第10話 勇者と変人
「何か用か?」
祐介は無愛想に言った。
「うーん、少し顔を見に来た感じかな?」
エリスは相変わらず、ニコニコと笑みを浮かべ祐介を見ていた。
本当にそうだろうか。祐介は怪しいと感じていた。
「なんというか、僕は昔から勘が良いんだよ。今、君と顔を合わせるのが最善な気がしたんだ」
祐介のいぶかしむ視線に気づいてか、エリスがそう答えた。
勇者ともなれば神がかり的な直感があったとしても、不思議では無い。本当に神に選ばれた存在だからだ。
しかしそれはそれとして、納得できるかと言われればそれは違う。
「何か話したいことでもあるのか?」
「そうだねぇ……君の過去について知りたいな」
エリスがそうたずねてきた。
これは少々難しい質問だった。祐介が覚えてる過去は、そこまで多くない。異世界に居たなどとても言えない。
「覚えていない部分も多いがそれでもいいか」
「いいよ」
あっさりとエリスが頷いた。
「俺には両親がいた記憶が無い。物心ついた頃には1人で生きてた。人とロクに交流をもった記憶も無い。そして、俺はここにいる」
淡々と祐介は話した。省略した部分は多い。異世界から来たこと、そして何かしらの理由で自分は命を絶ったらここにいたこと、それらを話す訳にはいかなかった。
「かなり、省略が多い気がするけど?」
「ああ、そうだ。だが嘘はついてない」
ふうんとエリスが言った。
「ただ、生き残るために戦い続けた。そして、この街に来た」
祐介は苦し紛れにそう付け加えた。これは省略はあれど事実だ。
「なるほどね」
と、エリスが言った。
「君の現在については知ってる人はそれなりにいた。けど、それ以前のことを知る人はいなかった。少なくとも、この街にはいなかった。君は秘密主義者みたいだね」
そうかもしれない。事実、祐介は秘密を持っている。それを誰かに打ち明けたことは無い。
「そうだな」
祐介は短くそう答えた。それ以外の言葉が思いつかなかった。
「魔族と繋がってる訳では無いよね?」
エリスの顔から笑みが消えた。彼女の鋭い眼差しが祐介を貫いていた。
「それは無い。断言できる」
「そっか。ならいいよ」
エリスの顔にまた笑みが戻ってきた。本当に今の言葉を、エリスが信じたのかはわからない。ただ、とりあえずは納得したようだった。
しかし、打ち明ける事ができる物事はあった。あのダークエルフについての事だ。
「ただ一度、勧誘は受けた」
祐介の言葉で空気が凍ったように感じられた。
「断ったのかい?」
エリスが真顔でたずねてきた。
「ああ、断った」
「誰から勧誘されたの?」
「ダークエルフの、恐らくは魔法使いだ」
うーん、とエリスが言った。
「全く知らない人から、勧誘されたってことかい?」
「そうなる」
祐介は正直答えた。実際、初対面だった。名前すら知らない。
「難しいね。君の実力は確かだけど魔族が何かしら付け込んでくる可能性は、恐らく高い」
エリスが小難しい顔をして、顎に手をやっていた。
彼女の言う通り、魔族側が何かしら仕掛けてくる可能性は高い。その時、どうなるのかは想像の域をこえてしまっている。
祐介は、自分が決して強固な心をもった人間では無いことを、自覚している。魔族が付け入る隙はあるかもしれない。
しかし、今そのことを考えても仕方ないのではないか。という気持ちもある。相手の出方次第なのだ。
「今ここで、悩んでいても解決するとは思えない」
祐介は自分の考えを正直に口にした。
「……まあ、一理あるね。そのあたりは2人にも相談してみるよ」
エリスが言う2人が、ジェニファーとマリアなのは明らかだった。
変な方向に物事が転ばないことを祐介は祈るばかりだった。
「それじゃあ、僕はそろそろ行くよ。色々聞かせてくれてありがとうね」
言い残し、エリスがどこぞへと駆けていった。
祐介は廊下へと向かった。そして、廊下を掃除した。その後も目に付いた所はとりあえず掃除して回った。
その後、外に出て掃除用具を綺麗に洗った。1つ1つを丁寧に洗い終えた時、頭上からエリスの声がふってきた。
「1つ提案が出たんだけどさ」
祐介は、顔を上げずそのまま黙っていた。
「僕たちの一党に入らない?」
意外すぎる提案に思わず祐介は顔を上げた。しかし生憎、正式にどこかの一党に入るつもりは無い。たとえ、それが勇者一党だったとしてもだ。
ただ、勧誘の理由は気になった。
「理由を知りたい」
「魔族に目をつけられてるのと、普通に実力があるからだね」
「そうか。悪いが、俺は一人のが向いてる。遠慮しておこう」
そう言うとエリスが笑い声を上げた。
「そう言うとは思ったよ。君みたいな人間は、勇者一党の一員って肩書きに魅力は感じないだろうってこともね」
何が面白いのか、エリスが楽しそうに顔を
「他に何かあるか?」
祐介は、会話を早く切り上げたかった。面倒臭いのか、何なのか、理由は自分自身にもわからなかったが……とにかく、早く切りあげたい気持ちが祐介にはあった。
「無いよ。意味もなく会話をするのは、嫌いなのかな?」
「少なくとも、好みでは無い」
「会話を楽しむのは、大事だよ」
「そうかもしれない」
相変わらず、無愛想に祐介は言った。
「……君って、歳は幾つなの?」
エリスの質問に、祐介は考えた。よく覚えていない。少なくとも、成人はしていた気がする。しかし、それ以上はわからなかった。
「わからないが、成人はしている」
「自分の歳ぐらい、覚えておくべきじゃない?」
「記憶が曖昧なんだ。本当だ」
エリスが困ったように笑みを浮かべて、祐介を見ていた。事実なのだから、こればかりは仕方なかった。
「……まあ、信じるよ。嘘がつける人には、少し見えないからね」
エリスがそう言い残し、歩き去っていった。祐介はやっと落ち着けると一息ついた。
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