時には腕を生やしたのだし、この程度は朝飯前だった。



「俺はスージーだ。あんた、魔法学院にいたか?」



 女性の魔法使いは、と言うらしい。口調が特徴的だな、と祐介は思った。



「いや、独学だ」



「独学だって? なあ、ちょっとあんたの身体調べてもいいか?」



「何故?」



 祐介は素直に思ったことを口にした。目的がわからない。



「おい。そいつと仲良くするなよ!」



 コナーが抗議の声をあげるが、まだ体力が戻らないのか声は少し小さい。



「いいじゃないか。杖も無しに、そこまでの治癒魔法を使えるってのは中々お目にかかれないぜ」



 スージーがコナーに当然のように反論した。見たところ、スージーはコナーの仲間に見える。



 普通は仲間が切られたら、憤りの一つぐらい覚えるものではないだろうか?



「逃げるか」



 祐介は全てが面倒になった。そう呟くと赤い光が祐介を包み、その場から祐介は消えた。



 次の瞬間には祐介は自宅の寝室にいた。予め、魔法で印をつけておいたのだ。



 ただ、普通の魔法とは、祐介はとことん相性が悪いので瞬間移動の魔法を無理やり闇魔法として使った結果だ。そのため、使い勝手は悪い。



 実際、使。普通の魔法使いなら、魔力切れで気絶している。



 しかし、逃げたのはいいが、明日からどうしよう。祐介は結局、あの場からは逃げられたが、現実からは逃げられなかった。











 次の日の早朝、気配を限りなく殺しながら、祐介は冒険者ギルドへと入った。



 一応粗方、冒険者が仕事に行く時間帯を選んで来てはいたが、万が一ということもある。



 ロビーを見渡すと、エミリー、コナー、スージーの三人がギルド併設の食堂にいるのが見えた。仕事には行かないのだろうか?



 気配を殺しながら、祐介は掲示板から依頼書を一枚取った。「ゴブリンの群れと何やら大柄な化け物がいるので討伐してくれ」という内容の依頼だった。



 今回はこれにしておくか。祐介は依頼書を手に取った。あとはこのまま、静かに受付に行くだけだ。



 しかし、そう簡単にはいかなかった。コナーが祐介に気づき、目がしっかり合った。



 コナーが立ち上がり、祐介の方へと向かってくる。エミリーとスージーも、それで祐介の存在に気づいたようだった。



 エミリーとスージーは少し驚いた顔をしていた。ここまで気づけなかったことに、驚いているのかもしれない。しかしすぐに、コナーの後をついて歩きだした。



「相変わらず、冴えない顔してるな」



 コナーは開口一番に、祐介にそう言ってきた。何故か、肩をいからせて酷く機嫌は悪そうだ。



「こういう顔なんだ」



 無愛想な顔で祐介がこたえると、コナーは、気に食わなそうに祐介を睨んだ。



「ちょっと、コナー。落ち着きなさいよ」



 エミリーが止めに入った。祐介としては、そのまま食堂まで帰って頂きたいものだ。



「昨日、どうやって消えたんだ? 普通の瞬間移動魔法じゃねぇよな?」



 スージーが、興味津々といった様子で祐介に質問をしてくる。魔法使いらしいと言えばらしいのだが、今はやめてほしい。



「悪いが仕事がある」



 祐介は一方的にそう言い切ると、足早に受付へと向かった。



 幸い、追いかけてくる様子は無い。なにやら、エミリーがコナーとスージーに説教してきるようだ。



「依頼書だ」



「祐介くん、おはようございます」



 ミアが柔らかな表情で、祐介を見ていた。その後、依頼書に目を落としまた祐介を見た。



「くれぐれもお気をつけて」



「ああ」



 祐介は小さく頷いて、背を向けて歩きだした。



 その後、街を出た。依頼主がいる山村には、馬車では行けそうではなかったので、普通に走っていくことにした。



 祐介にとっての普通は、全く普通ではないので、馬ぐらいの速さで走っている。



 山村に到着し、依頼主から話を聞いた。既に冬が到来している中、どうやら穀物庫を狙うように、ゴブリンの群れと大きな化け物を見かける事が増えているらしい。



 早速、祐介は目撃された穀物庫の近辺で、待ち伏せすることにした。



 夜も更けてきた頃、魔物の気配を祐介は察知した。20匹ぐらいのゴブリンの群れが見え、大きな緑色の肌をした魔物がいた。トロールだ。



 ゴブリンが用心棒として、トロールを引き連れているのは珍しい話では無い。



 ゴブリンは、トロールは楽をして



 今まで、この山村が壊滅していないのは、奇跡だ。とてもこの山村にトロールに対抗出来る人間がいるとは思えない。



 しかも、そこに二十匹もゴブリンがついてくるのだ。襲われれば、まずこの山村は壊滅するだろう。



 しかし、ここに俺がいる限り、そのような未来は存在しえない。祐介は氷のように冷たい殺意を魔物たちへと抱いた。



 そして気配を殺したまま、静かにゴブリンの群れに近づく。十分、近づいた所で、一気に距離を縮めてゴブリンを数匹まとめて一文字に切り捨てた。



 粗末な鎧をつけている所を見るに、それなりに勢力をもつゴブリンの群れらしい。



 残ったゴブリンが、ギャイギャイ、と威嚇するように騒ぎ、武器を叩いて音を鳴らして、突然現れた祐介へ威嚇している。静かな夜にやかましく音が響く。



 しかし祐介へは全くもって、それは無意味な行動だった。魔力を発しながら祐介は近くにいたゴブリンを武器ごと叩き切った。



 そして、流れるように次々とゴブリンを突き、切って捨てる。ここまで来て



 大方、ゴブリンの数を減らして「自分の餌の量を増やそう」とでも、このトロールは考えていたのだろう。祐介は、呆れたような目でトロールを見た。



 人間ぐらいの大きさがある木製の棍棒を片手にもち、トロールが魔力をその棍棒に込めた。



 どうやら、それなりに腕は立つトロールらしい。祐介は冷静に分析しながら、飛びかかってきたゴブリンの顔面を裏拳で殴って潰した。



 トロールが低い雄叫びをあげて、その巨体からは考えられない機敏な動きで棍棒を祐介目掛けて横に振るう。



 ガッと音が響く。祐介は棍棒の攻撃を完全に受け止めきっていた。鬱陶しい虫を見るような、どこか冷めきった目で、棍棒を祐介は見つめていた。



 これには戦い慣れたトロールも、驚いたのか、すぐに棍棒を引っ込めて警戒する素振りを見せた。



 ゴブリンは、次々と仲間が殺されるので、完全に腰が引けてしまっていた。しかし、背を向けて逃げるゴブリンはいなかった。



 冬をこすための食料が是が非でも欲しい……というのもあるが、背を向けた瞬間、



 祐介の姿が、ブレたようにゴブリンたちには見えた。トロールだけが、危険に気づいて自慢の膂力で後ろに飛び退いた。



 次の瞬間には、残っていたゴブリンが、次々と身体を粗末な鎧ごと切られ地面に倒れていった。



 トロールは狼狽えた。それがこのトロールの運命を決めた。



 祐介は、その隙を見逃さず一気にトロールとの距離を詰めて、飛びかかった。



 心臓をあっさり短剣で貫かれ、トロールがよろめく。流石の生命と言うべきか、トロールは棍棒を振り回して祐介へ突進してきた。



 祐介は凄まじい速度で、トロールに体当りをくらわせた。



 人の何倍はある巨人のトロールを、祐介は体当たりで簡単に吹き飛ばした。そして、トロールに馬乗りになり拳でトロールの頭蓋骨を粉砕した。



「片付いたか」



 祐介は周囲へと目を向け気配を探るが、怪しい気配しない。依頼達成だ。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る