第11話 置き去りの斬撃
「お前はどうやって、そこまで強くなったんだ?」
次の日の朝。顔を合わせた瞬間、ジェニファーがたずねてきた。
この質問に対してどう答えるか。祐介は少し考えた。
「実戦を経験するうち強くなった」
素っ気なく祐介は答えた。ジェニファーが
この世界にいる神が何かしら自分の肉体に干渉しているのかもしれない。確かなことはわからない。祐介は神とやらと会ったこともましてや会話したこともない。
「まあ、確かにお前の戦い方は我流な感じではある」
一応、ジェニファーは納得したかのような口ぶりだった。しかし、心の底から納得した訳では無いのは明らかだった。
「ただ、お前の強さは過剰だ」
ジェニファーが睨むように祐介を見た。
「過剰?」
「ああ、そこらの獣や魔物や人を相手にして身につく力だとは思えない」
ふうん、と祐介は言った。確かに、ジェニファーが言うことは正しい気がした。
「それに、今のお前からは戦っていた時の熱を感じない。まるで平凡に擬態してるかのようだ」
「擬態か」
「ああ、失礼だが私にはそう見えてしまう」
どうなんだろうか。祐介は考えた。確かに、闘争本能と言うべきものが強くなり過ぎる時はある。
普段の自分が消える感覚があるのも事実ではあった。ただ、擬態しているつもりは無い。
「俺には、そんな器用な事はできない」
祐介はそう答えることにした。実際、自分がそこまで器用だとは思えなかったし信じられなかった。
「そうじゃないことを祈るよ」
ジェニファーが肩をすくめて見せた。
そこで会話は終わったが、祐介とジェニファーがそこで別れることはなかった。お互い食堂に向かったからだ。
食堂で食事をとっていた時だった。不意にジェニファーが口を開いた。
「祐介。お前の実力を見たい」
祐介はジェニファーのその言葉を聞いて首を傾げた。以前、戦ったはずだ。
「どういう意味だ? また戦えと?」
「いや、私と戦うわけではない。まあ、食事を食べ終えたらついてきてくれ」
祐介は怪訝に思いながらもとりあえず、疑問は横に置いておくことにした。
食後、祐介は教会の中庭へと連れてこられた。中庭には太い丸太が直立して置かれていた。さらに、地面にある程度埋めて固定までされている。
「あれを切って見せてくれ。全力でだ」
ジェニファーがそう言ってその丸太を指さした。中庭は、既に噂を聞いていたのか勇者一党を含めた野次馬が集まっていた。
断れる空気ではないな。祐介は仕方なく丸太の前に立った。
短剣を抜いて構えた。考えてみれば、ただ全力で切るということはあまりしたことがなかったな……と祐介は思った。
心が酷く凍てつく感覚があった。そして、短剣を横に振るった。言葉にするとたったそれだけのことだった。
しかしその動きは光を置き去りにした。勇者一党をのぞく、周囲の人々は遅れて走る斬撃を見ることしかできなかった。
気づけば丸太は真っ二つに切れてその場に転がっていた。
「まさしく神業か」
一番近くにいたジェニファーは、小さな声で呟いた。目の前で起きたそれはまさしく神業だった。
一連の出来事を見ていた人々の殆どは言葉を失い、その場に立ち尽くしていた。しかし、勇者一党はそうではなかった。エリスとマリアが祐介の近くへと歩み寄ってきた。
「凄いね」
エリスがそう言って祐介に声をかけた。その表情からは、驚きと賞賛が垣間見えた。
「末恐ろしい才能。いえ、その領域に至るまでどれほどの努力があったことか」
エリスに続いてマリアがそう言って祐介を見た。
「もういいか?」
祐介はただ静かにそうジェニファーに告げた。その顔にはなんの感情もこもっていないように見えた。
人が落とした物をただ拾うのと同じように、そうなって当たり前だと言わんばかりの態度にも見えた。
「…………ああ、ありがとう」
ジェニファーはしばしの沈黙の後、祐介に言葉を返した。祐介はそれを聞いて静かに中庭から離れた。
祐介が立ち去った後、ジェニファーは真っ二つに切れた丸太を見つめていた。
あの太刀筋には、殆ど魔力を感じなかった。純粋にただ切ったのだ。
その領域へと至るまで、どれほどの鍛錬を積んだのだろうか。切るという執念いや狂気だろうか。
「やっぱり、うちの一党に欲しいな」
エリスの言葉で、ジェニファーは我に返った。そして、エリスの顔を見てジェニファーは驚いた。
いつもの人懐っこい笑みはそこにはなかった。どこか獰猛さすら感じる笑みを、エリスが浮かべていた。
「珍しいですね。あなたがそんな顔をするなんて」
マリアがエリスを見て言った。ジェニファーも同じ意見だった。
「すべてを置いて、切る。人が到達できるある種の境地に彼は立っている。さて、どう頷かせようかな……」
エリスは既にこの場にいない無名の達人をいかに懐柔するか思案を巡らせた。
祐介は礼拝堂を黙々と掃除して回っていた。しばらくそうしていると、慌ただしい足音が近づいてくるのに気づいた。
手を止めて、祐介は礼拝堂の入口へと目を向けた。そして、神官服を着たエミリーと呼ばれていた少女が入ってきた。
エミリーは小走りで祐介の元へとやってくると口を開いた。
「さっきの見てたわよ。めちゃくちゃ強いじゃない!」
エミリーは目を輝かせて、祐介を見ていた。そういう目で見られるのは慣れない。
「切った。ただそれだけだ」
祐介はそう言葉を返した。事実、祐介にとってはそうなのだ。
「ただ切るだけで、あんなにならないわよ!」
エミリーが雑にあしらわれたと思ったのか、少し不機嫌そうに言った。
「人をただ切るのだ。無慈悲にな」
祐介は酷く低い声でそう答えた。祐介本人も驚くほど低い声が出た。
エミリーは明らかに、うろたえていた。言葉をつむごうとして、口をモゴモゴさせているのが祐介には見えた。
「話しすぎた。じゃあな」
祐介はそれだけ言い残し、掃除を中途半端に切り上げてその場から去った。何故そうしたのか、祐介本人にもよくわからなかった。
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