第35話 退院、古巣へ
あの見舞いから一週間後、祐介は半ば無理やり退院した。
深い傷の殆どがふさがり、ひび割れた骨もほぼ治ったからだ。日常生活には、なんの支障もない。祐介は、そう医師を説き伏せて、制止を聞かずにさっさと病院を出てしまった。
医師や病院関係者、アーノルドや国には申し訳なく思ったが、入院生活があまりにも窮屈で、耐え切れなかった。
なにより自分がいない間、誰が安く名誉もない依頼をするというのか。驕り《おごり》かもしれないが、どうしてもそれが祐介には心配だった。
そして相変わらず、異常な身体能力で都から脱し、古巣のアザミを目指して移動した。
道中、街道を走っていると、すれ違う人々から、凄まじい目と顔で見られることになった。レース用の馬の如き速さで走る人間を見れば、それは無理もない話だった。
数日後、アザミの街が見えてきた。正門は開けられ、衛兵が何人か立っていた。とりあえず、中に入る人や馬車の列に並んで、祐介は順番を待った。
祐介の番はすぐ回ってきた。冒険者ギルドの認識票を見せながら祐介が前へ出ると、衛兵たちが驚いた様子で二度見してきた。
「おい。お前、本物か?」
衛兵の一人が、驚きを隠す様子もなく、祐介に言ってきた。
こんな質問をされた事がなかった祐介は、内心不思議に思いながら、認識票を片手にこたえた。
「本物だ」
「す、すこし、まっていろ!」
質問してきた衛兵が、慌てた様子で走り去っていった。
そして少し待たされ、衛兵隊長のケイトが急ぎ足でやってきた。
「祐介! 無事だったんだな!」
ケイトが歓喜の声をあげて、祐介を見ていた。
何が何やら、全くわからない祐介は、本当に首を傾げて、ケイトを見ていた。
突然、街から立ち去ったから、心配でもしていたのだろうか。そうだとしたら、申し訳ないことをしたかもしれない。
「すまない」
「いや、いや、いいんだ。そうだよな。お前はそんな簡単に死ぬ奴じゃない」
「あ、ああ」
野垂れ死にしたとでも、思われていたのだろうか。これでも、冒険者なので、簡単な小屋を作れるし、狩猟もできるし、野草を採取したりもできるのだが。
「とりあえず、疲れたろう。家に帰って、ゆっくり休むんだぞ」
ケイトはそう言って、祐介を街の中へと通してくれた。
よくわからないが、無事に街へ帰ってこれたようだ。祐介は真っ直ぐ、自宅へと帰宅した。
そして、実際に疲れていたので、ベッドで横になり、惰眠を貪った。
次の日。早朝に自然と目が覚めた。さて、冒険者家業を再開するとしよう。今日は、肩慣らしも兼ねて、地下下水道を綺麗にでもするか。
祐介はいつものように、冒険者ギルドへと入った。
その瞬間、祐介へと一斉に視線が向けられ、騒がしかったロビーが静かになった。
少し困惑を覚えつつ、祐介は普段通り、定位置に移動して、壁に背中を預けた。
駆け寄ってくる人影が見えた。冒険者に成り立てのエミリーだ。武具は、以前より良くなっているように見えた。冒険者家業は、順調のようだ。
「なんだ?」
駆け寄ってくるエミリーに、祐介は短く声をかけた。しかし、エミリーはそれに答える様子はなく、祐介のすぐ側までやってきた。
「生きててよかったぁ!」
そう言って、エミリーが嗚咽をあげた。時折、言葉にならない声をあげていた。
流石に祐介も、これには目を丸くした。いや、よく考えてみれば、ケイトでさえあの反応だったのだから、よほど心配をかけたのかもしれない。
しかし、今のこの状況は、非常によろしくない。これでは、若い女性を泣かせる悪い男である。
「落ち着け。頼む」
「だって、瀕死だって! もう動けないかもって!」
「俺は元気だ」
ここで祐介は、何やら自分が思っている事と、広まっている話にズレがあるように感じた。
そもそも、瀕死になった記憶はない。大怪我をしたのは事実だが。
また、おかしな噂話でも流布されたのだろうか?
「どうして、そんな話になって────」
祐介の言葉はここで遮られた。
「生きてたか! 良かった。本当に良かった!」
いつの間にか近づいてきていたリンゼイが、感極まった様子で大きな声で言った。
これは、収拾がつかない状況だな。祐介は、とりあえず、二人が落ち着くのを待って、しっかり話をする方針に切り替えた。
しかし、事はそう思惑通りには進まなかった。次第に冒険者たちが、祐介の周りに集まり始めたのだ。
「俺はお前を誇りに思うぜ! よく生きて帰ってきた!」
以前、共に肩を並べたダンカンが、大声で叫んだ。
誇り? まさか、魔族との戦争が既にここまで話が広まっているのか? 箝口令の一つや二つ発令してるものじゃないのか?
祐介は、混乱する頭で色々考えてるうちに、あれよあれよ、と冒険者に取り囲まれ、胴上げされていた。
「帰ったら祝杯をあげるぞー!」
「我らの変人に栄光あれ!」
「いい店紹介してやるぞ! 待て! リンゼイ殿、怪しい店ではない!」
「やめて……」
祐介はか細い声で抵抗するが、一度調子に乗った冒険者たちは、そう簡単には止まってはくれないのは、嫌というほどよく知っている。
久しぶりに祐介は、泣きたい気持ちになった。
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