第19話 定められていた役割


 あの大岩の扉をくぐり抜けた後、その先には先程までとは違って、人の手が入っていない、道を進むことになった。


 これまでは先の道筋を示すように、部分的に平になっている部分を進んできたのだが、もう今は見渡す限り凸凹の地面が広がっているだけで、道と呼べるものは見えなかった。


 ただ、おれの目には精霊たちの残した光の粒が見える。


 その光の粒を辿ってここまでついたことから、引き続きその光の粒を辿って進んでいる。


 ただ、あの土偶もおれと同じものが見えているのか、それとも、おれたちのことを導いているのか、こいつはおれたちの前を歩いて、次はこっち、次はこっちだと道案内してくれていた。


 その間も土偶はツナグの傍をピッタリと離れず、高低差のある道に出ればツナグを抱きかかえ、ちょっとした段差が現れる度に、転ばないよう注意したりしていた。



「にしてもこいつ、すっかりツナグのガードマンみたいになってるよな……」


『こいつではありません。ワタシの名前はコダマです』


「あ〜はいはい、コダマさんよ。そろそろ聞いても良いのか?お前が何者なのかってこととかさ」


『…………』



 ツナグを過保護と言えるくらいに守り続ける様子からして、敵じゃないんだろうなって感じはしてるけど。


 てかこいつ、本当にツナグ以外のやつには全く反応しないな。


 コダマと名乗った土偶はすぐには返事をせず、おれから顔を背けてツナグの方へ目を向けた。


 さっき名前を訂正する時には返事してくれたのになぁ。


 たぶん、ツナグの許可を待ってるんだろ。それに気づいたのか、彼女もハッとしてコダマに新たな命令を下した。



「……あっ。コ、コダマ?天音くんに返事をするのに私の許可を求めなくてもいいよ。この後は彼や宇留木さんの質問には直ぐに答えてあげてね」


『……分かりました。では、お答えします』



 独特なイントネーションでそう答えたコダマは足を止めることなく、歩きながらさっきおれが投げかけた質問に答え始めた。



『先程の質問、ワタシが何者かということについてですが、ワタシは白魂の民であり、ホウシンの両親であるクニツとアマツにより制作された自律人形コダマ。そのプロトタイプです』



 白魂の民って、前に莉桜さんが言っていた里桜とツナグの一族の名前だったか。


 太古、記録にも残されず、歴史の彼方に消え去った、精霊と意思疎通し、その力を共有することが出来た人々。



「じゃあ、さっきツナグを見て、って言ってたけど、それは何なんだ?」


『ホウシンというのは、白魂の民の中でものことを指した言葉です。神を封じる、そういった意味合いだと学習しています』


「特別な立ち位置だったってこと?」


『はい。封神は白魂の民の中で、最も体内に精霊たちを宿す許容量が大きく、その力を最大限に引き出せる存在でした』



 白魂の民の中でも最強格だったってことか。



『封神は、なのです』


「特殊……?」


『封神は他の者たちには無い、を備えていたのです』



 コダマの話では、白魂の民たちは、その心の清らかさから、精霊たちをその身に宿して、精霊たちから借り受ける形で、その精霊が持つ力を扱うことが出来たらしい。


 これは前に莉桜さんから聞いていたから、サラッと聞き流していたけど、どうやらその封神って人達だけは、を持っていたという。



「それだけ聞くと、より精霊に近づいた人たちみたいね……」


『宇留木といいましたか。貴女のその考えは当たっています。彼らは者たちなのです』



 コダマはスムーズにおれたちの質問に答えながら、時折ツナグの方へと目を向けていた。



「意図的に生み出すって?」


『そうですね、まずはホウシンが生み出されることになった経緯についてお話しましょう』



 コダマはそう言うと、少しだけ歩くスピードを落として話し始めた。




 ⟡.· ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ⟡.·




 コダマの話は、白魂の民達が共に暮らしていた人間たちから兵器として利用されるようになったところから始まった。


 日に日に仲間たちが人間たちに攫われていく。


 そうして人間たちの派閥争いのための兵器として利用され、妻や子どもなど、愛する者を人質として取られ、白魂の民同士で殺し合いをさせられた。


 彼らはそんな日々に次第に疲弊し、自分たちを生み出した神に助けを求めた。



「神頼みしたってなぁ……」


『当時はまだ精霊や神と呼ばれる者との距離が近かったのです。あなた方の傍にもいるではありませんか』



 そう言ってコダマは莉桜さんや恋夜さんの方に目をやると、また話し始めた。



『彼らを生み出した神は、人間に興味を持ち、自分の存在をがために、人の子を精霊たちの暮らす森へと誘い、幼子の頃から精霊と触れ合わせることで自分たちの力を浸透させやすい身体に作り替えました』


「それが白魂の民のはじまり……」


『その神の名はと言いました』


「えっ……」



 思わぬところで出てきた名前に、おれと宇留木は思わず足を止めた。


 そんなおれたちの様子を不思議そうに見つめながらも、コダマは話を続ける。



『ハクボクは森の中から出てくることはなく、集落には白魂の民と人間だけが住んでいました』


 その森へと入ることが出来るのは、白魂の民の中でも幼子のみで、成長して森を出た後は、集落の中で最もその森に近い場所のある祭壇で、森へと向けて祈りを捧げることしか出来なかった。


 けれど、いくら祈っても、救いを求めても、白魂の民に降りかかる苦難が終わることはなく、人間たちの非道な行いは更に過激になっていった。


 それでも、白魂の民たちはハクボクとの約束を守り続けた。


 精霊たちをその身に受け入れるために、疑わない心を持ち続けること。


 けれど、彼らだって特別な力は持っていても、元は人間だ。


 虐げられ続けて尚、そんな純粋な心を持っていられるほど、特異な存在ではなかった。



『白魂の民たちの中で、次第にハクボクのことを疑う者たちが現れるようになりました。そのきっかけを作ったのが、クニツとアマツです』



 周囲の者たちが妄信的にハクボクの言葉に従っている中で、彼らは違う考えを持っていた。


 確かにきっかけはハクボクだったかもしれないが、自分たちが精霊の力を受け入れらるようになったのは、そういった力を持った両親から生まれ、自分たちも同じように森へと入り、精霊たちと心を通わせた、自分たちのいわば努力によるものだと考えていた。


 精霊の力を扱う器用さや許容量だって、ハクボクからの寵愛を受けるかどうかではなく、どれだけその身に精霊を宿してきたかという経験によるものの方が大きいということを、自分の身をもって試していた。


 互いに似たような価値観をもっていた二人は、禁忌を犯した。


 集落の中ではなく、ハクボクの居る森からも少し離れた位置にある森の中に居を構え、生まれてきた子たちを森へと送らず、そこで自分たちの仮説を検証した。



「それって……自分の子どもを使って実験してたってこと……?」


『そうなりますね』



 結果的に彼らの子ども達は、ハクボクの森から帰ってきた子たちよりも強力な力をもつことになった。


 三人の子は共通して、精霊の意思を無視して能力を引き出すことが出来た。


 これで人間たちとの戦いの中でも、精霊たちから見放され、人間たちに用無しとして処分されることはなくなる。


 それに加えて、三人の子たちは各々、独自の強力な力を持っていた。


 検証の中で、あまりにも多くの精霊たちをその身体に宿していくなかで、その力の残滓が体内に蓄積し、己の力として顕現したものだと思われた。



 長男は「精霊の攻撃性を極限まで高める」というもの。


 それでいて発言する力自体は、自分の意のまま、器用に操ることが出来て、許容量も飛び抜けていたために、武力で言えばまだ幼いながら、白魂の民の中でも随一と言えたでしょう。


 長女は「精霊の存在そのものの活性化」というもの。


 例えば産まれたばかりの小さな精霊は、何百年と生きた高位の精霊の足元にも及びませんが、彼女の中に入ればたちまちにそれら高位の存在でも手出が出来なくなるほどだった。


 いわば精霊の成長促進といった力を持っていた。


 次女は「精霊の力の効果を停滞させそ、の場で維持する」というもの。


 精霊の力を向けられようとも、その力をその場で停滞させてしまえば、その刃がこちらに向かってくることはない。



「待って、今の次女の力の説明って……」



 宇留木がコダマの話を遮った。

 確かに、おれもそこは引っかかっていた。



『はい。それがここにいる、奪われてしまった、そして既に死亡してしまったです』



 どうしてそう呼ばれるようになったのかについても、この後話すと言って、コダマはまた続けた。



『この三人の力を用いれば、他の白魂の民はもちろん、当然争いの根源たる人間を討伐することだって出来ました。けれど、二人は直接人間たちを襲わせるようなことはしませんでした』


「どうして……そのために力をつけさせたんじゃなかったのか?」


『彼らもやはり争いを嫌う白魂の民だったということです。仮に争うにしても、血を流さない方法を模索したのでしょう。彼らの目的は他にありました』


「他って?」


『自分たちの祖神であるハクボクをウツワに封印し、その力を持って、白魂の民も人間も強制的に支配し、争いの無い平和な暮らしを取り戻そうとしたのです』


「なっ……つまり、ハクボクを里桜の中に封印して、ハクボクの力を引き出して、住民たちを洗脳に近い形で支配しようとしたってのか?」


『そうです』



 ウツワは文字通りハクボクを入れるための容器。


 けれど、ウツワはその身体の中に入れた存在の力を活性化させてしまう。


 入れるのは強力な力をもった神だ。


 容器に入れたとしても、暴走してしまったら意味が無い。


 神が直接放った言葉よりも、神をその身に降ろした者の言葉を信じてしまうのが人間だ。


 自分たちは祖神に歯向かおうとしている。それに怒ったハクボクにウツワが乗っ取られてしまうことがあれば、それこそ最悪の結末を迎えるかもしれない。


 そこでクサリが持つ「停滞維持」の力で、ウツワの中にハクボクを押し留めることにした。


 モリビトはその重要な役割を担う二人を守るための最強の矛であり、盾としての役割を担うこととなった。



『なるほど。それで“守人もりびと”に“器”、そして“鎖”か』



 恋夜さんがやっとその呼称の意味がわかったと頷いた。


 けれどその直後、途端に莉桜さんと恋夜さんの表情が曇った。



『白魂の民たちは、白墨の力を正確に理解していたのか?』


『いえ、恐らく正確に理解していた者は居なかったでしょう。自分たちの祖である神なのだから、それは強大な力を持ち合わせているのだろうと考えたと思われます』



 それにもコダマは淡々と答えていく。



『……結果的に白墨を封印したのは我と莉桜だ。彼らは白墨を封印することが出来なかったのだろう』


『新しい集落で過ごし始めたところからは、リオの記憶を覗いたことはあるよ。きっと、何とか逃げ出せたんだろうけど、その時にはもう、リオとツナグ、そして兄のハクスイしかいなかったね……』


「ってことは……ツナグたちの両親、そして白魂の民たちや人間たちは……」



 コダマは少し間を置いてから話し始めた。



『……はい。クニツとアマツは計画を実行する前に、子どもたちに集落から逃げるよう伝え、家から出していました』


「どういうこと?」


『一向に事態は良くならず、救われることもない状況に絶望し始めていた白魂の民たちは、次第に二人の考えに賛同するようになりました』



 もう神に頼るのではなく、自分たちの力で何とかするしかないと。


 神を疑うようになった。


 それを助長したのは、神を疑うようになってからも、自分たちに協力してくれる精霊たちは少ないとはいえ居るにはいた事があったからだ。


 そうしてクニツとアマツの派閥は、ハクボクを信仰し続ける派閥よりも大きくなった。


 そして、ハクボクに代わり、その象徴である三人を“封神ノ守人”、“封神ノ器”、“封神ノ鎖”と崇めた。



『けれど、内通者が居たのです』



 その時、既に白魂の民の中で純粋無垢な心を持った存在は幼子しか居なかった。


 祖神のことを盲信し、主を疑おうとする同族に対して、敵意や猜疑心を抱くようになっていた。


 二人は盲信派の者たちはハクボクのことを悪く言えないと思っていた。


 裏切った者は中でも熱心に祖神からの独立を訴えていた、二人の右腕のような存在でもあった。


 彼はいつものように集会をした後、盲信派の中核メンバーに告げ口をしていた。


 見つけたのは、長男のハクスイだった。


 ハクスイは両親にこれを報告。


 それを受けて両親は、ハクスイたちを逃がし、ハクボクの封印を子どもたちに託し、自らは仲間たちと共に散ることを決意した。



「その後は……どうなったんだよ……」


『二人の離反、それも自身を封じようとしたことに怒り狂ったハクボクは、自分のことを信じていた盲信派も独立派も関係なく、その集落全土へ力を及ばせ、そこに居た人間と白魂の民同士で殺し合いをさせ、最後に残った一人を自害させたことで、その地の人間たちを滅ぼしました』


「生き残ったのは、ツナグたちだけだったのね……」


『いえ、他にもいました。人間の中にも争いばかりの暮らしに嫌気がさし、便利な生活を捨てて外へ出た者たちがいました』



 そいつらは、白魂の民たちへの偏見も無く、むしろ友好的だった人間たちだったらしい。


 その白魂の民と人間たちとの間に産まれた者たちの血筋は残ったものの、純血の白魂の民は、ツナグたち三人のみとなった。



『ワタシは三人の力がなくても、少しでも彼らに対抗出来るようにと二人によって開発されました。精霊の力を用いて作った土人形に、精霊の力を押し留め、最後に二人の願いを込められました』



 そして、コダマを元に仲間たちが量産型を作ったものの、それらもハクボクとの争いや、その後の人間たちとの争いの中で破壊されてしまったという。



「コダマだけは壊されなかったの?」


『ワタシはクニツとアマツから、“この地を離れ、先に離れた三人と合流するように”との命令を受けていました』



 自分たちの代わりに、子どもたちの傍にいてあげて欲しいと。



『ですが、精霊の力を用いて逃げている三人を追うのはワタシでも困難で、途中で動力が切れて動けなくなってしまいました』



 そうしてある洞窟内で座り込んでいると、曇りがかっている視界の中に、一粒の光の粒が現れたという。



『それはモリビトでした。その変わり果てた姿を見て、ワタシは彼を守ることが出来なかったことを悟りました。けれど、その時に彼からを受けたのです』



 その時にはもう、リオとツナグも岩となって封じられてしまっていた。


 そのことをハクスイから伝えられたコダマのやるせなさといったら、いかほどのものだっただろうか。



『“ウツワ”と“クサリ”はまだ死んではいない。二人が岩から解放された時、今度は二人をお前が守ってくれと。そう言われました』



 最後に彼はコダマの中へ入ると、リオとツナグとのたくさんの思い出をコダマの胸の中へ映し出し、コダマに二人の音声を学習させた。



『他の者が勝手に起動出来ないよう、封神の血と涙、そして願いを込めた声でしか再起動できないような仕組みを施すと、彼の魂は点に昇っていってしまいました』



 コダマの腕の中にいたツナグは何も言えずに、ただ静かに涙を流していた。


 こいつが必要以上にツナグを守ろうとしていた理由が分かって、おれはさっき軽い気持ちで掛けた言葉を訂正して謝った。



『気にしていません。貴方は何も知らなかったのですから』


「いや、知らなかったとしても、言っていいことと悪いことがあるから。だから、悪かった」


『では……その言葉は素直に受け取ることとします』



 そう言うと、コダマはまたその重たそうな足を動かし始めた。



『想定以上に時間を費やしてしまいました。ウツワがハクボクに奪われている以上、早急にウツワの元へクサリを送り届けなければなりません』


『そうだな。皮肉にも、奴は仮初の器を捨て、小娘を次の器にしようとしている。奴が小娘の皮を着て、この世界に混沌をもたらしてしまう前に、逆に封じ込めてやらねば……!』



 空気を切り替えるように、恋夜さんがおれたちに声をかけた。


 里桜のことも、兄貴と同じように魂を引き抜いてその身体を奪っちまおうってか。



「当たり前だ……絶対させねぇよ、そんなこと!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る