第16話 みィつけた

 後ろから迫ってくる白墨から、せめて恋夜さんだけでも逃がさなきゃと扉の向こうへ押しやった後、目前まで迫ってきていた彼の手をすんでのところで避けることができた私は、アイツが瓦礫の中でもがいている隙に、その場から逃げ出した。


 もはや人間の姿じゃなくなってた……あれが本来の白墨の姿ってこと?


 このまま走り続けたところで、すぐに追いつかれてしまうのは分かりきってるから、まずは身を隠さなきゃ。


 そう判断した私は、周囲を見渡して、ある崩れかけの廃屋に目をつけてその中に潜り込み、しゃがみ込んだまま息を殺した。


 ゆっくりと息を吸って、なるべく音を立てないように、またゆっくりと息を吐く。


 自分の心臓の音が耳の奥で大きな音を立てているのが分かる。この音が外まで聞こえているはずはないけど、アイツなら聞き取れてしまうのではないか……なんて不安な気持ちが押し寄せてくる。



 そうして何とか息を整えて、やっと呼吸も落ち着いてきた。



 周りの音も静かだし、もしかして私とは別方向に行ったのかな……。



 そう思って立ち上がったけど、私は反射的に足を折り畳み、姿勢を低くした。


 ドスッ……ドスッ……


 重量感のある足音が少しづつ大きくなっていき、次第に荒い息と共に吐かれている怒声が耳に入ってきたことに気づいたから。



『微かに花のような甘い香りが残っている……この辺りに隠れているな?』


「……!」


『……逃げられるわけがないだろう。諦めて早く出て来い“器”ぁ!!!!』



 怒りに任せて手近にある瓦礫や岩を持ち上げて放り投げているのか、木材が転がる音や、岩が砕けるような衝撃音も聞こえてくる。


 まだハッキリとは私の居場所はバレてないみたい。鼻は少しきくみたいだけど、建物の中を透視したりとかは出来ないのかな。


 あれ……?


 じゃあ、どうしてさっき私と恋夜さんを見つけることが出来たんだろう。


 もしかして、さっきまでは出来ていたけど、オシトナさんから貰った石の光でぶっ飛ばした時にどこか損傷した?


 それとも、恋夜さんを捕まえていたところからして、恋夜さんに何かあった時にすぐ気づけるような仕掛けをしていて、私が恋夜さんを助けて一緒に動いたことで、その場所がバレたけど、今はその恋夜さんが居なくなったから私の居場所を辿ることが出来なくなったとか……?


 いや、今はどっちでもいいか。


 アイツがこっちに気づいていない今がチャンスかも。


 私は足元に転がっていた手の平大の小石を掴んで、音を立てないようにしながら、慎重に慎重に廃屋の扉の前まで移動して、それから少しだけ顔を外へと覗かせた。


 そこから見えたアイツは推察通り、あの四つん這いの姿のまま、ここから少し離れた位置にある瓦礫の山をひっくり返しているところだった。



 アイツの視線が反対側に向いたタイミングで……今だ!!


 私が今居る廃屋よりも出来るだけ遠く、それも通りを挟んで向かい正面にある廃屋の屋根を越えた更に奥に向かって、小石を思い切り放り投げた。


 ほんの少しでもアイツの注意をこちらから離すことができれば。


 心臓がまたバクバクと大きな音を立て始める。私はすぐに扉の陰に隠れた。


 そしてその直後に、コロコロと石が転がる小さな音が聞こえた。



『……クハハハハハハッ!!そちら側だったか。なかなか上手く隠れるじゃないかァ!!』



 また少しだけ顔を外へ出すと、アイツはベロッと舌を出しながら笑い、私が小石を放り投げた路地の方へ走り出して行った。



 よしっ♪上手くいった……!!



 私は心の中で小さくガッツポーズをしてから、今居る玄関口から廃屋の中へと戻り、玄関とは反対側にある奥の部屋へと向かった。


 最初この廃屋に隠れた時は、そこに開いていた少し大きめな穴が心配で仕方がなかったけど、今となっては開いてくれていて良かったと思ってる。


 そこから出れば迂回することなく、すぐに廃屋裏手の通路に出ることが出来る。


 つまり、アイツとの距離を更に突き放すことが出来る!!


 ここが夢で見たあの集落であることはもう分かってる。だから、建物が崩れてたりして雰囲気が変わってしまってはいるけど、通路や路地の通り方を見れば、ある程度の方角は分かる。


 この廃屋の裏手の路地に出て、そのまま西へ向かえば、へ続く道に出ることが出来たはず。


 私とツナグが石になってしまったあの森……。


 村の周囲を黒紫のモヤが包んでいて、その先にも私の記憶通りの景色が広がっているかは分からないけど、腹を括って行ってみるしかない。


 意を決して、四つん這いになって穴から上半身を出した。





『みィつけた』




「っ!?」



 私の耳元で囁くように、アイツの声が耳のすぐそばで響き、生温い息が当たって気持ち悪い。


 アイツの顔が本当に目の前にあることを実感した。



「はぁっ……はぁぅ……」



 呼吸がどんどん浅くなっていくのが分かる。


 な、なんで……どうしてもうこっちに……アイツが向かった先からこっちの路地に来るには、集落の外周に出て、かなり遠回りしないと来られないはずなのに……。



「待って……嫌だ……いやっ……違う、逃げなきゃ……でも……」



 やるべきことは分かっているのに、腰がすっかり抜けてしまったみたいで、足腰が思ったように動いてくれない。


 完全に予想外な状況に、頭の中もすっかり混乱してしまっている。



 どうしよう……このままじゃ……。


 逃げなきゃ。


 光輝くん、沙羅……お狐様、恋夜さん……。


 ツナグ……。



 皆が助けに来てくれるまで、何とか逃げなきゃいけないのに。


 それなのに、私はその真っ黒で大きな手が眼前に迫ってくるのを見つめることしか出来ない。



『残念だったなァ!!お前の観察力を侮ってはいけないことくらい分かってるサ……だが、この状況下、これまでに俺とお前たちしか居ない場面が続けば、自然とお前は。予め全ての廃墟に、矮小な堕魂を忍ばせていたのダ』



 大きな手の向こう側で、弧をえがいている大きな口。そんなアイツの周りには、今まで一体どこにそんな数の精霊が隠れていたのかというほど、小さな黒い粒が集まってきていた。



『さァ、散々引っ掻き回してくれたお前の自我ともお別れの時間だナ。大人しくしていれば苦痛は無イ』



「嫌ぁっ!!!!」



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