第18話 その声、届いたよ……後編

「何かまた雰囲気変わったね」


「鍾乳洞みたいだな」



 天井や地面には大小の石筍が生えていて、時折どこからか垂れているであろう水滴の、ピチョンという音が響いていた。


 鍾乳洞というと、少しばかり狭苦しいイメージがあるけれど、今おれ達が出た場所は、そんな洞窟探検家が向かうようなところではなく、天井までかなりの高さがある、開けたところだった。


 その中央には、何やら大きな岩のような塊がぽつんと佇んでいた。


 天音の洞窟にあった先祖たちが固まったあれとはまた別の、人型ではあるけれど、なんだか土偶のような形をしているそれは、おれ達が近づいてもなんの反応も示さなかった。


 白墨が仕向けた番人か何かだろうか。


 土偶の向こう、この広場の最奥には、天井ほどの高さのある大きな扉があり、固く閉ざされているようだった。


 あまりにも怪しげなソイツに、おれ達は警戒を強めていたけど、ここまで慎重だったツナグが徐にソイツへと近づいて行った。



「ちょ、ちょっとツナグ?あんまり不用心に近づかない方が……」


『う〜ん……精霊の雰囲気にも似ているけれど、人間にも似ているような……何だろう、これ』



 宇留木がツナグに一応の注意を向けつつ、莉桜さんたちも土偶の観察を始めたけど、莉桜さんたちでもその正体には思い当たらないらしい。


 そんな謎の物体に、ツナグは恐れることなく更に近づいて、ついに土偶の目の前まできた。



「なんだっけ、これ……なんでになるんだろう」



 ツナグはそう呟きながら、その土偶の胴体部分にそっと手を伸ばした。


 おれたちはツナグをすぐに助けられるように備えていたけど、ツナグが触れてもその土偶が何らかの反応を示すことは無かった。



「ふぅ……」



 張り詰めていた空気が和らいで、大きく息を吐いた。



「ツナグ、次からは何か触れる前に声をかけてね。まぁ、次もまたこんなのが出てくるなんて思いたくないけど」


「あっ、うん。ごめんね……」



 ツナグはそこでやっと、我に返ったようにこちらに目を向けた。



「ま、何なのかは分からねえけど、邪魔してくる感じじゃないならありがたい。先に進ませて貰おうぜ」



 まだ土偶のことが気になるのか、そちらに再び目を向けてぼうっとしているツナグの背中を押すようにして、先へ進もうとしたのも束の間。



「こんなんどうやって開けるんだよ……」



 やはり壁となったのは、最奥にある岩の巨大扉だった。


 もちろん人力で開けることが出来るわけが無く、宇留木が準備してきた式神とやらも、何故かその扉に近づいた途端に消えてしまった。


 おれは精霊を視る時のように意識を集中させて扉を見つめた。


 そして、もう一度宇留木に式神を出してもらって、その扉にぶつけてもらうと、式神の中にあった光の粒が、一瞬にしてその扉へと吸い込まれていくのが見えた。


 宇留木の式神が消えてしまったのは、扉に力を吸われたからってことで間違いは無さそうだ。



「他にこの先に行けそうな道が無いか探してみよう」



 修行の時みたいに、意識を張り巡らせれば隠し扉を見つけることが出来るかもしれない。


 そう考えて、あの時と同じように目を瞑り、周囲の音や風の流れに意識を集中させた。


 おれがそうしている間に、宇留木やツナグも辺りを歩き回って道らしきものがないかを探してくれていた。



 ⟡.· ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ⟡.·



「っだぁ〜!!どこにもねぇ!!」


「こっちもダメだった」


「となると、後は……」



 あの土偶が何かヒントになるかもしれない。



「本気……?」



 宇留木がじとっとした目でこちらを見つめてくる。おれだって有り得ないなとは思ってるよ。


 ちゃんと動くのかも分からない。

 なんならただの石像って可能性もある。


 けど、今この状況の中で違和感があるのは、この土偶だけだ。



「もうコイツくらいしか手がかりないだろ」


「それはそうかもしれないけど……そもそもこれどうやって動かすのよ。ウチの札でも動いてくれなかったのよ?」



 宇留木の力が無理なら、莉桜さんや恋夜さんの力ではどうか。


 そう考えて二人に試してみてもらったものの、まさかの二人でもってしても動かないとあって、本人たちも驚いていた。



『半分くらいまでは力が浸透しているように思えるんだけど、もう半分の人間ぽい部分が拒否してるような……?』


『ふむ……先程ツナグがこの土人形に何か覚えがありそうだったが、ツナグは……ツナグ?どうした?』



 恋夜さんの視線を追いかけて、その先にいるツナグに目を向けると、先程まで土偶の目の前で座り込んでいた彼女は、目を見開いてすくっと立ち上がると、石の大扉へと歩き出した。



「ツナグ……?」


「……お姉ちゃんの声だ」


「は?」



 聞こえたか、と宇留木に視線を送ると、宇留木は黙ったまま首を横に振った。



「今、お姉ちゃんの声がしたの。皆も聞こえたでしょ?助けを求めてるような……そんな声だった」



 手詰まり感が漂っていたのは確かだ。

 そんな声が聞こえてきた気になってもおかしくはない。


 けれど、 真っ直ぐに扉を見つめるツナグの瞳を見ていると、とても気のせいじゃないかとは言えなかった。



「本当なんだってば……たぶんあと少しのところまで来てるんだよ!!」



 こちらを振り返ってそう言うと、彼女は扉に向かって走り出して、その割れ目に指を入れるようにして、必死に開けようとした。



「おいツナグ!!」



 おれと宇留木も慌てて駆け出し、扉から彼女を引き剥がそうとした。



「離せって!それ以上その扉に触るとお前の力まで座れちまうぞ!!」


「早く離して!あんたの指が……!!」



 無我夢中で扉の割れ目にすがりつくツナグを、やっとのことで引き剥がし、また土偶の傍まで戻ってきた。



「ほら、言わんこっちゃない……」



 ツナグの瞳には涙が滲んでいた。


 それはきっと、扉をこじ開けようとした際に、指を切ってしまったことによるものではない。


 その白く細い指を流れ落ちる血が、より目立って見えた。


 その指の状態を見て、すぐさま札による治療を行おうとした宇留木の手をすり抜けて、彼女はよろよろと土偶へと近づき、その正面に立った。



「……!!あんたならあの扉開けられるんでしょ!?ねぇ……」



 ボロボロと涙を零しながら、その土偶の胸にあたる部分を、まだ止血されていない手でバシバシと叩いている。


 その度に土偶には、彼女の血による染みが出来ていった。


 その悲痛な叫びに、この状況を打開できないでいる自分に対して情けないような気持ちになって、おれも歯を食いしばった。



「お願いだから……動いてよ……」



 そうしてまたツナグが大きく手を振りかぶった。



『動いてってばぁ……!!』



 そして土偶の胸部を強く叩いた後、ツナグの指はゆっくりと土偶から離れ、ぶらんと下ろされた。


 泣き叫ぶ彼女の声が洞窟内に反響して、また静寂が訪れる。


 ツナグが負傷した手で土偶を叩き続ける光景を、おれも宇留木も止められないでいた。


 ただ、その状況を見ていることしか出来なかった。というよりも、止める気力が起きなかった。


 ここまで来るのに蓄積した疲労もある中で、この手札が全て無くなってしまったおれたちの気持ちを、彼女が全部放出してくれているような、そんな気持ちがした。


 ただ、諦めるわけにはいかない。


 けど、この状況に対して、どんな言葉をかければいいのか分からない。


 一度口を開いてみては、何の音も発することが出来ないまま、またツナグの頬を数滴の涙が滑り落ちていった。



「……?」



 そうして何も言えずに俯いてしまっていたおれの頭に、パラパラと何かが落ちてきた感触があって、ため息混じりに髪の毛を手で払いながら見上げた。



「おい……ツナグ……離れろ。今すぐそいつから――」



 おれの頭頂部に落ちてきていたのは、土偶が立ち上がったことによって、その腕から落ちてきた砂粒だった。


 その顔面のくり抜かれた部分には、先程までは無かった淡く青い光が浮かんでいて、まるで一つ目のようにギョロギョロと左右に動いていた。


 ツナグも突然の光景に口をポカンと開けたまま動けないでいる。


 そして次の瞬間にはその大きくて長い腕を彼女へと伸ばした。



「ツナグ!!……って……おぉ?」



 咄嗟に防御姿勢を取るように、顔の目の前に腕を出した彼女だったが、土偶のその大きな手は彼女を傷つけることなく、むしろ優しく彼女を抱き上げただけだった。


 当の本人も苦しんでいるような表情は浮かべておらず、ただ困惑して言葉を失っているようだった。


 どうやらあの土偶は、彼女に危害を加えるつもりは無いらしい。



「こいつ、急に動きだしたと思ったらツナグを抱きかかえて……何をするつもりなんだ」



 こっちの声が聞こえてんだか聞こえてないんだか。


 いや、多分聞こえてはいるんだろうな。青い一つ目がこちらに一度向けられたあと、またツナグの方に向けられた。


 あとは理解してくれてるかどうかだな。


 なんて考えている間に、突如土偶から電子音のような声が発せられた。



『ツナグ……とはの呼称であると推測。学習しました。からのクサリに対する脅威性は無し、安全であると判断。による願いを受諾、命令を実行します』



 こいつ、何だ急に。


 ロボットみたいに喋りだしたかと思えば、ツナグのことをそっと地面に下ろすと、あの石の扉へと向かって歩き出した。


 そういえばクサリって……。



「あっ、おい!ホウシンノクサリってツナグのことだよな!?さっき堕ちた精霊たちも言ってたけど、それってどういう意味なんだよ!!」


『ワタシはホウシンの命しか受けません。現在の命令はこの扉を開けること』



 それだけしか返してくれず、土偶は真っ直ぐに扉へと向かい、その割れ目に手をかけると、足を少しだけ開いて踏ん張った。


 その衝撃による地面の揺れに耐えているうちに、いつの間にか扉は開かれていたようで、揺れが収まる頃には、人が二人並んで歩けるほどの隙間が開かれていた。


 扉を開けた土偶は、くるりと向きを変えてこちらへ戻ってくると、またツナグの前で膝をついた。


 まるでツナグが主人であり、次の命令を待っているかのようだ。


 それに対して、ツナグは混乱しつつも礼を述べた。



「あ、あの……ありがとう。でも、どうして急に?」


『貴女の声が届いたからです。ワタシはとの約束を果たすよう、貴女との情報を学習させられていました。成長により過去の音声との変化があったため、その血をもって本人と断定しました』


「えっと……」


『つまり、貴女の声がワタシの記憶に届いたことで、ワタシは目を覚ますことが出来たのです』






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