第5話 勇者一党と遭遇
翌朝。祐介は宿屋の食堂まで足を運んでいた。馴染みの店主が、朝食を作ってくれるのだ。もちろん有料だ。
出された朝食を食べつつ、祐介は今日なにをしようかと考えていた。正直、仕事が無いとやることが思いつかない。
「兄ちゃん、今日は休みかい?」
ぼんやりしている祐介を見かねてか、店主のデヴィットが尋ねてきた。無精髭が目につく男だ。
「そうだ」
「兄ちゃんが休みってのは、珍しいな。何かあったか?」
「今日、勇者の一党が来る。俺みたいな問題児にはいてほしくないらしい」
祐介が不愛想に言うと、デヴィットがおかしそうに笑った。
「ははは。まあ、兄ちゃんは変人だからな」
「そうかね」
「そうさ。俺が見た限り、名誉欲もなく、淡々と冒険者やってるやつは、変人さ」
デヴィットが笑みを浮かべて、祐介を見ていた。この世界の冒険者の多くは、英雄譚や名誉に憧れている。
腕っぷしだけで勝負したいなら、傭兵のが儲かることを考えると確かに自分は変人の類だろう。
「それに、いつまでそんなみすぼらしい装備で戦い続けるつもりなんだ? 防具の1つぐらい、買えるだろうに」
「隠密性が下がる」
「よくわからんが、兄ちゃんのこだわりか? 早死にしないことを祈るぜ」
デヴィットはそう言い残して、受付へと戻っていった。祐介も少し遅れて、自室へと帰った。
「兄ちゃん! 大変だ!」
デヴィットがそう叫びながら、部屋の扉を開けてきたのはお昼になるぐらいの時間帯だった。かなり慌てた様子だったので、何事かとベッドから祐介は飛び起きた。
「どうした?」
祐介は相変わらずの仏頂面でたずねた。
「あんたに客だ!」
「……客?」
まさかの言葉に、祐介は少し無言になった。ただの客でここまで慌てる必要はないだろう。何か特別な客が来たと考えるべきだ。
「ああ、剣聖様が兄ちゃんをギルドで呼んでるって、使いの冒険者が言ってるんだよ!」
内心、祐介は首をかしげていた。剣聖と個人的な繋がりは無い。仕事関係でも、関係があった事はないはずだ。
行くしかないだろう。祐介は心の中でため息をついた。剣聖ほどの人物が名指しで呼んでいるとあっては、流石に行かざるを得ない。
適当な理由で断ることも勿論できない。相手は下手な貴族よりもずっと権力も社会的信用もあるのだ。
「すぐ行くと伝えてくれ」
「ああ、何が何だかわからないが急げよ」
デヴィットにそう急かされた後、祐介はすぐ出かける準備を終わらせて、宿屋のロビーへと降りた。
ロビーには、使いとしてやってきたらしい冒険者が1人立っていた。祐介を見るとその冒険者は足早に近づいてきた。
「祐介だな。剣聖が呼んでる。ついてきてくれ」
祐介は黙って頷いた。それを見て、冒険者は歩きだした。
宿屋を出て、真っ直ぐ冒険者ギルドへと向かった。道中、お互いに何かを口にすることは無かった。
冒険者ギルドの玄関を開き、案内人の冒険者を先頭に中へと祐介は入った。
玄関ロビーには大勢の冒険者が集まっていた。その視線が、一斉に祐介へ向けられた。その多くは、好奇の目線だった。
何とも言えない居心地の悪さを感じつつ、祐介は周囲を見渡した。そしてすぐ、祐介の方へと向かってくる3人に目が留まった。
剣士風の女性2人と、神官風の女性が1人だ。勇者の一党だろう、と祐介は予想した。明らかに、他の冒険者とはまとう雰囲気が違った。
「君が祐介かな?」
銀の短髪、剣士風の女性が祐介を見て尋ねてきた。
「ああ」
と、祐介は短く答えた。
「僕はエリス。これでも、勇者だよ。よろしくね」
ニコニコと勇者エリスが人懐っこい微笑みを浮かべていた。
「……よろしく」
少しの沈黙の後、祐介も無愛想ながらも頷いた。
「私はジェニファーだ。剣聖と人は呼ぶ」
金色長髪の剣士風の女性が、進み出て名乗った。鋭い目付きが特徴的だった。
「そうか」
と、祐介は無愛想に短く言うと頷いた。
「私は聖者のマリアと申します」
神官風の女性が、お辞儀をして言った。女性用の頭巾で長い髪をまとめている。
「そうか」
と、また祐介は短く答えた。
しかし、この勇者たちは何の用事があって、わざわざ自分を呼び出したのだろうか。疑問である。
祐介の疑問を察してか、それとも元々その話の流れに持っていくつもりだったのか、それはわからないがジェニファーが口を開いた。
「お前について、神託が下った」
ジェニファーのその言葉を聞き、ロビーがざわめきだした。
神に選ばれし者と呼ばれる者たちから「神託」という言葉が出れば、無理もない話だった。この世界において、絶対に逆らえないものだからだ。
無論、そこらの市民が口にしたとしても何も意味がないし、普通に処罰の対象にされる。
神の言葉が聞けるごく一部の人間にだけ、許された特権だ。
「……そうか」
少し考えてから、祐介は無愛想に頷いた。
「異国の剣士。お前には私と真剣勝負してもらう」
また、ジェニファーの言葉を聞いてまたロビーがざわめき声で満たされた。
「剣聖とあの変人が真剣勝負?」
「やべぇんじゃないのか?」
「でも、神託なんだろ。止められないぞ」
野次馬たちが口々に何かを言っているが、祐介は無視して口を開いた。
「わかった」
ほう、とジェニファーが目を細めて祐介を見た。
「気圧されないか。面白い」
「一人の剣士として、あなたと真剣勝負できるのは光栄に思う」
相変わらず無愛想ながら、祐介は言葉を返した。実際、世界の多くの剣士が祐介を羨ましがるだろう。
「しかし、奇妙だ」
ジェニファーが言った。
「何がだ?」
「お前はいつも、そんな格好なのか?」
短剣一振だけの武装について、ジェニファーが疑問を呈しているのだと気づくのに、祐介はさほど時間はかからなかった。
「そうだ」
「豪胆。いや、無謀とも言えるか。噂だと単独行動が主だと聞いている」
「基本、単独行動だ」
「ますます、奇妙だ。まあ、いいだろう。修練場に向かうとしよう。時間が惜しい」
ジェニファーがそう言って、エリスとマリアに目配せした。そして、修練場に向かって歩き出した。
祐介もその後ろに続いて、修練場へと足を向けた。
厄介な事になった。しかし、これはこれでいい機会かもしれない。元の世界へ帰る糸口が、掴めるかもしれない絶好の機会だ。法王庁へ、何かしら伝手が作れるかもしれない。
法王庁には、いまだ世間に公開していない古代魔導書があると聞く。そこに、糸口がある可能性は低くないだろう。
まあ、それはそれとして、剣聖と真剣勝負はかなり難しいものとなるだろう。負けないようにするのが、精一杯かもしれない。祐介は、すこしだけ
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