第9話 教会でのお仕事
教会の仕事をはじめて、2日が経った。
祐介は主に力仕事を任されていた。他には、教会に預けられた子供のお世話などがあった。
勇者一党は特に子供たちから人気だ。殆どの子供たちは、羨望の眼差しを向けて「遊ぼう遊ぼう」とねだっていた。
一方、祐介は子供ウケは良くない。なので、黙々と力仕事や料理の手伝いをしているのが常だった。ただ、例外はあった。
「そろそろ私、ここを出て冒険者になるのよ」
こうやって話しかけてきたのは、神官服を着た小柄な女性だった。金の髪を肩までのばし、目付きは鷹のように鋭かった。
「そうか」
と祐介は言った。
「勇者の一党と一緒にいるってことは、あなた腕が立つ冒険者なんでしょ」
「そうとも限らない。俺の等級は橙だ」
祐介は認識票を見せた。女性は少し怪訝そうな顔をしてその認識票を見ていた。そして祐介は、認識票を懐にしまう。
「わかったか。俺は君が思う強い冒険者じゃない」
「本当に?」
「少なくとも、上級冒険者ではない」
祐介は礼拝堂の掃除を再開した。会話はもう終わったと祐介は判断していたが、どうやらそれは違かったらしい。また女性が口を開いた。
「でも、白等級からは上がれる実力はあるんでしょ? つまり、正式な冒険者としては認められてる」
「ああ、そうなる」
「一党の仲間はいるの?」
「いない」
と、祐介は言った。
「じゃあ、一人で白の仮冒険者から脱したってことよね」
「そうなる」
「十分、凄いじゃない!」
女性は何やら興奮気味に声を上げていた。
彼女の言う通り、一人で白等級の仮冒険者から脱するのは、できなくはないが難しい。本来なら一党を組んで、そこでの働きなどから採点されやっと正式な冒険者として認められるのだ。
「やっぱり、腕が立つのは間違いじゃなかったのね」
女性が、何やら言っているが祐介は無視して掃除を続けていた。
「ねえ、どうすれば立派な冒険者になれるの?」
祐介は掃除の手を止めて、少し考えた。立派な冒険者となると中々答えが難しい。
「どんな地味な仕事でもこなし、必ず生きて帰ってくる。例え後ろ指を指されようとも」
祐介は、自分が思う立派な冒険者の姿を語った。
女性はしばし目を丸くしていたが、明るい表情に戻ると頷いた。
「堅実さが大事なのね! わかったわ!」
女性はそう言い残して足早に礼拝堂からたち去っていった。
辺りに、痛いほどの静寂が戻ってきた。それからしばらく祐介は掃除を続けた。そして、礼拝堂を出た時だった。
待ち構えていたかのように……実際、待ち構えていたのだろう、マリアが礼拝堂の外に立っていた。
「しっかりと、お仕事をされてるみたいですね」
マリアが柔和な笑みを浮かべ、祐介を見つめていた。
流石に、この状況下でサボれるほど気は強くは無い。
「何か用か?」
と、祐介は単刀直入に尋ねた。
「さっきの子はエミリーって言うんですよ」
「そうか」
「冒険者志望なの。聞いたでしょ?」
「ああ」
と、祐介は小さく頷いた。
「孤児の多くは、冒険者を目指します。行く宛てがないからですね。単純に、英雄譚に憧れてる子もいますけど多くは冒険者ギルドの庇護を求めてます」
マリアが難しい顔をして祐介に語った。
「仕事も、無限にある訳ではない」
「ええ、仰る通りです。人族の活動領域が狭くなった今、私たちは人族は生きる場所を失いつつあります」
「そうだな」
マリアの言う通り、今この世界の八割は魔族の手にある。
人族はその残りの世界で辛うじて生かされているのがこの世界の現状だ。
「冒険者ギルドは、受け皿のようなものです。最後の砦とも言えます」
「それくらいは知ってる。何が言いたい?」
「いえ、あなたはどう考えているのか……それが聞いてみたかった……それだけです」
祐介はまた少し考えてから、口を開いた。
「俺はちっぽけな1人の人間に過ぎない。言葉の1つや2つ、こぼしてやるのが限界だ」
「そうですか。あなたは優しい人ですね」
柔和な笑みを維持しつつ、マリアが言った。祐介はその発言に表面は無愛想だが、内心驚いていた。
自分は優しい人間なのだろうか? 少なくとも誰かに、そう言われたことは無いはずだ。
「そうか」
と、だけ祐介は言葉を返した。
「私たちも……短い間ですが色々とあなたについて調べたんですよ」
「神がそれを望まれたから、か?」
「ええ、神がそれを望まれていると思ったからです」
マリアは柔和に微笑み続けて、口を開いた。
「あなたが異彩を放つ冒険者なのは、すぐわかりました。常に一人の変人で、そして容赦がないと」
マリアが何処か遠くへ目をやった。そして、視線が祐介に戻ってきた。
「でも、この2日一緒に居て、気付かされました。あなたも人間なのだと。失礼なことを言っているのは承知の上ですが、それだけあなたの噂は人間離れしてるように聞こえたんです」
「そうか」
祐介は無愛想に答えた。マリアが微笑みを浮かべる。
「それじゃあ、私は仕事に戻ります」
マリアがそう言って背を向けて歩き出した。その背中を祐介は黙って見送った。
自分が考えているよりもずっと、自分に関わる噂は大袈裟なものになっているのかもしれない。
ただ、それが重要かと言われると祐介としては違う。周りが何を言おうとやることは変わらない。変えられない。
次に祐介は、食堂へと足を運んだ。食堂の掃除をするためだ。相変わらず無言で、床や壁、テーブルを念入りに掃除した。
ある程度、掃除が終わった頃だった。視線を感じた。祐介は視線がした方へと顔を向けた。
そこには、勇者エリスがニコニコしながら立っていた。
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