第37話 アーノルド侯爵
酒宴の次の日、祐介はギルドの宿の一室で目を覚ました。
幸い、二日酔いにはなっていなかったが、それでも身体は普段より重たい。
途中、少し気分が良くなって、ドワーフの秘伝の酒をカブ飲みしたのは、明らかに失敗だった。あれが無ければ、気絶する醜態を晒すことはなかっただろう。
窓から外を見ると、既に日は高く登っていた。今日は、流石に仕事はできないか。祐介はため息をついた。
ギルド併設の宿から出て、宿泊代を支払おうとしたが、既に支払い済みだと祐介は言われた。どうやら、リンゼイが払ってくれたらしい。今度、お礼の一つぐらい言うべきだろう。
祐介はそのまま、ギルドのロビーへと足を運んだ。流石に、冒険者らしき姿はない。みな、仕事に行ったのだろう。
今日はこのまま、自宅に帰るか。祐介がそう考えていると、ミアがこちらへ来るのが見えた。
「おはようございます」
ミアは普段通りに、そう言って挨拶してきた。
「おはよう」
祐介は無愛想な顔で、これまた普段通りに挨拶を返した。
「今日は、大人しく家に帰る。流石に、昨日の酒はキツかった」
続けて、祐介はそう言った。
「あはは。まあ、相当、飲まされたみたいですし」
ミアが苦笑いを浮かべた。
「普段から飲まない人間にはキツイ」
「確かに、祐介くんはお酒を飲む感じではないですね」
「また、明日から頼む」
祐介はそう言って、ミアに背を向けた。
「あ、待ってください!」
ミアが祐介を呼び止めた。なんだろう、と祐介はミアを見た。
「こ、今度、一緒に食事でも……」
次第に声が小さくなっていくが、祐介にはしっかりと聞き取れた。
珍しいこともあるものだ。祐介はそう思いつつ、ミアを見ていた。
「ああ、飯ぐらいなら」
「────約束ですよ」
ミアは気恥ずかしそうに笑みを浮かべていた。祐介はそれを見て、また背を向けて自宅へと帰宅した。
次の日。祐介は喧しく扉を叩く音で、目を覚ました。
悪意は感じないが、急いでる人間特有の気配を感じて、すぐに玄関扉を開けた。
「朝早く失礼!」
見覚えのある顔だった。この街の役人だ。酷く慌てた様子だ。
「なにがあった?」
祐介は緊急事態かと思い、真っ先に尋ねた。
「アーノルド侯爵様が、貴方を呼んでます。お急ぎを!」
祐介は、わざわざ足を運んできたのか、と驚きつつも、小さく頷いた。
「すぐ行こう。準備する」
祐介は、普段通りの格好で、役人に連れられて、領主がいる館へと案内された。
領主は今頃、驚きで泡でも吹いてるかもしれないな、と祐介は考えながら、アーノルドがいる部屋へと通された。
「少しぶりだな」
アーノルドは屈強な騎士と一緒に、部屋で待っていた。そして、開口一番、そう口にした。
「ああ」
祐介は短く言葉を返した。控える騎士が少し動いたが、アーノルドが手で静止した。
「お前らが勝てる相手ではない。やめておけ」
アーノルドが屈強な騎士たちに、そう忠告する口調で言った。
「治療費。感謝する」
祐介は相変わらず、無礼とも言える無愛想な態度で言った。
「気にするな。あれぐらい、当然のことだ」
「そうか」
「そうだ。しかし、病院を強引に退院した、と聞いた時は驚いた。あれだけの傷で、ここまで短期間で回復するとはな」
アーノルドは若干呆れたような顔で祐介を見た。祐介は、黙っていた。
「さて……冒険者といえば、報酬を支払わねばならない」
「最低限、食い扶持が稼げればいい」
「ふむ。しかし、そうもいかない」
アーノルドは意味深な言葉を返すと、少し遠くを見たあと、また祐介を見た。
「魔族を三匹倒した。それも、明らかに侵略の意図が見える魔族を退けた。それは君が思うより、ずっと大きな意味を持つ」
祐介は黙って聞いていた。アーノルドは続けた。
「この勝利は、瞬く間に広がった。そして、それを本当だと確固たるものにする必要が我々にはあるのだよ。所詮、噂話だろう、などと思われては困るのだ」
祐介はまだ黙っていた。いや、正確には、何を言っても意味はないと判断していた。
「王国および法王庁は、君に正式に騎士の称号を与えた。既にこれは、決まっている。君が望めば、称号は無理だが、望む報酬が払われるだろう」
「俺は出自もわからない卑しい身分の出だ。これ以上は望まない」
祐介の言葉を聞き、アーノルドは微かに笑ったように見えた。
「今日から、お前は正式な騎士だ。それも、国難を救った騎士だ。これから、これをつけておけ」
アーノルドはそう言いつつ、祐介に勲章のバッジをつけた。
「報酬は、そうだな。市民税の免除にでもしておこう。領主としても、お前ほどの戦力がいれば、枕を高くして寝れるものだろう」
アーノルドは悪戯っぽく笑った。
「そうか」
と、祐介は無愛想に言うだけだった。
「さて、君はこれからも、冒険者を続けるつもりかね?」
「そうだ」
「そうか。なら、その願いを邪魔する事はしない。これからも、民のために尽くしてくれることを願う」
アーノルドの話は終わったようだった。祐介は軽く頭を下げて、部屋を出た。
しかし、自分が騎士か。祐介は不思議な気分だった。功績をたてた庶民に与えられる名誉称号とはいえ、なんとも言えない気分だった。
そのまま、領主の館を出た祐介は、真っ直ぐ冒険者ギルドへと向かった。
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