第15話 口みたいだね

 湖畔学習二日目の朝。


 今日は丸一日課外学習という名の自由時間となっており、食堂で朝食を食べ終えたあと、ホールに集められたおれたちは、先生たちからその説明と体調確認も兼ねたミーティングを受けていた。


 何人かが眠れなかったことで体調不良を訴えていたり、風邪症状があるとかで先生に連れられていったりしていた。


 ミーティングが終わると、生徒たちは決められていた班ごとに分かれて集まろうとしていたのだが、そんな中で唐草がマイクを持った状態でステージの上に現れた。


 そのスイッチが入れられて、プツッ――という音がすると、皆がそれに反応して会話を止め、唐草に注目した。


 そして、その注目の的となっている唐草は、朝から元気いっぱいな声で皆に呼びかけた。



「おれらのグループと遊びたいヤツ、湖前の広場に集合!!何して遊ぶかはそこで教えるから!!あっ、皆今制服だけど、遊びたいヤツらはジャージに着替えてきてな!!」



 もう遊ぶって言っちゃってるよ。


 これには先生たちも苦笑いだったけど、やってやったぜ!っていう笑みを浮かべて、おれらの元へと戻ってきて、勢いそのままに「ほら行くぞ!」とおれらに声をかけて走り抜けて行った。


 それにおれらも反応して直ぐに唐草の後を追いかけてホールから出ると、ホールからは「はっ、早く行こ!!」なんて声が聞こえてきた。


 おれらは予め、各々ジャージの上に部活の時にも着用しているウインドブレーカーを身につけていたから、宿泊棟に戻ることなくそのまま外に出ることができた。


 そうして宿泊所の外へ出ると、前日に唐草が立てた作戦通り、おれたちは追いかけてくる、莉桜さんと恋夜さんの案内を受けながら、里桜が居る地底へと繋がる横穴を目指していた。



「ほ、本当に良かったんだよね……?」


「大丈夫だって。それにまぁ、文句言うやつが居たとしても、そこは唐草だし。何とか上手くやってくれるっしょ!」



 横穴に向かって雪原を歩いている最中、ツナグは何度も心配そうに後ろを振り返っていた。


 自分がそうさせている訳ではないとはいえ、皆に対して、今もなお自分のことを里桜だと思い込ませてしまっている中で、重ねて皆を騙してしまっていることに罪悪感を抱いているんだろう。


 おれたちは外へ出たあと、湖前の広場に向かう途中の林道で唐草と分かれた。


 あいつはそのまま道順に広場の方へ。おれたちは林道から外れて獣道を歩いていった。


 きっと今頃、集まったヤツらにゲームの説明をしている頃だろう。そのゲームこそ、唐草が考えた皆とおれたちを引き離すための作戦だ。



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「お〜、結構集まったな!今から皆にはかくれんぼをしてもらう!まぁもう鬼は皆だって決めちゃってるんだけどな!」


「かくれんぼ?」


「ウチらが鬼?……ってことは、里桜くんとか宇留木さんはもう隠れてるってこと?」


「そういうこと!ただ、この広い自然公園の中から三人を探すってのも大変だろうから、ちょっとだけヒントな!光輝たちはおれらが今見てる。つまりに位置するところに隠れてる。林の中かもしれないし、岩陰に居るかもしれない」


「えっ、流石にあんな向こうまでは行けないんじゃない……?」


「いいや、光輝はもちろん宇留木が体力おばけなのは皆も知ってるだろ?それに、だってそんな二人に負けないようにって、あの二人に必死に食らいついてきたんだ。里桜は思ってるよりも動けるぞ?」


「そういえば……蒼闘祭の時って後半は出れてなかったものの、里桜くん大活躍してたっけか」


「ちなみに、光輝からの伝言だ。“おれらのこと見つけられたら、連絡先でもなんでも、知りたいこと教えてあげるよ”だって!それじゃあ皆、思い切り楽し……ってもう行っちゃったよ。女子は光輝を、男子たちは里桜と宇留木を……あいつらやっぱすげぇ人気だな」



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 おれらたちは林道をに抜け、時越山の方へと歩いてきたから、皆と鉢合わせることはない。


 唐草が指定した範囲におれたちは居ないわけだけど、そうやって必死に探してくれれば、それだけおれたちが自由に動ける時間も増える。


 とにかく横穴に着くまでに他の皆と出会わなければそれでいい。



「ツナグ、大丈夫?」


「だ、大丈夫……!私のことは気にしなくていいよ。ちゃんと、皆についてくから!」



 林道を抜けたおれたちは雪原を通り抜けて、小さな森の中へと足を踏み入れていた。


 大きな木々が立ち並んでいるためか、他のところに比べて雪が積もったまま残っていたことに加えて、少しだけ雪が溶けている分、地面がぬかるんで足が取られてしまう場面がいくつかあった。


 おれが先頭、次にツナグ、そして最後尾に宇留木という並びで歩を進めていた。


 途中手を差し伸べながら進んできたものの、ツナグの顔には明らかに疲弊した様子が見えていた。


 それでも、おれたちのペースを落とすまいと、額に大粒の汗を浮かべながらも、必死に食らいついてきていた。



「恋夜さん、その横穴まで後どのくらいっすか?けっこう歩いたと思うんすけど……」


『頑張れ、あともう少しだ』



 それからまたしばらく歩いて、少しだけ斜面を登ったところで、周囲の景色に変化が現れた。


 森から抜けて、また少し開けた場所に出たかと思ったら、木々の代わりに今度はゴツゴツとした大きくて黒い岩が地面から突き出ているような景色が広がり始めた。



『あ!あった、あそこだよ!!』



 おれと宇留木の足取りも重くなり始めてきた辺りで、莉桜さんの元気な声に顔を上げると、莉桜さんの指差したその先には、雪の中から突き出た黒い岩が突き出ていて、よくよく見てみると、その岩はまるで肉食動物が口を開けているように上下から鋭い岩が突き出ているようだった。


 そしてその正面に来てみると、尚更その不気味な雰囲気がひしひしと伝わってくるようだった。



「うわ……なんか雰囲気あるね」


「ああ、この横穴から吹いてくる風、何か嫌な感じだ」



 ここに来るまで、冷たく乾いた風に晒されてきた分、横穴から吹いてくるその生温かい風が気味悪く感じた。


 まるでおれたちの侵入を拒んでいるように、横穴からは絶え間なく風が吹き出している。



「……この感じ!確かに、あそこに繋がってるかも」



 その風に乗って流れてくる小さな小さな黒紫の粒。それは白墨が使っていた、あの堕ちた精霊たちの欠片だった。


 おれたちの中ではあいつと共に過ごした時間が一番長いだけあって、ツナグもその風から白墨の気配を感じ取ったようだった。


 そして横穴の入口に並んだおれたちに、恋夜さん達が声をかける。



『光輝、準備はいいか』


「もちろんっす。ちゃんと弓も持ってきてるっすよ!」


『サラも頑張って準備したもんな!』


「はい!念の為に、昨日の授業中もバレないように内職して、封魔札ふうまふだを作ってましたからね」



 お前……っておれは何も言えねぇか。



「ツナグも大丈夫そうか?」


「うん……私だって、もう泣いてばかりじゃ居られないもん。お姉ちゃんを取り戻したい気持ちは負けないよ……!」


「いいね、その調子だよ」



 前はこの黒く淀んだ存在に、ただ困惑して慌てるだけで、何も出来なかった。


 けど、今は違う。


 あの黒いモヤが何なのか、その正体も対処法も教わった。そして、実際に相手した。



「もう怖くはねぇもんな!」


「あとはウチらが出来ることをするだけ!」


「うん。私に出来ることを……!」



 そして、おれたちは顔を見合せて頷いた。





「「「行こう!!!!!!」」」

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