第28話 噂話



 祐介が家を貰い────いや、半ば押し付けられた一件から数日後、いつものように早朝に、祐介は冒険者ギルドへと足を運んでいた。



 壁際の定位置で、掲示板を眺めていると、何やら勇み足でこちらへと近づいてくる人影が見えた。



 何事だろう、と祐介はそちらへと顔を向けた。近づいて来るのは、以前助けてくれたリンゼイだった。



 何故、そんな勇み足でこちらへ来るのだろうか。祐介は不思議思いながら、その場から動かずリンゼイを見ていた。



「祐介、君は、



 リンゼイは祐介の近くまで来ると、大きな声で、とんでもないことを言い出した。



 これには、流石の祐介も驚き顔で面食らっていた。黄金等級の冒険者が、そんな大きな声で話せば、当然、ロビーにいる冒険者たちが注目し、話が広まっていく。



「しかも、



「え?」



 祐介は間抜けた声が出た。根も葉もない話すぎて、全くもって意味がわからない。



「いや、君は何を?」



「一体どこの馬の骨だ? 私より綺麗か? 可愛いのか?」



「いや、まて、いや」



 普段の威厳すらある冒険者の姿はそこにはなかった。駄々をこねる子供にすら見える。これでも、祐介の数倍は生きているはずなのだが。



 何より、周囲から向けられる視線が、祐介は痛かった。本当に、刺す、ような視線が複数、祐介に向けられていた。



「俺は結婚してない。娘もいない」



 祐介は気を持ち直し、ハッキリとリンゼイへと告げた。何故、こんな当たり前の事を、自分は宣言させられているのだろうか。



「────本当か? 嘘だったら……」



 リンゼイが鋭利な刃物のように、鋭い眼光で祐介を見てきた。



 嘘と認定された場合、何が起きるのだろうか。流石の祐介も、怖くて聞き返せない。



「本当だ。そもそも、俺にそんな暇があると思うか?」



「────ふむ。確かに」



 リンゼイは少し考える素振りを見せ、突然冷静になった。



 精神が疲れているのだろうか? そもそも、何処からそんな話を聞いたのだろうか。



「その根も葉もない話は、どこで?」



「最初はギルドの酒場だ。その時は、ただの噂話だと思ったが、街中でも聞いた」



「いや……なに?」



 どうやら、祐介の想像以上に、このはた迷惑な噂話は広まっているらしい。



 少し祐介は考えた。そして、特に問題もないか、と判断した。所詮は噂話だ。実害は無いだろう。



 人の噂話など、その程度のものだ。



「まあ、いい。そろそろ、仕事を探す」



 祐介はそう言って、ズカズカと無遠慮に掲示板の方へと向かった。



 そして、余り物の依頼書の一つを手に取った。ゴブリンが村の備蓄の作物を盗みに来て困っている、という内容の仕事だった。よくある依頼だ。



 そろそろ冬がやってくる。備蓄の作物を盗まれるのは、村人にとっては死活問題だろう。早急に解決しなくてはならない。



「その仕事をうけるのか」



 背後から聞こえたリンゼイの声に、祐介は少し驚いた。てっきり、いつものように、どこぞへ行ったものだと祐介は思い込んでいたからだ。



「そうだ。冬が近い。村人には、死活問題だ」



 祐介は無愛想な顔をしながらも、内心驚きつつ、リンゼイを見た。



「私も同行していいか?」



 意外すぎる提案に、祐介はまた驚いた。今までリンゼイが、仕事に同行しようとしてきたことはなかった。



 そもそも、橙等級の祐介がうけるような仕事に、黄金等級のリンゼイが同行する、というのはかなりである。



「何故?」



 端的に祐介は疑問を口にした。



「何となくだ」



 リンゼイはそう言って、何処か気まずそうに視線を泳がせた。



 怪しいが、悪意は感じない。ただ、一人の方が気楽だし、何より、今度はもっと別の噂が広がりそうな気がして、祐介は嫌だった。



「ダメか?」



 リンゼイが祐介の手をしっかり握り、何故か甘い声音で言ってきた。



 祐介は、ハッキリ言って。話すぐらいなら、特に気にもしないが、こうもしっかりと手を取られると、気恥ずかしさやらで頭が混乱してしまう。



「わかった。わかったから、手を離してくれ」



 祐介はそう言うと、リンゼイはあっさりと手を離した。



 そしてその後、リンゼイを連れて、いつものように祐介は受付へと向かった。いつもと違うのは、その後ろからリンゼイがついて来てることだろう。



「この仕事をする」



 受付に立つミアに、依頼書を見せた。



 ミアの様子が少しおかしいことに、祐介はすぐ気づいた。なぜか、祐介とリンゼイを何度も見ていた。



「どうした?」



 祐介がたずねると、ミアが少し間をおいて口を開いた。



「えーと、何故リンゼイさんが、祐介くんと一緒にいるのかなって」



「臨時の一党だと思ってくれ」



「もしかして、いや、流石に……」



 ミアが何やら、ぶつくさ言いながら、祐介が見た事がないような顔をしていた。視線も気持ち、何処か遠くを見ているようだった。



「どうした?」



 祐介は流石におかしいミアの態度を見て、また声をかけた。



「祐介くんが、結婚したって……」



「君もか。俺にそんな暇があると思うか?」



 ミアも噂話に踊らされていたようだ。祐介はすぐ、否定した。



「あー、まあ、そうですよね。あはは」



 ミアが気恥ずかしそうに、頬をかいて苦笑いをした。



 一度、広がった噂話は簡単には消せない。祐介は嫌な予感を覚えずにはいられなかった。

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