第39話 動機不明の決闘
次の日。祐介は肉体の回復訓練のため、再び修練場へと足を運んでいた。
もうほぼ、肉体に違和感はないが万が一ということもある。念には念を入れて、損は無いだろう。
祐介はまた、邪魔にならなそうな場所で短剣を黙々と素振りしていた。
一時間ほど休まずそうしていると、何やら妙な視線を感じた。好奇の目で見られるのには、少し慣れたがこの視線はそういう類のものではない。
何処と無く敵意すら感じた。祐介は、短剣を持ったまま素振りを中断してその視線の主へと目を向けた。
目が合った。少年ぐらいの男性だ。見たところ剣士に見えた。その隣には同じぐらいの年齢の女性の魔法使いがいた。
目が合った瞬間、その剣士は険しい顔つきで、肩をいからせて威勢のいい足取りで祐介へと近づいてきた。
そして、祐介から少し距離がある所で足を止めた。女性の魔法使いが困惑顔でその隣に立っていた。
「冴えないお前! 俺と決闘しろ!」
剣士が突然、威勢のいい声で叫んだ。魔法使いがさらに困惑したように見えた。
祐介はさっと、二人の等級を見た。どちらも緑等級だ。
「断る」
キッパリと祐介は拒否した。別に決闘がしたくて修練場に来てる訳では無い。
何より、祐介には決闘をしたところで何の利益にもならない。
「俺と決闘しろ! 地味男!」
煽ってるつもりなのだろうか。祐介はもっと酷いことを言われた事もあるので、特に気にする様子はない。相変わらず、仏頂面だ。
「このバカ! やめろよ!」
女性の魔法使いが剣士の肩を掴んで止めに入った。
「止めるんじゃねぇ! 俺はこいつと決闘する!」
剣士は聞く耳を持たず、女性の魔法使いの手を振り払う。
しかしさっきから、祐介を見る剣士の目には明らかな敵意があった。祐介は少し考えた。
過去に会った記憶は無い。確かに、恨まれても仕方ないことはしてきたが同業者を必要以上に攻撃した記憶も無い。
それにこの剣士は怒っているように祐介には見えた。何か、怒りを買ったのだろうか?
祐介は実際に首を傾げて、この二人をただ見つめていた。
すると突然、剣士が長剣を素早く引き抜いて、魔力を長剣に込めて、祐介に飛びかかってきた。
どうやら、それなりに戦い慣れているようだ。長剣を抜くまでの動作に、無駄はなかった。魔力も申し分ない。
祐介は素早く、足払いをかけた。剣士は、受け身こそとったが痛みで顔を歪めて地面に倒れていた。
しっかり受け身をとれるのを見るにどこかで武術を学んでいたのかもしれない。祐介はそんな事を考えていた。
剣士は転がりながら立ち上がると、長剣を構え祐介を睨んでいた。
「俺が殺す気なら、お前は既に死んでいた」
祐介は静かにそう告げた。凍てつくような威圧感のある声でありながら、淡々としていた。
「俺と真剣勝負しろ! おじさん!」
しかし、剣士は気圧されることはなかった。むしろ、火に油を注ぐ結果になったようだ。
祐介は、魔法使いの女性を一瞥した。止めに入ってくれることを、期待してだ。しかし、魔法使いの女性は呆れたような顔をするだけだった。
やるしかないか。祐介は諦めに近い感覚を覚えた。
「良いだろう。だが、お互い名前すら知らないのは礼儀に反するのではないか?」
祐介は短剣を静かに構えて、そう言った。仮にも決闘だ。最低限の作法は守る必要はある。
「……俺はコナーだ」
「祐介だ」
お互いに名乗りは終わった。再び緊迫した空気が漂いはじめた。
先に動いたのは、コナーと名乗る剣士だった。長剣を振るい、祐介に襲いかかる。祐介は軽くそれを受け止めた。
コナーは、そこから何度も祐介に長剣で切りかかるが、その全てを軽く受け止められるか、避けられた。
筋は良い、と祐介は感心していた。経験を積めばさらに高みへ登れる才能と実力がある。
攻め続けていたコナーが、少し体幹を崩した。そこに祐介は前蹴りを繰り出した。コナーは、その前蹴りをモロに腹部にくらい地面に転がった。
呻き声をあげ、コナーは蹲るが少しすると、また立ち上がってきた。
「───まだだ。まだ!」
コナーは振り絞るように声をあげた。ふらついてはいるが、長剣はしっかり握られていた。
何が彼をそこまで駆り立てるのだろうか。剣士の意地か。それとも、別の何かか。
「あいつ、死ぬ気か?」
「相手はあの変人だぞ。殺されるかも」
「あの変人は、人殺しに抵抗なんてないからな」
野次馬が集まり、好き勝手に話し合っていたが祐介はコナーだけを見ていた。
コナーがまた長剣を手に、祐介へと襲いかかってきた。祐介は短剣で、その一撃を弾くとコナーの顔面に拳を叩き込んだ。
鈍い音が響き、コナーが地面にまた倒れた。
小さな悲鳴がいくつか聞こえた。コナーは鼻血を流し、その血が地面を赤く染めていく。
しかし、まだコナーの闘志は折れなかった。再び立ち上がる。
ただ、その足元は覚束無い。長剣こそ握ってはいたが、明らかに力が入っていない。
何が彼をそこまで奮い立たせるのだろうか。祐介は思った。俺への深い恨みか?
「見事だ。しかし、まだやるか?」
祐介の問いに、コナーは濁った声でこたえた。
「当たり前だ! 俺はお前にだけは、負ける訳にいかねぇ!」
祐介はその言葉聞き、魔力を短剣に込めた。空気を伝う強い魔力に野次馬がどよめくのがわかった。
「俺より強い存在は、腐るほどいることを、ゆめゆめ、忘れないことだ。だが、君の覚悟にこたえよう」
「冴えないおっさんが、カッコつけてるんじゃねぇよ!」
お互いが鋭い目付きで、睨み合う。
そう見えた次の瞬間、祐介が目にも止まらぬ速さでコナーを一瞬の間に短剣で切った。
鮮血が飛び散り、コナーは白目をむいて膝から地面に倒れた。
「これで終いだ」
祐介は静かに呟いた。その刹那、野次馬に動揺が走った。
しかしそれを無視して、祐介はコナーに近づくと手早く治癒魔法をかけた。止血し、傷をふさいだ。
そしてすぐ、コナーは目を開き、立ち上がった。
「……まだだ……」
立ち上がったコナーは、まだ戦う気のようだった。
傷は治癒魔法でふさいだが、体力までは回復させていない。それでも尚、このコナーという剣士は戦う意思を見せている。
「ちょっと! 何してるの!」
ここで、野次馬をかき分けて、聞き覚えがある声が聞こえてきた。エミリーだ。明らかに、怒っている。
コナーが、先程の態度が幻想だったように狼狽えるのが目に見えてわかった。
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