第36話 騒ぎの後



 騒ぎも一段落した後、祐介は詳しい事情を聞こうとしたが、流石にこの後仕事のある冒険者たちに聞くのは気が引けた。



 とりあえず祐介は、地下下水道の仕事を三つほど掲示板から引き剥がした。



 そこで、担当職員のミアに、話を聞くことにした。ミアも十分忙しい人間ではあるが、冒険者のように外へ行くわけではない。消去法での選択だ。



「聞きたいことがある」



 祐介は受付にいるミアに、そう声をかけた。



「……あ、はい!」



 ミアは少し放心したような顔をしつつ、しっかり返事をした。



「何処まで情報がもれてる? 一体誰が?」



「────説明、しますね」



 少し言葉を詰まらせながら、ミアは説明をはじめた。



 まずは、祐介が仕事も受けずに、街に居ないことで、疑問の声をもらす者は少なからずいたらしい。



 その後、都の冒険者ギルドの職員が、祐介が魔族との戦争で重症を負った事を、アザミの冒険者ギルドへ通達してきた。



 さらに、都から来た旅人や冒険者が、祐介という冒険者が瀕死の重症を負いながらも、魔族を三匹討ち取り、見事、魔族の侵略軍を退けた、という話をギルドの酒場でした事で、瞬く間に話は広がったらしい。



 その説明を聞きながら、祐介は頭を抱えたい気分になった。世界の一大事が、こうも簡単に流布されていいものだろうか。



「でも、本当に良かったです」



「何がだ?」



「早朝、必ず来る祐介くんがいなくて、不安で、心配でした。都とここでは、距離もあるので、仮に死んでいても、私が知るのはかなり後になるでしょう」



「そうだな……」



「私には、祐介くんが必要なんです」



 ミアはそう言っ後、少し間をおいて、慌てふためく素振りを見せた。



 面と向かって、そういう台詞を言うのは確かに、恥ずかしいものがあるだろう。祐介は聞かなかった事にして、依頼書を三つ受付に置いた。



「依頼書だ」



 普段通り祐介は短くミアに告げた。



 ミアは、それを見て、盛大にため息をついた。



「────普段通り、こっちが何を言っても聞く耳を持たないのでしょうね」



 ミアは花が咲くような笑みを浮かべて見せた。



「ああ、だが、無茶はしない。約束した」



 祐介はそれだけ言い残すと、足早に冒険者ギルドを出ていった。



「彼は相変わらずね」



 隣から他の職員が、ミアに声をかけてきた。



「そうですね。でも、今日ぐらいは小言は言わないことにします」



 ミアはそう答えつつ、祐介が出ていった扉を見つめていた。




 依頼を完遂し、夕刻頃に祐介はギルドへと戻ってきた。そして、いつも通り、報酬を受け取り、さっさと帰ろうとしていた。



「悪いが、今日は酒宴だ」



 そんな祐介の前にリンゼイを筆頭に冒険者たちが立ち塞がっていた。



 あれよあれよ、祐介は酒場まで連行され座席に強引に座らされた。



「勘弁してくれ……」



 小声で祐介は呟いたが、その声は誰の耳にも届くことはなかった。



 次々と、豪勢な食事や高そうな酒がテーブルに並べられていくのを、祐介はただ見守るしか無かった。



 大テーブルを囲む面々の殆どは、話したこともない冒険者ばかりだったが、知っている顔もあった。



 まずは、リンゼイ。エミリー。ダンカン。ソル。サスキアだ。



「今日は、私の奢りだ。食べて、飲んで、勝利と無事を祝おう!」



 リンゼイが音頭をとると、歓声と拍手が至る所から上がった。



 力強く、酒が注がれたグラスが、祐介の前に置かれた。横を見ると、ドワーフの男が立っていた。



「秘伝の酒じゃ! さあ、飲め!」



 ドワーフの秘伝の酒。ドワーフと言えば、酒飲みだ。古来よりそう決まっている。そして、そんなドワーフが出す秘伝の酒など、人間の自分が飲めるのだろうか。



 失礼かもしれないが、強すぎる酒は人にはただの毒である。



「バカ言っちゃいけねぇ。ここは、小人の繊細な酒だろうよ!」



 今度は、小人族がやってきて、また祐介の前にグラスが置かれた。



 小人族と言えば、食文化において右に出る種族はいない、と古来より決まっている。これはまだ、飲めそうではある。



「エルフの酒もあるぞ。度数も高くないから、人でも飲みやすいと評判だ」



 今度はリンゼイが割って入ってきて、これまたグラスを祐介の前に置いてきた。



 エルフが酒を好むとは聞いたことがない。ただ、飲む時は飲むらしい。詳しくは祐介も知らない。



 しかし、出された酒、文化の結晶を飲まないのは、その種族へ侮辱する行為だ。祐介は意を決して、全ての酒を飲み干す、と覚悟を決めた。



 小一時間後、そこにはベロベロに酔った出来上がった。



「誰ですか! ここまで飲ませたのは!」



 ミアの鋭い怒鳴り声が、酒場に響いた。途中から、仕事を切り上げて、酒宴に参加したら、肝心の主役である祐介が、かなりベロベロに酔っているのだ。



 酒宴の参加者は、知らん顔をしていた。冒険者にとって、



「もう……ダメ……」



 祐介はそれだけ言い、静かにテーブルの上に頭を置くと、眠り始めた。



 変人祐介の逸話に、意外と酒が弱い、というのが追加されたが、飲まされ過ぎただけだと注記しておきたい。



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