第4話 ミアとの話
向上心と言われても祐介にはよくわからなかった。今の稼ぎでも十分生活できている。確かに良い仕事は貰えないが、そういう仕事はその分大変だし、危険度も増すのだ。
それに、面倒な事は好きでないし、近隣の見過ごされている仕事を請け負う暇が無くなるだろう。
祐介はこれ以上の地位は、望むものではなかった。等級が上がれば、自由が利かない場面も増えると祐介は聞いていたからだ。
「これ以上は望まない」
そう答えてから、祐介はシチューを一気に食べた。
「祐介くんらしいと言えば、祐介くんらしいですねぇ」
ミアが呆れたような目を祐介に向けつつ、シチューを食べていた。
しかしギルド職員が、一冒険者と食卓を囲んでいるのは、いささか不思議だなと祐介は思った。
また、何かしらの要請があるのかもしれない。だとしたら、かなり面倒である。いつ、厄介事を言われるのかと祐介は身構えていた。
ミアがシチューを食べ終えた。ついに本題が来るか? と、祐介は内心さらに身構えた。
「祐介くんが来て、一年が経ちましたね」
しかし、祐介の予想に反して出てきた言葉は、懐かしむようなものだった。少し考えすぎだったか。
「ああ」
祐介は仏頂面で頷いた。1年は、あっという間だった。
「最初、祐介くんがギルドに来た時は、びっくりしましたよ。今まで、色々な冒険者志望者を見てきましたけど、そこらにある棍棒一本で冒険者になりにきたって言った人は祐介くんだけですよ」
ミアが呆れたように苦笑いを浮かべた。確かに、自分もそんな冒険者志望者は今の所見たことがない。最低限、大体の人は短剣ぐらいは持っている。
「まあ、冒険者ギルドとしては登録を拒否するほどの理由も無かったので、問題なしとしましたが……その後の行動を考えると登録させたのは失敗だったかもしれませんね」
「何故だ?」
「地下下水道から一週間帰ってこない。余ってた討伐依頼を、ギルドが請けるのを許可してないのに、勝手にこなす。他にも、こちらが許可してないのに、勝手に出動した事が何度もありましたよね?」
ミアがまた呆れきった様子で、苦笑いを浮かべていた。
どうやら、今日はお説教をしにきたらしい。祐介は、どうやって逃げようかと逃げる算段を考えはじめた。
「そんなこともあったな」
「あったな、じゃないんですよ。つい先日も、勝手に地下下水道に入ったのを私たちは知ってますよ」
ミアの若干の怒りを感じさせる声を聞きつつ、周囲へと祐介は目を向けた。
受付にいるギルド職員が「逃がしてなるものか」とジーッと祐介を睨みつけていた。他の冒険者たちは、関わり合いたくないのだろう。遠巻きで見つめているだけだ。
さて、どう逃げたものか……。
「無償の奉仕活動だ」
祐介がそう言うと、ミアの顔が更に引きつったのが目に見えてわかった。答え方を間違えたらしい。
「そういう勝手な行動をされると困るんですよ! 街役人は喜びますけど」
「そうか」
「祐介くんは、人間なんですよ。死んだら元も子もないんですよ」
「そうだな」
「だからですね。せめて、勝手な行動は控えて貰いたいんですよ!」
ミアが祐介に熱弁した。一方、熱弁された祐介だが相変わらず仏頂面で座っていた。
これは長引きそうだと祐介は立ち上がった。
「さて、そろそろ宿へ戻ることにする」
「あ、逃げる気ですね。ダメですよ! 今日こそはしっかり聞いてもらわないと!」
「……何故? 普段はそこまで言わないだろう?」
祐介は純粋な疑問をミアにぶつけた。普段、小言程度は言われるが長々と前置きした上で、注意を受けたことが祐介にはなかった。なので、その理由が知りたかった。
「それはですね。勇者様たちが、この街の冒険者ギルドまで来ることが決まっているからです!」
「そうか」
つまり、身勝手な自分のような人間がいると、アザミの冒険者ギルドとしては困る……ということらしい。
明日は休業することにするか。祐介はそう腹に決めた。
「明日は休業だ。安心しろ」
「いえ、この際ですからしっかり話し合いましょう!」
ミアは、この機会に言いたいことを言い切るつもりのようだ。
逃げよう。祐介はそう決断を下し、全速力で駆け出した。
「ちょっと!」
ミアの引き止める声を完全に無視して、祐介は冒険者ギルドから脱出した。
その後、いつも使っている宿屋まで走り借りている部屋へと入った。長期滞在で借りているので、ほぼ自分の部屋のようなものだ。
祐介はベッドへ横になり、明日どう時間を潰したものかと考えながら、そのまま眠りについた。
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