第29話 噂話は一旦横に置いておこう?
馬車に揺られながら、祐介とリンゼイは、依頼主がいる村に向かっていた。
さほど、村はアザミから遠くは無い。今日中には、仕事に取り掛かれるだろう。
ガタガタと揺れる馬車の中で、祐介は黙ってただ座っていた。
普段なら一人でそうしているのだが、今日はリンゼイという例外的な存在がいる。
御者も最初、かなり驚いていたし、今も少し緊張している御者の気配を祐介は感じていた。
「祐介」
と、リンゼイが突然、名前を呼んできた。祐介は目だけを動かして、リンゼイを見た。
「なんだ?」
「移動時間が少し退屈だ。身の上話でもしないか?」
「構わないが……」
祐介はそう言って、リンゼイへと顔を向けた。
「君は、街に来るまでは、何をしてたんだ?」
「放浪してた」
「放浪か。もう少し具体的に聞きたいな」
祐介は少し悩んだ。何処まで話していいものか、言葉を選ぶ必要がある。
「俺には記憶が殆どない。気づけば、人里離れた山の中だった。魔物や獣と戦いながら、なんとか街までやってきた」
祐介の脳裏には、襲いかかってくる数多の魔物の姿があった。時には、魔族と出会い、その魔族と死闘を繰り広げたこともある。しかし、それを口にする気にはならなかった。
魔族がいた、ということは、それは即ち、祐介が最初にいた場所は間違いなく魔族陣営の領地だった事を意味する。
そんな事が
「そ、そうか……苦労してるんだな」
リンゼイが言葉を詰まらせながら、そう言って頷いた。
祐介はなんでもないように語っているが、リンゼイからすれば、それは壮絶な境遇に他ならなかった。
口ぶりからして、祐介は何かしらの魔法で記憶を奪われ、山に捨て置かれたのかもしれない。リンゼイには、そんな考えが浮かんだ。
そんな絶望的な状況から、彼は見事脱出してみせた。彼が人と話す時、どこかぎこちないのも、そういう記憶が曖昧にさせられているのが関係しているのかもしれない。
祐介の出自を調べても、全くわからないのも、ある意味納得だった。彼は本当に、天涯孤独の身にさせられたのだ。
そんな境遇にありながら、彼は人々の事を考え、身を粉にして、尽力している。
何やら、祐介の預かり知らぬところで、勝手に祐介への勘違いが加速しているが、祐介は全く気づく様子もない。
「そういう君は?」
祐介は色々と考えているリンゼイに、そう質問した。
「あ、ああ……私は、よくある里で育った。ある時、冒険者に憧れるようになった。それから、里を出て、気づけば黄金等級になっていたよ」
リンゼイはエルフだ。祐介が想像するよりもずっと前から、冒険者をやっていたんだろう。
「なるほど」
祐介は小さく頷いた。淡白な返答だった。しかし、リンゼイがその態度に気を悪くした様子はなかった。
それどころか、微かに笑みを浮かべていた。
ゴブリン退治は、全く問題なく完了した。
依頼主の村長は、黄金等級の冒険者が一緒に来た事で、驚愕していたが、事情を軽く説明して、その場を収めた。
そして、ゴブリンが巣くっている洞窟へと突入し、一匹残らず討伐した。
人間離れした祐介と、黄金等級の冒険者であるリンゼイの二人組みに、小さな群れだったゴブリンたちは、全く歯が立たなかった。
依頼主に討伐完了の報告をし、祐介とリンゼイは、アザミへと何事もなく帰還した。
祐介たちが冒険者ギルドへと入ると、夕刻というのもあり、大勢の冒険者たちが集まっていた。
そして、多くの冒険者が、驚いた顔をして祐介たちを見てきた。祐介が誰かと行動している、ことさえ珍しいのに、その片割れが黄金等級のリンゼイとなれば、その驚きは倍増した。
「依頼は終わった」
祐介はそんな視線を無視して、ミアに声をかけた。
「お二人とも、お疲れ様です」
ミアが微笑んで祐介を見ていた。それから、祐介は、特に問題なくゴブリンの群れを討伐したことを報告した。
「なるほど────ところで、無茶はしてませんか?」
営業的だったミアの態度が、コロリと変わった。心配そうに祐介の顔を覗き込んでいた。
「無茶してない」
祐介は短くこたえた。
「そうですか。ならよかったです」
「それじゃあ」
祐介はそう言って、受付から離れた。他にも、報告の為に並んでいる冒険者がいるのだ。長話する訳にはいかない。
祐介とリンゼイは、冒険者たちから少し離れた所で、足を止めた。
「俺は帰ることにする」
「そうか。私は少し、野暮用を済ませてくることにしよう」
祐介とリンゼイはそう言葉を交わして、別れた。
冒険者ギルドを出て、祐介は自宅を目指して歩いた。その道中、衛兵隊長のケイトを見かけた。
ケイトはこちらに気づくと、何やら足早で祐介へと近づいてきた。祐介は、嫌な予感をヒシヒシと感じた。
「お前! 結婚して娘までいたのか!」
「……勘弁してくれ」
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