第12話 勧誘



 エミリーと会話の後、祐介は意味もなく教会の外の人気のない所で座って空を見上げていた。



 無意味な時間がただ流れていった。その時だった。人の気配を感じた祐介は目だけを動かしてその気配の方へと目を向けた。



「やあ」



 そこには気軽な様子でエリスが立っていた。



 祐介は黙って、エリスの出方を観察していた。エリスがそれに気を悪くした様子はなかった。



「隣いいかな?」



「……ああ、好きにするといい」



 祐介は相変わらず、無愛想そうにそう言って頷いた。



「あの境地に至るのに、どれだけのを切ったのかな?」



 エリスが唐突にそう祐介にたずねてきた。



「数えるのも億劫なほど、とだけ」



 祐介は正直にそう答えた。



「僕には……」



 エリスがそう言って少し沈黙した。



「快楽や愉悦で到れる境地には見えなかった。あれには悲しさすら覚える」



「そうか」



 祐介は相変わらず、無愛想に口を開いた。その時だった。明らかにエリスの空気が変わった。少なくとも、祐介にとって好ましい変化ではなかった。



「うん。やっぱり、僕は君が欲しいな」



 祐介は何とも形容し難い気分の悪さを感じた。しかし、できるだけその感情は表に出さないようにした。



「仲間になる気はない」



 祐介はそう答えてエリスの出方を見た。それを聞いて意外にも、エリスは普段の人懐っこい笑みを浮かべ、先程の異様な空気は消え失せていた。



「まあ、そんなすぐには答えは変わらないよね」



 エリスがニコニコと笑みを浮かべる。



「お宝がそんなに簡単に手に入ったら、味気ないもの」



「お宝?」



「そう。冒険者をやってる人なら、誰しも夢見るお宝。僕にとって君は、突然現れたお宝なんだよ」



 祐介は少し考えた。よくわからなかった。しばらく祐介が意味もわからず、エリスを見つめているとエリスが口を開いた。



「よくわからないって顔だね?」



「実際、よくわからない」



「まあ、いつか必ず仲間にしてみせるよ」



 エリスはそう言って、人懐っこい微笑みを浮かべた。祐介は、内心困惑しつつもその微笑みを見つめていた。



 それからしばらくして、祐介とエリスはその場から離れた。その間、二人の間に会話はなかった。



 右の道へ入る。エリスはついてくる。左の道へと入る。それでもまだエリスはついてくる。



 流石にこれ以上、無視を決め込むのは難しかった。祐介は足を止めてエリスへと目を向けた。



「いつまでついてくる気だ?」



 無愛想な顔で祐介が訊いた。



「あきるまでかな。こうすれば、嫌でもお話してくれるでしょ?」



 エリスは悪びれる様子もなく、ケロッと言ってのけた。祐介は頭を抱えたい気分にさせられた。



「それで、どんなことを話したいんだ?」



「そうだなぁ。君が倒した敵で一番の大物はなんだったの?」



「……オーガだ」



「へえ、オーガか。どうやって倒したの?」



 それから、オーガをどうやって倒したのか、祐介は短くエリスに説明した。細かく質問してくるので祐介は少し説明するのに苦労させられた。



「それって、歴戦のオーガだよね。それを倒して橙等級なのは不思議だね」



「ギルドとしては、俺みたいな異端者の昇格を認めることで秩序が乱れるのが嫌なんだろう。それに、俺もこれ以上の地位は望んでいない」



「もう少し欲をかいても罰は当たらないと思うけどなぁ」



「オーガの討伐に関しては、偶然出くわしたに過ぎない。それに報酬はキッチリ貰ってる」



「そういうことじゃないんだけどねー」



 エリスが苦笑して、祐介を見ていた。気づけば二人は教会の中へと入っていた。



 広間まで来ると、子供たちとジェニファーとマリアがいた。勇者の登場に子供たちが騒ぎ始めた。祐介は静かにその場から離れようとした。



「兄ちゃん、アレ凄かったよ!」



 どうやら、今回は子供たちも逃がしてはくれないらしい。祐介は内心ため息をつきながら絡んできた子供の方へと向き直った。



「そうか」



 祐介は静かに短く言葉を返した。



「どうやったらあんな技、身につくの?」



 群がってきた子供の一人が一際大きな声でたずねてきた。



「切るのだ。ただ切るのだ」



 祐介は正直に答えた。子供たちは不思議そうな顔で祐介を見つめていた。



 そんな子供たちを置いて、祐介は広間から足早に去った。やはり、注目されたり、人が多いのは苦手だ。



 それから、教会中を掃除して周り夕食もとらずに眠りについた。質問攻めにされるのは勘弁願いたかったからだ。



 特筆すべきこともなく、数日があっという間に過ぎた。そんな日の早朝に勇者一党と祐介は食堂に集まっていた。



「今日で、とりあえずは終わりかな」



 エリスが言った。何が終わりなのかはわざわざ聞かなくてもわかった。



「晴れて自由の身……と考えてもいいのか?」



 祐介は三人に尋ねた。三人は静かに頷いた。



「少なくとも、人族に害をなす存在ではないことはよくわかった」



 ジェニファーが祐介を一瞥いちべつした。



「私も同意見ですね。人見知りなのか、人が苦手なのか深く話をする機会はあまりありませんでしたが」



 マリアが続けてそう言った。



「僕もそう思うよ。あの件は考えてくれた?」



 エリスが祐介を見て、ニコニコと笑みを浮かべるのが見えた。



 あの件とは、勇者一党に入らないかという誘いのことなのは祐介にもすぐ理解できた。



「悪いが考えは変わらない」



 祐介はキッパリと言ってのけた。



「そうかぁ」



 エリスが心底残念そうに首をふった。



 それから、教会の人達が食堂に入ってきたので話はそこで中断された。



 その後、教会と勇者一党との間で何が話されたのかは祐介が知ることは無かった。恐らく、滞在費とか諸々ややこしい話だろう。祐介は、さっさと帰るために荷物をまとめ始めていた。

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