第30話 招集
その後、祐介はケイトの誤解を解き、その他にも街の人たちや、役人たちの誤解を解くはめになった。
そうやって、仕事をしながら、誤解を解いて回るというよく分からないことをしながら、何日も祐介は過ごした。
冬にも入ろうかと時期だった。ついに、寒さを感じるようになった。
そんなあくる日、冒険者ギルドへと祐介が行くと、慌てた様子で、勇者からの使いと名乗る男が待っていた。
騒ぎになっても困るので、急ぎで応接室を借りて、その男から事情を祐介は聞いた。
「つまり、魔族陣営が人族陣営の領地に拠点を置いた、と?」
祐介は男の話を要約して、聞き返した。魔族が人族領域に侵入してくるのは、決して珍しい事ではない。
しかし、それらの多くは、侵略が目的ではない。破壊や略奪をして、自分達の領域へと帰っていくのが常だ。
ただ今回は、どっしりと腰を据えているらしい。侵略行為に他ならない。
「そうです。そこで、勇者一党が先陣を切ることになりました」
「そうか。それで、何故それを俺に?」
「勇者から要請です。その先陣に加わって欲しいと」
祐介はしっかりと頷いた。
「引き受けよう。何処へ集合すればいい?」
「馬車を用意してあります」
「わかった」
男について行く形で、祐介は部屋を出た。
冒険者ギルドのロビーは、今の所普段通りに見えた。祐介はその光景を尻目に、男と一緒に冒険者ギルドを出た。
こういう、近くにある何気ない日常を守らねばならない。
街の外で待つ馬車に祐介は乗り込み、男が御者として馬を走らせた。
魔法で加速しているのか、かなりの速度を出して馬車は走っていた。それだけ、緊急事態という事だろう。
そして夕刻頃に、馬車は目的地へと到着した。場所は、何処かの平原だった。野営陣地が築かれており、幾つも兵士が寝食している天幕が見えた。
「戦争か」
祐介は小さく呟いた。ここから、ただの冒険者ではなく、兵士としての役割も求められる事になるだろう。
男に案内されるがまま、他と比べて立派な天幕へと祐介は入った。
中には、勇者一党がいた。他にも、指揮官らしき中年の男と、黄金等級の冒険者たちが立っていた。緊迫した空気を肌で祐介は感じた。
「久しぶりだね」
エリスが緊迫した空気など気にする様子もなく、すり寄るように祐介の元へとやってきた。
「ああ」
祐介は短く言葉を返し、エリスから距離を置いた。
「────強いな。彼は何者かね?」
指揮官と思われる中年の男が、祐介を真っ直ぐ見つめて、よく響く声で言った。
「剣聖ジェニファーと互角に戦える冒険者です」
マリアが指揮官の男の疑問にこたえた。その瞬間明らかに、他に集まった冒険者たちが動揺するのがわかった。
「それは心強い。私は、アーノルドだ。この現場の指揮官をしている」
アーノルドは鋭い目付きしながら、よく響く声でそう言った。
「佐々木祐介。祐介が名前だ」
祐介は軽く会釈した。
「異国の人間のようだ。勇者一党が、君を呼んだ意味がよくわかる。その内に秘めた力は、我々に必要となる」
アーノルドが真面目な顔で祐介を見ていた。
祐介は黙って、頷いた。特に返す言葉が思いつかなかった。
それから、アーノルドが作戦の説明をはじめた。
まずこの世界の常識として、強い力を持つ個人は、有象無象の兵士たちより強いというのが当たり前だ。
事実、少し訓練をつみ武装を整えた部隊が、数名の実力者に壊滅させられるというのは、珍しい話ではない。
だからこそ、強い力を確実に持つ冒険者が、ここに集まったのだ。
「
アーノルドはそう言って、テーブルの上に広げられた地図を指でなぞる。
魔族は、見た目は人に近い。額または頭に生えた角などで、見分けることはできる。あとは、魔力の総量が多いことだろうか。
一応、魔族と一括りにされてはいるが、全てが別種と行ってもいいだろう。
一人一人が、強い力を持ち、人の軍隊を一人で壊滅させるだけの力を持っていることも珍しくはない。
ただ、種族の力が強いためか、個体数は少ないというのが、今の所の定説であり、互いに連携するのも得意では無いこともわかっている。
そんな魔族が四人も集まり、魔物を使役し、拠点を置いているのは間違いなく、脅威だ。
祐介はアーノルドの作戦説明を聞きながら、黙って腕を組んでいた。
「まず、先陣を勇者一党、そして勇者の要請に基づき、祐介に行ってもらう。魔族四匹を確実に引き付けてもらう。その後、周りの雑多な魔物は黄金等級の諸君らが相手をするように。勿論、我が軍も共同で動く」
アーノルドはそう言って、作戦を簡潔に伝えた。
魔族の相手をするのは、久しぶりだ。祐介は相変わらず、仏頂面でその説明を聞いていた。
そこで軍議は終わり、それぞれ割り当てられた天幕へと戻って行った。
何故か、勇者一党と同じ天幕に祐介は割り当てられていた。
「明日、作戦決行か」
祐介はポツリと呟いた。
「ああ、すまないな。ただ、どうしても、今回の戦争には負ける訳にはいかないのだ」
ジェニファーがそう言って、申し訳なさそうに祐介を見た。
「気にするな」
祐介は短く、ぶっきらぼうにこたえた。
「祐介ー。こっちに来なよー」
エリスが、自分が使っている毛布を広げて、祐介を手招きしてきた。
「遠慮しておこう。恐れ多い」
祐介は天幕の隅っこから、そう言葉を返した。
「じゃあ、こっちから行くからいいよ」
エリスは魔法で瞬間移動し、祐介のすぐ隣に移動し、無理やり祐介を同じ毛布の中に包んだ。
なお、簡単にエリスはこの魔法を使っているが、かなり高度な魔法である。少なくとも、祐介にはこう簡単には使えない。
祐介は珍しく、慌てた様子で、離れようとしていたが、ガッチリとエリスに抱きつかれていたため、その試みは失敗した。
「意外と女の子に耐性が無いんだね。可愛いね。冒険者だから、女遊びしまくってそうなのに」
エリスが祐介の耳元に口を近づけて、ささやくように言った。
何故、こうなった。祐介はそう叫びたい気持ちでいっぱいだった。
「はしたないですよ」
マリアがとがめる口調でエリスに言った。しかし、エリスが耳を貸す様子は無い。
「綺麗な黒い髪……」
エリスが祐介の髪の毛に指を通して、呟いた。手入れは殆どしていない。汚れは落としているが、パサパサとした髪質だ。
祐介は、魔法で瞬間移動をして、無理やりエリスから離れた。実の所、祐介は普通の魔法は得意ではない。焦りつつ、なんとか使ったのは秘密である。
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