第26話 リンゼイ
祐介は本当に首を傾げて、リンゼイを見た。
「不思議そうだね。私は、君のようになれなかった。だからファンなんだ」
祐介は尚更、意味がわからなかった。黄金等級の冒険者といえば、在野最高位であり、それだけ実績のある冒険者だ。
自分のような細々と仕事をする冒険者なぞと、比べるまでもなく、立派な冒険者だ。
「君は黄金等級なんだよな?」
「そうだよ。正真正銘、黄金等級だとも」
「俺は橙等級だ。下の下だ。よくわからない」
下っ端の冒険者に、上位の上位に位置する冒険者のリンゼイが、ファンになるとは、信じ難い事実だった。
「君が常に、人々のことを思い、傷つきながらも、前に進む強さを見せてくれた。だからだよ」
リンゼイがそう言って、祐介の目を真っ直ぐ見つめてきた。透き通るような黄金の瞳に、祐介は少しうろたえた。
何より祐介本人は、立派なことをしたとは思っていない。
人として、ただ人としてそうするべきだ、と思って冒険者をやってきただけだ。
「よくわからない……」
祐介はしぼり出すような声で、そう返答するのが限界だった。
その時、リンゼイの瞳が僅かに光を帯びた気がした。気のせいだろうか。
「本当は、こうやって、接触するつもりはなかったんだ。色々と、わずらわしい事に君が巻き込まれるのは、良くないと思ってね。ただ、あの様な光景を前にしては、流石に、ね?」
リンゼイはそう言って、再び微笑みを浮かべて祐介を見つめてきた。
確かに、人としては、それは正しい行動だろう。祐介も、何度か路上生活者や孤児を助け、適切な組織や場所へ送ったことはある。
「感謝する」
祐介は短くお礼を述べた。
「気にしないでくれ。そうだな、後一日はここで休むべきだろう。ギルドで会うことがあれば、是非仲良くしてくれ」
リンゼイはそう言って、お盆を手に持つと、部屋を出ていった。
世の中、変わった人もいものだ。祐介はそんなことを考えながら、また眠気を覚えて、ベッドに横になった。
リンゼイは祐介が食べ終えた食器を片付け、一息ついた。
偶然、あそこを通らなければ、祐介は死んでいただろう。リンゼイは心の底から、神に感謝した。
彼は、いつの間にか、自分が忘れていた冒険者を体現する唯一の存在だ。
圧倒的な力を持ちながら、彼は常に人々のすぐ側に立っている。
確かに、英雄的な魅力はないかもしれない。ただ、捨て置かれ、切り捨てられるような人々や事柄に、彼は真っ向から立ち向かっていく。
彼こそが冒険者だ。いつしかリンゼイはそんな感情を祐介に対して持つようになった。
そして、同時に、短い時を生きる人だ。路上に崩れ落ちる祐介を見た時、改めてリンゼイはそれを強く認識した。
何があったのかはわからない。ただ、超人的にも見える男が、憧れる冒険者が、路上に倒れる姿を見て、いい気分はしなかったのは確かだ。
色々調べてみたが、下級のデーモン討伐の後、彼はああなったらしい。
よくよく考えてみれば、彼は生き急ぎすぎている。寝る間も惜しんで、ほんそうし、人のために尽くしているのだ。今まで、倒れなかったのが、奇跡なのだ。
彼は文字通り、命削るどこか儚い冒険者なのだ。
リンゼイから見て、祐介は神秘的ですらあった。時折、彼に後光が見える錯覚すらあった。
酷く遠い所から、彼の冒険を観察したことすらあった。
敵は、オーガだった。それも、歴戦のオーガだ。リンゼイは、一目でそれがわかった。
彼は、そのオーガを見事討ち取った。黄金等級の一党でも、危ういかもしれない歴戦のオーガを、苦戦していたものの、ひとりで倒してみせた。
しかし彼は、ただのオーガとしか、ギルドに報告しなかったし、武勇を
儚くも輝く彼を知るのはリンゼイだけだった。しかし、ここ最近、少し情勢が変わった。
勇者一党が彼の存在を認めた。剣聖とも互角に渡り合い、そしてその後、何かと裏から勇者一党が彼について手を回しはじめた。
つまりリンゼイだけの、理想の冒険者では祐介はなくなったのだ。
無論、それはそれで、良いことだとはリンゼイは思う。彼の価値を、真価を認めてくれる存在や組織がいるのは、喜ばしい。
しかし、何処かそれが嫌だと感じる自分もいるのも、また事実だった。
しかもその後、魔族陣営の魔法使いが、彼を勧誘したらしい。彼は拒絶したようだが、彼の価値に気づき、また何かしてくるかもしれない。
「気長にやるさ」
リンゼイは自然とそんな言葉が口からこぼれた。
偶然とはいえ、彼と縁ができた。今はそれでいい。狩りとは気長にやるものだ。
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