第14話 逆転の発想……?
一ヶ月はあっという間に過ぎてった。
「もうすぐで到着するぞ」という佐久間先生の声で、気持ちよさそうに寝ていた奴らが目を覚まし始めた。
バスが止まり、だるそうに自分のリュックを抱えて進んでいくクラスメイトの後ろに続いて、おれもバスから降りた。
乗降口から降りてすぐ、目の前に広がる涙月湖の湖面は、冬の曇り空を綺麗に反射させるほど穏やかで、湖畔に押し寄せている波もそこまで強くはなかった。
ただただ空を映して、決してその中を見せようとしないそんな水面を見て、やっと近くまで来ることが出来たという気持ちと、最後の壁が待ち受けていることの緊張感が同時に胸の中に溜まっていく気がして、おれは「ふぅ……」と大きく息を吐いた。
そしてまた大きく息を吸ったとき、改めて自分の中に入ってくる空気はとても冷たくて、少しだけ乾いていた。
里桜がこの寒さの中で一人待ち続けているんだと思うと、今すぐにでも湖へと向かいたくなった。
『その糸口を探すのは我らの仕事だ』
(分かってるっすよ)
恋夜さんは、そんなおれの気持ちをすぐに読み取って声をかけてくれた。
「お〜い、光輝!行くぞ!」
「おう……」
そんなはやる気持ちをぐっとこらえて湖に背を向け、今回の合宿で同室となる唐草の後を追い、青少年の家へと足を進めた。
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宿泊棟の自分の部屋に荷物を置いた後、筆記用具と教科書類だけを持って学習室へ移動。そして指定されている自分の席へそれらを置いたら、今度は湖畔学習の開会式を行うということで、ホールへと向かった。
開会式とは言っても、青少年の家の職員さんや、先生たちの話を聞くだけなんだけど。
着いて早々、施設内をバタバタと動き回ることになって、バスの中で寝てたヤツらはずっとダルそうな表情を浮かべながら、大人たちの話を聞き流しているようで、中には既に頭がカクンカクンと揺らしている奴がいた。
「今回の湖畔学習では、自由時間もあるということでね。今年は暖冬ってこともあって、例年よりも雪が少なく、歩ける場所も多いですから。ぜひ、蒼部では見られない自然にも触れて、皆さんの良い学びの機会にして貰えたらと思います」
ほとんどの生徒がその自由時間を楽しみにしているんだろうけどな。
蒼部では見られない自然。
蒼部でも全く自然がないという訳では無い。街中でも川沿いからは時越山はしっかりと見えるし、大通りや県庁前とかのビルばっか並んでる場所でもそこら辺に巨岩が突き出てたりする。
それに、街から少し外れた場所にあるおれらの高校の周囲は見渡す限りの田園風景が広がっているし。
けど、職員さんが言うように、この辺りは全然風景が違う。それはバスの車窓から見えていた景色がどんどん変わっていったことで実感してはいたし、同じ県内でも、少し移動しただけでこんなに風景が変わるもんなんだなって驚いてはいた。
いつも部活の遠征の時は、そのあとの試合のことを考えてずっと寝てたけど、こうして注意して見てみると、案外新鮮な気持ちになるもんなんだな。
そういえば、里桜だけは遠征の車の中でずっと起きてて、須磨先生と喋りながら窓の外見てたりしたって言ってたっけ。
あいつ、いつも綺麗な景色見ると目をキラキラさせてたもんな。
この青少年の家は涙月湖の湖畔にあって、時越山の麓でもある場所に建てられていて、辺り一帯を大森林に囲まれている。
葉が落ちて枝だけとなった茶色と灰色の木々の壁。そして普段よりもかなり近づいたことで、その険しい岩肌がハッキリと見える時越山。
冬だからというのもあるだろうけど、ものすごく殺伐としていて、冷たくて、寂しい気持ちになった。
それまで輝いていたもの全てが光を失ってしまったような。そんな場所に思えてしまっていた。
「――以上で開会式を終わります。じゃあ、一組から順に各学習室に戻って。早速だけど、講義始めるからな〜」
なんて、バスの中で見た風景を思い出しながらぼうっとしていたら、いつの間にか開会式が終わっていた。
前のクラスに続いて、おれたちもホールを後にして、学習室の自分の席へと戻る。
そこからは、まぁいつもとは場所が違うというだけの新鮮さを感じつつも、雰囲気はそこまで変わらず、いつも通りの授業風景が広げられていった。
時折窓の外の景色を眺めていて、注意される奴がチラホラと居たくらい。
その注意されていた奴らは、普段から集中力が欠けていて注意されてる奴らでもあったけど、今回は珍しくあいつも注意を受けていた。
「音無さん、聞いてるかい?」
「へっ……!?あっ、すみません……」
「まぁ、せっかくここまで来てるし、窓からも良く見えますからね。湖気になりますよね。ただ、もう少し頑張ってくださいね。皆さんもですよ?あと少しで終わりますから、何とか耐えてください」
普段は里桜の評価を下げまいと、背もたれにすらおっかからないツナグが、先生の話をほとんど聞き流してしまうほどに、意識が向こうへと行ってしまっていた。
けど、それも当然だろう。
あいつの席は窓側で、涙月湖がよく見える。おれよりももっと近くに湖の存在を感じてしまう席だ。
自分を助けたことで白墨に連れ去られてしまった姉がすぐそこに居る。どうしたって意識がそちらへ向いてしまうのは理解出来る。
おれだって、この席からは見えにくいから見ないでいられているだけで、黒板を見つめて板書をとってるものの、先生の話は半分ほどしか耳に入ってきていない。
普段の授業では、恋夜さんが見張ってくれているからちゃんと先生の話を聞こうと意識していられているけど、今はその恋夜さんが居ない。
バスを降りてすぐに『我は莉桜と共に小娘の痕跡を辿ってくる』と言ってどこかへ行ってしまったのだ。
おれもツナグのこと言ってらんないな、なんて思いながら彼女の横顔に目を向けていると、こちらの視線に気がついたのか、横目でチラリと見てきた彼女と目が合った。
するとツナグは少しだけ顔を赤くしながら、「何見てんのよ」と口パクで言ってきた。
そんなツナグの様子に少し笑いつつも、おれ自身も残りの時間を何とか乗り越えるために、一度深呼吸をした。
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一日目の全ての授業を終えて、宿泊棟へと戻る準備をしているところに、恋夜さんがふわりと戻ってきた。
他のクラスメイトと共に廊下を歩きつつ、傍らで話しかけてくる恋夜さんの報告に耳を向けた。
『光輝、良い知らせと悪い知らせがある』
(じゃあ、良い方からで)
『恐らく奴……白墨の根城であろう湖の底へ向かうための横穴を見つけた。天音の力を継承した洞窟と似たような、地下に深く続いていて、入口付近で奴の力の残滓を発見したから、可能性は高いと思う』
(……!!)
(マジっすか!!けど、悪い知らせってのはどんなもんなんです?)
おれの少し前を歩いていたツナグにも恋夜さんの声が聞こえていたのか、ピクリとこちらを振り返った。
『この施設から少し離れている。もう少し山の麓まで近づかなければならない。この人の目のある中で、お前たちが抜け出せるかどうか……』
(そうっすね……ただ、里桜がそこに居るってのに行かない手は無いっすよ。宇留木には莉桜さんから伝えてあるんすよね?)
『ああ。……そう話していればなんとやら。ちょうど良いな』
宿泊棟の入口まで来たあたりで、対面側の廊下から莉桜さんと共にこちらへ歩いてくる宇留木の姿が見えた。
どうやらあいつのクラスはおれらとは反対正面にある東棟の学習室を使っていたらしい。
『コウキ!ツナグ!ついに里桜への足がかりを見つけたぞ!!』
「あんたらも恋夜様から聞いたでしょ?夕飯の時、ちょっと明日のことについて話し合うよ」
その言葉に頷いて、各々まずは道具を部屋に置くために自室へと戻ることにした。
女子棟へ向かう宇留木とツナグとは途中で分かれ、自室のドアを開けた。
机のがまっさらな様子を見るに、唐草はまだ戻ってきていないらしい。
唐草を入れない方が、里桜に関する話は効率良く出来そうだけど、自由時間を一緒に過ごすための班であるのに、明日の動きを共有していないのは不自然だし、逆にそれで支障をきたしてしまってもいけない。
何より、班のメンバー決めでも巻き込まれてしまった唐草が重要なところでだけハブられるのは、あまりにも都合が良すぎるし、不憫すぎる。
それに、唐草は案外突拍子の無いことを思いついたりもする。時々だけど。
自由時間をどのように過ごすか話している中で、上手く横穴の方へ行くことが出来る案が、唐草の中から出てくるかもしれない。
それに賭けて、おれは唐草を待つことにした。
「うぃ〜……おつかれ光輝。お前らの方はちゃんと時間通りに終わったんだな……おれら最後の現国で先生が解説に熱入っちまってよぉ〜……」
既に可哀想な目にあっていた唐草を、準備もそこそこに連れ出して食堂へと向かった。
あと二人の同室のメンバーには、自由時間の班のメンバーと飯食ってくるって書き置きしといたから、向こうは向こうで自分のペースで飯食いに行くだろ。
宿泊棟の入口へ唐草と共に向かうと、既に宇留木とツナグが一緒に居て、おれたちのことを待ってくれていた。
おれが唐草を連れてきた理由を察してくれたのか、宇留木は一度おれの顔をちらっと見ただけで、あとは何も言わず「じゃ、行こっか」と言って、先を歩き始めた。
食堂はバイキング形式で、隣ではしゃぐ唐草と共にハンバーグやサラダを皿に取り、既に自分の分を取り終えた宇留木とツナグが確保してくれた席へ腰を下ろした。
「あれ?里桜、今日はやけに少食なんだな。体調でも悪いのか?大丈夫?」
「えっ……?」
あ〜……そうだった。
唐草は入れ替わった後のツナグと一緒に飯を食ったことが無かったんだった。
ツナグなんて明らかに「これでも充分多くない?お姉ちゃんってもしかしてもっと食べてたの……?」みたいな顔して自分のお皿に盛り付けた料理たちを見つめちゃってるし。
ここはいっちょ、助け舟を出してやるか。
「あ〜、唐草。ツ……里桜だって女の子なんだぞ。ちょっと太ってきちゃったかも、とか気にすることだってあるんだ―――」
「なっ!?」
「はぁ……お馬鹿」
スパーン!!という良い音が食堂に響き渡り、一同がおれたちの方へ注目したものの、聞こえてきたのは「またか〜」という声。
周囲の奴らからしたら、もうお馴染みの光景ではあるらしい。
どれだけの速さで巻いたのかは分からないが、恐らくさっきのおれの言葉は失言だったらしく、宇留木がクルクルと丸めて棒状にした合宿の手引きで、おれの頭をぶっ叩いたのだ。
「どうしてあんたは相手が気にしてるかもしれないってことを、そのまま口に出しちゃうかな」
「そうだぞ光輝。お前はデリカシーってもんにもうちょっと気をつけた方がいいぞ」
納得いかねぇ……。
他人の事言えねぇけど、普段のお前も大概だからな……?
そんなふうに騒ぎながらというか、まぁ賑やかに食事を進めつつ、何とか唐草に莉桜さんや恋夜さん、そして里桜のことを気取られないようにしながら、どうにか他の生徒に邪魔されずに動き回る方法が無いかを話し合った。
すると、その条件を聞いて、「うーん」と唸っていた唐草が、何かを閃いたようで、「あ!」と口を開いた。
「おれ思いついたわ。とりあえずお前らから皆を寄せ付けなければいいんだよな?」
ニヤニヤと笑いながら、唐草はその作戦をおれらに説明してくれたんだけど……。
「逆転の発想だよ!要は、周りが勝手に動くから面倒なんだろ?だったら、敢えてエサを見せて全部こっちの思う通りに管理してやればいいんだよ!」
「……そんなに上手くいくかぁ?」
「いくって!こんな班分けしたところで、皆お前らと接点作りたいのは変わんないんだから」
どうやら唐草はその作戦にだいぶ自信を持っているらしい。
おれは半ば半信半疑だったけど、宇留木は割と真剣な顔で唐草の説明を聞いていた。
「まぁ、それも一理あるか。確かに、あんたのその作戦なら、ウチらも動ける時間は増えるし……」
「とりあえず、やってみるだけやってみようぜ!」
「そうね、そしたら今はまず、美味しいご飯を楽しもっか」
その後、唐草がおかわりをするために席を立ったのを見て、自分もおかわりしたほうが良いのか迷っているツナグに、おれと宇留木で「無理すんな」って声をかけたら、意地になっておかわりしに行ったのを見て、二人で笑った。
明日はどうなるか分かんないし、おれはそこそこでやめておこう。
里桜、やっとだ。皆でまた会いに行くからな。
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