第21話 山城攻略戦



 ゴブリン弓兵が放つ矢の軌道を、魔法で撹乱かくらんさせながらサスキアは祐介について考えていた。



「(そもそも、人間なの? こいつ)」



 闇の魔法を多用し、その魔法の威力は煉瓦の壁を粉砕する。木造とはいえ、城壁を魔法で吹き飛ばす。さっきなど、飛来する矢を空中でわしづかみにしゴブリンの顔を軽く殴り潰した。



 どう考えても人間技ではない。しかし、見た目や魔力の質は人間そのものだ。



 言動も……所々、変だが人間のように思えた。



 サスキアがそんなことを考えている間に、ゴブリンの数が少し増えてきた。かなりの数がこの山城に住み着いているようだ。



「────うっとうしい」



 ギャイギャイ、と鳴き声が響く中……祐介の言葉が響き渡った。



 時間が止まったかに思えた。それはゴブリンたちもそうだったらしい。鳴き声は一つも聞こえない。



 恐ろしいほどの魔力が祐介から放たれていた。空間が歪むのではないか、とすら錯覚しそうになるほどだった。



「死ぬがよい」



 祐介が短剣を何度も振るったように見えた。そう、正確にはこの場にいる誰もその動きを目で追いきれなかった。残像すらなかった。



 次の瞬間。ゴブリンの群れへ何十という斬撃が襲いかかった。叩き切られ、切り裂かれ、運が良くても体の一部が切り取られる。



 ゴブリンたちにとっては、阿鼻叫喚あびきょうかんの地獄となった。ゴブリン軍団はこの一瞬で壊滅したのだ。



「魔力で防護すれば助かったものを。所詮、獣程度のゴブリンか」



 祐介はそう言ってため息をついた。そして、ぴしり……と音が響いた。続いて、びきびき……と祐介の持つ短剣が音を立て砕けた。



 それを特に気にする様子もなく、祐介は近場に転がっていた粗末な短剣を拾った。



「よ、よし。とりあえず、粗方片付いたな!」



 気を取り直したダンカンが、そう叫んで周囲へと目を向けた。ソルも周囲へと警戒の目を向ける。



 サスキアはあまり周囲へと目を向ける気分にはなれなかった。惨状を見たくないとかそういう可愛らしい理由ではない。



 祐介という男から目を離した瞬間、自分もゴブリンと同じ末路をとどるのではないか……そんながあったからだ。



 この男がその気になればダンカンもソルも自分も、簡単に殺せてしまう。



 そんなことをサスキアが考えていると、不意に祐介がサスキアの方へと顔を向けた。驚きでサスキアの肩が震えた。



「ボサっとしてると死ぬぞ」



 祐介がそう言った瞬間、サスキアもある気配に気づき声を上げた。



「みんな、何か来るわ!」



 ダンカンとソルが、サスキアの声を聞きその気配に気づいたのか。その場から飛び退いた。



 そして、上空から巨大な怪物が落ちてきた。人型の巨体の怪物だ。頭部には鋭く太い角が二対生えている。



 これが討伐対象のだろう。



「下級のデーモンだな。強そうではあるが」



 祐介は呑気にそんなことを言いながら、デーモンについて自分の分析を口にしていた。



 一方、残り三人はより一層、警戒していた。下級といえどデーモンはデーモン。高い生命力に再生能力や魔法耐性、怪物と呼ぶに相応しい腕力。



 デーモンはなのだ。



 言葉にならない雄叫びを、デーモンがあげ大地が揺れた。



 そして、一番軽装備で弱そうに見えた祐介へと、デーモンが急接近した。両腕を振り上げ、鋭い鉤爪で叩き切ろうと祐介へと振り下ろした。



 これには、流石に祐介以外の3人も焦った。確かに、祐介が強いのは嫌という程理解している。しかし、焦らずにはいられなかった。



 次の瞬間、金属音が響き何かに弾かれるように、デーモンが後ずさりした。よく見るとデーモンの両手の指が消えていた。



「相応には硬いらしい」



 祐介は相変わらず、仏頂面で呑気に感想を口にしていた。



 デーモンは瞬く間に、指と鉤爪を再生させた。そして、予想以上の強敵に出し惜しみは不要と判断したのか魔力を全身にまとった。



「俺達も加勢するぞ」



 ダンカンがそう言って、デーモンの方へと駆けた。



「お、おう!」



 まだ初級冒険者のソルは、若干ためらいを見せつつもダンカンの後に続いた。



 そして、サスキアも静かに2人の後ろへと続いた。



 ダンカンとソルが魔力をまとい、デーモンへ襲いかかる。



 デーモンが腕を振るうがダンカンとソルはそれをうまく避けて、デーモンに肉薄し、斬撃を食らわせた。そして、すぐデーモンから距離を置いた。



 サスキアがすかさず、炎の魔法をデーモンの顔面にあてた。視界を奪われ、デーモンが炎を払おうと顔をブンブン振った。



 魔力で防護していたおかげで炎はすぐ消え失せた。



 しかし、その一瞬の隙をがいた。



 デーモンはすぐ目の前に立つ人影に気づく。デーモンからすれば、虫のような存在でしかない人間の男だ。



 しかし、デーモンは感じたことの無い、底知れぬ恐怖をこの時感じた。下級のデーモンにしては勘のいいデーモンだった。



 ただ、気づいたところでもう既に……このデーモンには打つ手は残されていなかった。





 祐介は呟くように言いながら、短剣を振るった。動作としてはたったそれだけの行為だ。しかし、その軌跡きせきをこの場の誰も目ですら追うことはできなかった。



 気づけば、デーモンは十字に切り裂かれ、血を吹き出して後ろへと大きな音を立てて倒れていた。再生する予兆すら見せない。心臓を確実に潰したのだろう。



 粗末な短剣で頑強なデーモンの骨を砕き、その奥にある心臓をえぐる。これがいかに難しい事か、この場にいる全員が即座に理解していた。



 何より、この攻撃には



「逃がさんよ」



 3人が愕然がくぜんとしていると、祐介は突然そう言い出し指先を山城の本館へと向けた。



 そして、赤い閃光が走り本館すぐ脇で闇魔法が爆発した。ギャッとゴブリンらしき生き物の悲鳴が複数聞こえた。



「これで、討伐は完了だな」



 祐介は3人へと顔を向け、静かな口調で依頼達成を告げた。

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