第17話 その声、届いたよ……前編

 防寒対策をしっかりしてきたものの、横穴の中はおれが修行をしたあの天音の洞窟と似ていて、そこまで冷えてはいなかった。


 とは言っても、そう感じているのはおれと莉桜さん、恋夜さんだけみたいで、宇留木とツナグはウインドブレーカーのファスナーをぴっちり上まで閉めたまま、なんならその上からネックウォーマーまでつけていた。


 そこまでしてもまだ足りなかったのか、しまいにはお手製の発熱効果を付与した札まで使い始めた。二人で宙に浮く御札に手をかざして暖をとっているが、その熱がおれにとっては少し暑く感じて、思わず羽織っていたウインドブレーカーを脱いだら、二人がドン引きしたような視線をこちらに向けていた。



「あんた、ただでさえ別格だったのに、覚醒してからヤバさが増したよね……人間やめる気してる?」


「人のこと化け物みたいに言うなよ!」



 なんて話したりしながら、横穴の奥へと向かって歩を進める。


 幸いなことにまだ堕ちた精霊たちとは遭遇していない。


 このまま天音の洞窟の時みたいに、終盤になるまで敵が現れないでくれたら、なんて思っていたけど、やっぱりそうはいかないらしい。


 それまでは、振り返れば横穴の入口がまだ小さな光として認識出来ていたが、その光も見えなくなるくらいのところまで進んできたところで、宇留木が発光札をもう一枚追加で発動させて、辺りを照らしてくれた。


 すると、横穴の天井で何やら黒いモヤのようなものが蠢いていることに気がついた。


 その見た目から、すぐにそれが堕ちた精霊であることに気がついた。


 光に刺激されて目を覚ましたのかもしれない。


 おれは初代に教わったやり方で。そして宇留木はじいさんが残してたって言う書物を参考にして作成した御札を使った術で、彼らを祓った。


 前と比べて焦ることも無く、落ち着いて対処することが出来たことに、あいつらとの戦い方にも慣れてきたことを実感することが出来た。


 ただ、その戦闘の中であいつらが話していた言葉がずっと引っかかっていた。


 あいつらはおれたちの後ろにいたツナグに目をやると、ピタリと動きを止めた。



『“クサリ”だ。“クサリ”が来てくれた。これで


『長老が言ってた。本当にいたんだ』


『“クサリ”を早く“ウツワ”のもとに……』



 そう言い残して、あいつらは塵になって消えていった。


 クサリって「鎖」のことか?

 ウツワは「器」……?


 白墨は里桜のことを「器」って呼んでいた。その妹であるツナグを見てその反応を示したってことは、ツナグにも何か特別な役割というか、力が備わっているってことなのか?



「なぁ、ツナグ。“鎖”って何のことか分かるか?」


「鎖くらいわかるよ!あのジャラジャラした金属の……というか、どうしてそんなこと聞くの?」


「いや、分からないなら良いんだ」



 頭の上にハテナを浮かべていそうな表情をして顔を傾げているところからして、本人はあまりピンときていないらしい。



「あんた突然どうしたの?さっきの黒い精霊たちが何か言ってたわけ?ウチらのこと惑わそうとしてるんじゃないの?」



 確かにそれもあるのか。


 今となってまたツナグのことが必要になって……でもあいつら「止められる」って言ってなかったか?



「うーん……」



 おれはとりあえずさっきの堕ちた精霊たちが言っていた言葉を、そのままあいつらが言っていた通りに皆に共有した。



「“器”は白墨もそう言っていたから里桜のことだとして、この子が“鎖”ってどういうこと?」


『文字の意味のまま考えれば、何かを縛っておくためのようにも思えるけど……』



 そう言って宇留木と莉桜さんがチラリとツナグのことを見やるも、ツナグは眉を下げるばかりだった。



「ご、ごめんね……役に立てそうになくて。私がアイツに言われたのは、“器の成り損ない”ってことだけで。お姉ちゃんを捉えられなかった時の、最悪のパターンのために用意したストックのような扱いだったから……」



 だとしたら、里桜のことを既に手中に収めている白墨が、ツナグを奪い返そうとしている可能性は低そうだよな。



「それに能力って言ったって、二人みたいな特別な力が無かったから、私はアイツに見限られたわけだし……さっきも二人が戦っているのをだったし……」



 ん……?



「ちょっと待って、ツナグ今なんて言った?」


「え?私は器の成り損ないだって……」


「違う、その後だ」


「えっと……二人が戦っているのを見てることしか出来なかったって……」



 どんどん俯いていってしまうツナグの前に宇留木が割って入って、おれのことを睨みつけてきた。



「ちょっと天音、今はこの子のことを責めてる場合じゃ――」


「違う違う!そうじゃなくて、むしろ逆だよ!さっきの戦いの時、ツナグはあいつらのこと?って思ってさ!」


「え?」



 本人が一番キョトンとしてるから、これもまた自覚が無いやつか。そこら辺、やっぱ里桜と姉妹なんだなって思わされるな……。


 ってそうじゃなくて。


 さっきの戦いの最中、大きさはコウモリくらいの小さめな奴らだったとはいえ、あまりにも数が多すぎて、何体か後ろに通してしまった場面があった。


 宇留木も囲まれていたもんだから、何とかツナグの方へ向かわせないように意識していたものの、全てを祓いきることが出来ず、何体かが真っ直ぐにツナグへと向かっていったのを見てヒヤリとしたけど、そいつらはツナグを目前にして、、そのまま力無く地面に落ちていった。



「てっきりツナグがやったもんだと思ってたけど、その様子だと意識してやったわけじゃなさそうだな?そしたら、莉桜さんか恋夜さんが守ってくれたのか?」


『いや?私はサラのサポートで手一杯だったよ〜……心核があればもっと余裕だったんだけど、どうにもここに来てからあって……』


『我も警戒はしていたものの、……いや、待て。もしかすると……』



 顎に手を当てて少し黙った後、恋夜さんは何か思い当たることがあったのか、さっき戦った場所まで戻ると、その手に身体の一部が塵になり始めている堕ちた精霊を掴んで、またこちらに向かってきた。



「あれ?まだ残ってたんすか……?あれで全部だと思ってたんすけど」


『いや、合ってるぞ。さっきのは


「じゃあその手に持っているのは……」



 恋夜さんが言おうとしていることが分からないまま、ただその様子を眺めていたら、恋夜さんは急にその精霊を掴んでいる手を振り上げて、それをツナグへ向けて思い切り投げつけた。



「へっ……?」


「ちょ、恋夜さん!?」


『恋夜!?何して――』



 一同が慌てる中で、恋夜さんだけが真剣な眼差しでツナグがどんな行動を取るのかを見守っていた。



「ツナグ!!」


『大丈夫だ、見ていろ』


「恋夜さん……?」



 咄嗟に弓を手に取ろうと手を伸ばすと、それを恋夜さんがツナグに目を向けたまま制してきた。


 物凄い勢いで、真っ直ぐに自分に向かって飛んでくる堕ちた精霊の姿を前にして、ツナグは怖がりながらも、反射的にその衝突を防ごうとして両手を前に突き出した。



「ひあっ!!」



 すると次の瞬間。


 堕ちた精霊はツナグに激突することなく、さっきおれが見た時と同じように、ピタリとその場に止まってから、地面に転がり落ちていった。



「今の……」


「え、私がやったの……?でも、私に力があるなんて……今まで一度もこんなこと出来なかったのに……」



 自分の両手を不思議そうにじっと見つめながら、ぽつりと呟くツナグ。


 本人も驚いているように、どうして今になってツナグがその力を使えるようになったんだ?


 おれがあの洞窟で力を得たように、この場所がツナグにとっては何か特別な場所だったんだろうか。



「恋夜さんはどうしてツナグの力に気づいたんすか?」


『莉桜の調子が不安定なこと、そして我もどことなく力の範囲が限定されているような違和感を覚えていたこと……我ら二人とも、ツナグの前で本格的に力を使うのは初めてであること……』


『何より、我らもまた精霊であること』


「えっと……?それがどう繋がるんすか?」


『ツナグの前に転がっているあの堕ちた精霊の姿を見てみろ。何か気がつかないか?』



 そう指差すものの、そこには今もなお身体の一部が堕ちた精霊が転がっているだけで……。



 あれ?



「消えかけたまま?」


「そっか。本来なら、アイツらの闇を祓ってやるとすぐに霧散してくもんね」



 宇留木もハッとした様子でおれの顔を見てきた。



『そうだ。まだ憶測の域を出ないが、ツナグには恐らく精霊の動きや力の行使に制限をかけることが出来るのではないか?』



 それで莉桜さんと恋夜さんの動きが少しだけ鈍っていたと。



『だから、こやつもまだ消えてはおらぬ。言うなれば仮死状態と言えば良いか。今、楽にしてやる……莉桜』


『うん』



 そう言って恋夜さんは、莉桜さんと共にその堕ちた精霊を今度こそ優しい光で包んで送り出してやった。



『恐らく奴らが言っていた“鎖”というのも、このツナグの力のことを言っていたのではないか?』


「でも、なんだか嬉しいような嬉しくないような……自分にも力があるんだって分かったけど、それでお二人の力に制限をかけてしまっているなら、結局迷惑かけてるんじゃ……」


『そんなことないよツナグ!凄い力なんだから自信もって!!自分の身を自分で守れるようになったんだから、偉いことだよ!!』


『そうだぞ。それに迷惑などと気にする必要は無い。お前のその力は、この後すぐに皆の役に立つことになるからな』



 結局、ツナグの力のことが少しわかったくらいで、あいつらの言っていた“鎖”っていう役割のことに関しては分からずじまいだった。


 まぁ、本人が特に気に病んでいる訳でもないし、なんなら皆から力の発現を褒められて、ちょっと照れくさそうにしながら喜んでいるようだったから、それでいっか。



 ⟡.· ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ⟡.·



「ひぁあああ!!待ってください!!恋夜さん、ちょっと休憩させてください!!まだちょっと怖いです!!」


『大丈夫だ、何かあった時は光輝と沙羅が守ってくれる。お前は気にせずそのまま前へと進め』


「うぇぇぇ……恋夜さん鬼だぁ……」


『何か言ったか?』


「な、なんでもありません!!」


『よし、進め』



 恋夜さんの「この後すぐに役に立つ」って、励ましの言葉とかじゃなくて、マジでその通りの意味で言ってたんだな……。


 おれと宇留木の力を温存させるためだとか言って、ツナグを先頭に立たせると、そのまま洞窟の奥へと進むように指示を出し始めた。


 途中何度も堕ちた精霊たちが現れて、ツナグ目掛けて突っ込んで行くものの、それら全てを弾き飛ばしたりその場で動きを止めさせたりとかして、無力化させながら進んで行った。


 おれらはほんとにその後ろをついて歩いていくだけで、確かに楽だった。


 なんか、言い方すごく悪いけど効果抜群の虫除けみたいな……ずっと悲鳴を上げているツナグには申し訳ないけど、スパルタな恋夜さんにしごきまくられている様子を見てつい笑ってしまった。


 もちろんツナグにはめちゃくちゃ睨まれた。


 だけど、恋夜さんも意地悪をしているわけではない。きっとツナグにその力を扱うための感覚に慣れてもらうためというか、コントロールする特訓としての意味合いもあったんだろう。


 ただ、おれらでさえ途中から気づいた。


 たぶんツナグのその力は意識的に使っていると言うよりも、無意識的に常時発動されているようなものなんじゃないかって。


 当然、おれらが気づけるということは恋夜さんも気づいてるよな。



『ふっ……』



 うわ〜悪い笑顔が出ちゃってるよ。


 そんなこんなで、後半からはほんとに便利な精霊避けのような扱いをされていたツナグだった。


 その頃にはツナグも堕ちた精霊が自分に向かってくることに徐々に慣れ始めてきたようで、「皆、私の後ろで少しでも休んでててね!」って嬉しそうにしてたから、ならいっか、ってことでおれと宇留木はその言葉に甘えて力を温存させることにした。





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