第6話 真剣勝負
修練場。冒険者たちが特訓をする広場であり、己の牙を磨く場所である。そして、時には決闘に近い模擬戦が執り行われる事もある。ここで本当に決闘をして、死人が出ることも、珍しくはない。
しかし、修練場は今、たったふたりの人間が真剣勝負をする場所となっていた。
そのふたりを取り囲むように、冒険者、ギルド職員、噂を聞いて押しかけた人が集まっていた。もちろん、戦闘の余波に巻き込まれないように、全員が距離は置いている。
そしてそんな人々の視線の先にいるのは、剣聖ジェニファーと変人祐介だ。
「剣聖と真剣勝負とは、流石にあの変人も終わりか」
野次馬の誰かが呟いた。それは、集まっている人々の心の声を代弁していた。
「予想以上に集まってしまったな」
ジェニファーが野次馬を見て、呟くように言った。
「剣聖を見たい人は多い。当然の結果だと思う」
祐介は思ったことをそのまま、口に出した。むしろ、集まらない方が異常だろう。一生で一度、会える人間の方が少ないのだ。
「そうかな? とにかく、優秀な治癒士もいる。多少の怪我なら、すぐ治してくれる」
「なるほど。有難い限り」
淡々と起伏のない声で祐介が答えた。その一見すると余裕そうな態度が目に付いたのか、ジェニファーが少し眉をひそめた。
「…………。余裕そうだな。大物か。それとも、虚勢を張っているのか、確かめてやろう」
ジェニファーがロングソードを抜いた。祐介も同じく、短剣を抜いた。
「ただの短剣か。魔力も感じない。量産品だな。手入れはされてるようだが」
祐介の短剣を見て、ジェニファーが感想をこぼした。
「俺にはこれぐらいが、よく手に馴染む」
「ほう。なるほど」
ジェニファーが鋭い目付きを、さらに深めて祐介を見つめた。なにかを見極めようとしているのかもしれない。
「先手は譲る。剣聖の一撃を受け止められるか、それとも倒れるのか。試してみたい」
祐介は相変わらず、失礼なほど無愛想な態度で言った。それは、一種の挑発にも思える言動だった。
「先手を譲ろうと? この私に」
「気を悪くしたなら謝罪しよう。俺は一人の剣士として、真っ向から受けて立ちたいだけだ」
「なるほど────なら、遠慮なく行かせてもらおう!」
その言葉が聞こえた次の瞬間には、ジェニファーが祐介の目の前へと迫ってきていた。本当に、一瞬のうちに間合いをつめてきた。
そして、甲高い金属音があたりに響き渡り、火花が散った。その様子を見た野次馬が口を開いた。
「受け止めた!」
「あの変人、腕は立つと思っていたが」
祐介はジェニファーの一撃を短剣で受け止めていた。これには、ジェニファーも少し驚いたのか、目を丸くしていたが、すぐ祐介から距離をおきロングソードを振るう。
金属音がまた響いた。何度かジェニファーがロングソードで祐介に斬り掛かるが、その全てを祐介は短剣で受け止めていた。
「見事! だが、受けるだけでは、勝てんぞ!」
ジェニファーが声を上げ、ロングソードを何度も振るった。その度に、祐介は短剣で受け止める。
祐介は冷たく黒い瞳で、ジェニファーを見つめていた。暗闇のような冷たさと深みがあった。それを見て、ジェニファーは咄嗟に、祐介から距離をとった。
「体幹を崩した所を、狙うつもりだったか?」
ジェニファーが静かに言った。その通りだった。祐介は、いなし、弾き続け、致命の一撃を入れる腹積もりだった。
「ああ、そうだ」
とだけ、祐介は答えると、短剣の状態を確かめるように、短剣の剣身を指でなぞった。
そして突然、祐介は短剣を右水平に構えると、膨大な魔力が短剣に込められ、突風が吹いた。
「なんだこの魔力は!」
「あいつ、何するつもりだ?」
「くそ! 砂塵が目に!」
刹那。祐介は風に乗ったかのように、素早くジェニファーの真正面に接近した。
「一文字」
ただ、横に振るわれただけの、短剣の一撃が、まさしく必殺の一撃であることをジェニファーはすぐ悟った。
常人であれば、反応する暇もなく、真っ二つにされていたであろうことも、ジェニファーはわかった。
ジェニファーはその必殺の一撃を、ロングソードで受けきった。金属音が響き渡り、激しく火花が散った。ガチガチとジェニファーのロングソードが悲鳴のような音をあげていた。
祐介は受け止められると見るや、これまた素早くジェニファーから距離をとった。
野次馬は一連の衝撃的な流れを見て、言葉を失っていた。膨大な魔力を前にして、腰を抜かしている者たちもいた。
「素晴らしい。流石は剣聖」
だからだろうか、祐介の言葉は修練場にやけに響いた。
「ああ、実に素晴らしい」
祐介の何処か熱の帯びた声が、水面に広がる波紋のように辺りに響き渡る。
「ふふふ、とんでもない奴を私は相手にしているらしい」
ジェニファーが不敵な笑みを浮かべ、祐介の方へと駆け出した。
ほぼ同時に、祐介も地面を蹴って、ジェニファーの方へと駆ける。
「来い! 異国の剣士!」
ジェニファーが叫び、魔力を込めたロングソードを振り上げた。祐介も再び膨大な魔力を放ち、短剣を振り上げる。
それは一瞬の出来事だった。短剣とロングソードが真正面からぶつかった。そこまでは、野次馬も目で追えた。しかし、そこからの剣と剣の激しい打ち合いを、目で追えた者は極わずかだった。
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