第24話 ミアの回想



 変わった男だ。



 ミアの最初の祐介への印象はそれだった。珍しい黒髪に黒い瞳。そして、ぼろを着て、武器は棍棒一つ。



 その状態で、この男は「冒険者登録がしたい」などと言ってきた。



 冒険者ギルドは、基本、。だから、普段通り、淡々と登録作業をミアはすませた。



 日を重ねる毎に、祐介という冒険者は、多少まともな格好をするようになった。それでも尚、武装は貧弱だし、革鎧すらつけていなかったが。



 そんなある時、祐介の問題行動が、アザミの冒険者ギルドの会議で持ち上がった。



 それは、地下下水道での害獣、つまり、巨大鼠や巨大虫を勝手に祐介が駆除をしているというものだった。



 新人も熟練者も、好き好んで地下下水道には行かない。



 安い報酬、何の名誉にもならない、理由は様々だが、冒険者ですらみながみな、その仕事を避ける傾向にはあった。



 ただ、街の維持のためには必要な仕事でもある。なので、あの手この手で冒険者たちに、地下下水道の仕事をさせようとは、冒険者ギルドもしてきた。



 しかし、。というのは、冒険者ギルドとしてはではない。なにより、冒険者が勝手な行動をとることを容認することはできないのだ。



 もしこれを黙認すれば、他の冒険者たちがもっと悪い勝手な行動をとる恐れもある。



 何かしら罰則を加えるべきだ。誰かがそう言った。事実、その会議ではその方向で話が進んだ。



 しかし、が、その決定に異議を高らかに唱えた。彼は、誰よりも人のことを思い、街を支えてくれている、彼らの主張は概ねそのような内容だった。



 住人はまだしも、役人がこぞって反対してきては、流石に冒険者ギルドも、強い罰則を加えることができなかった。



 そのため、口頭注意と軽い謹慎ですませる、という方針にギルドは意見を変えた。



 その時、ミアが口頭注意の役割を命じられた。最初に祐介と会っているので、この変人も少しは耳を貸すかもしれないという上層部の期待がその裏にはあった。



「いいですか。依頼も無しに、勝手に地下下水道に入って、駆除をするのは、ギルドとしては容認できません」



 ミアは呼び出した祐介へ、そこそこ強い口調でそう伝えた。



「ただの奉仕活動」



 この当時の祐介は、今より言葉数が少なかった。もっと踏み込んで言うなら、だった。



「それがギルドとしては困るんです。新人の仕事を奪うのは、良くないことです」



「だが、その新人すら、



 祐介はそう言って、不気味なほど動きのない顔で、反論してきた。



 流石に、ミアも苛立ちを覚えた。確かに、新人冒険者が真面目に取り組まないのは問題だろう。



 しかし、冒険者一人の勝手な行動を許せば、ギルドの信頼を損なう恐れがある。あいつが許されるなら、俺も私も、と無責任な勝手な行動が広がる可能性もある。



 冒険者の多くは、その日暮らしの荒くれ者。手綱をしっかり握ることは、最優先事項なのだ。



「いい加減にしてください。私たちはそこまで難しい要求はしていないはずです」



 ミアは強い口調で、祐介に言い放った。



「害獣が増えれば、病が流行る。気づかないうちに、市民が苦しむ。もし、地上にあの鼠や虫がはい出てきたら、市民が襲われ、病に倒れ、人々は安心して暮らせなくなる」



 祐介はミアの顔を見て、そう言った。ミアは驚いていた。祐介がここまで、長く人と会話した姿を見たことがなかったのもある。



 しかし、一番印象に残っているのは、その時、祐介が見せた表情、そして目だった。心の底から、人々の生活の安寧あんねいを願い、身を削ることに何も抵抗が無い。そんな顔と目だった。



 そして同時に、今にも消えてしまいそうな、弱々しい存在にも見えた。誰かのために、躊躇いなく、この人は命を捨て、朽ち果ててしまうような、そんな予感がしたのだ。



 ミアは、しばし何も言えなかった。こんな顔をする人────異性と出会ったことがなかったからだ。



「とにかく、数日は謹慎です。大人しくしてください」



 ミアはそう言葉を発するのが限界だった。祐介は大人しく、小さく頷いて立ち去った。



 それから、祐介は地下下水道の依頼だけではなく、街の外の依頼もこなすようになった。



 特に、割合わないような、安く貧しい村落の依頼を、祐介は積極的にうけた。



 盗賊、害獣、護衛など、色々な仕事をこなし、



 この頃から、ギルドでも祐介に注目する人が増えた。ミアが祐介の担当職員になったのもこの頃だ。殆ど、押し付けられる形ではあったが。



 最初は、悪い噂で祐介は注目された。



 特に、盗賊の討伐に関しては、非戦闘員を含むほぼ全員を、容赦なく殺すため、祐介をと見なす者も少なくなかった。



 しかも、単独で、街のゴロツキや犯罪組織を叩きのめすなど、その強さと容赦の無さから、冒険者すら祐介を怖がるようになっていた。



 勿論、、元々言葉数も少なく、一人でいる事を好む祐介は、明らかにギルドの中でも浮いた存在だった。



 それでも、祐介は止まらなかった。祐介曰く、無償の奉仕活動や依頼を次々とこなしていた。



 その頃ぐらいからだろうか。自然と、ミアは祐介を見る度にその姿を目で追うようになった。



 祐介への根も葉もない誹謗中傷を聞かされ、怒りが込み上げそうになったのも、何回もあった。



 しかし、しばらくすると、みんな慣れたのか、祐介を気にしなくなるか、認めるようになった。



 彼こそが冒険者の理想に相応しい、在野最高位の黄金等級の冒険者が、そんなことを言い出し、次第にみなの意識が変わっていった。



 一党に誘う冒険者すら現れ、ギルドもそれを推奨した。ただ、祐介本人はそれを拒絶するか、有耶無耶うやむやにして、のらくらりと誘いをかわしていた。



 ミアも何度も、固定の一党を組む重要性を説いたが、祐介は聞く耳を殆どもたなかった。



「何故、一党組まないのですか?」



 ミアはある時、そうたずねたことがあった。



「人はいずれ死ぬ。俺も死ぬ。あんたもいつか死ぬ。だから、一人でいい」



 それが祐介の回答だった。ミアはその時ほど、祐介の存在が、儚いと感じた事はなかった。



 ああ、この人は自分の命に、何の価値も見出していないんだ。そう思うようになった。



 ただある時、偶然、街外れで祐介を見かけた。声をかけようと思ったが、ミアにはできなかった。



 祐介は痩せこけた野良犬と一緒にいた。野良犬は、安心しきった顔をして、祐介の膝の上にいた。その時の祐介の顔は、普段見せる無感情ものではなかった。



 慈愛に満ちていた。微笑み、静かに痩せこけた野良犬を撫で、鼻歌を歌っていた。



 そして、しばらくして、祐介は野良犬を、本当に優しく柔く、地面に置いた。ミアはすぐ気づいた。今、野良犬の命が消え失せたことに。



 祐介はまた仏頂面で、無愛想で、無遠慮な雰囲気でその場から去っていった。



 あの顔を、もし、自分に向けてくれるなら……そんな考えが、その時から、脳裏に過ぎるようになった。



 もっと前から、祐介がお気に入りにはなっていたのだろう。ただ、この時、ミアは確かに祐介に恋に近い感情を抱くようになったのだ。



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