第11話 仰月ノ輝弓(2)

 恋夜さんと話しながら歩いていると、思っていたよりも早く最下層に辿り着いた。


 石の廊下の終着点から横に真っ直ぐに伸びた通路は、中央の円形広場まで続いていて、その通路へと出ると、上層から叩きつけられている滝の水しぶきがミスト状になって顔にかかる。


 地下水ということもあってかなり冷たいけど、少し火照っていた身体には丁度よく感じた。


 円形広場の床には、これまでの通路にも描かれていたものと同じような、どこか星のようにも見える幾何学模様が描かれているようだけど、風化してしまって染料が剥がれ落ちてしまって、結局それが何を意味しているのかは分からない。


 そして、その広場の中央には、大きな岩の塊が鎮座していた。



『何だこれは……!!』



 その岩を一目見るなり、慌てて近づいて行った恋夜さんを見て、おれも急いで後を追いかけた。



「これって……」



 それに近づいて初めて、それがただの岩の塊ではないことが分かった。


 それは五人の人間を象った彫像だったのだ。


 一人一人年齢も違えば、身につけている物や服装も微妙に違っている。剣を手にしている者もいれば、扇や書物を手にしている者もいる。


 そして、彼らの中央には一張りの弓が置かれていて、五人はその弓を守っているようにも見えた。



理由はこれだったのか……』


「それってもしかして、の……」



 亡骸が消えている、という言葉を聞いて真っ先に思い浮かんだのが、先代たちの話だった。彼らは皆、人々を救って力を使い果たしたことで、肉体すら残されなかった。



『……ああ。そもそも我がここにお前を案内した理由は、を手に入れるためだったのだが……』


「一緒にくっついちゃってますね……」



 弓も一部が石化して、彼ら五人と合わせて一つのモニュメントのようになってしまっている。


 ただ添えてあるだけならまだしも、彫像の一部となってしまっているとなると、無理やり取り外すことも出来ない。



(これは……ここまで来て詰んでしまったのでは……?)



『いいや、その心配は要らぬぞ。


「……今のって」


『我ではないぞ』



 そっすよね〜……。


 どう考えてもめちゃくちゃ渋いおっさんの声だったもんな。じゃあ今の声は一体どこから?声はすれども姿は見えず……。



『姿は見えておろう』



 ……いや、目の前には彫像しか。まさか、いやまさかね。



清盾せいじゅん殿、それでは言葉が足りていないかと。お二方、私たちはまさにあなた方の目の前に居る彫像です』



 もう驚きもしねぇや……。


 おっさんの名前はセイジュンって言うんだな。あ、たぶんこの丸坊主で立派な顎髭生やしてる人だろ。


 そして、今話してくれた人はもう少し若そうな声で、丁寧な口調だったな。



『これは失礼。私は豊果ほうかと申します。あなた方から見たら、左上の扇を持った長髪の姿をした者です。我々一同、あなた方がいらっしゃるのを今か今かと、


「待ってたって……おれたちが今日来ること分かってたんすか?」


『今日がになるとは思ってはおりませんでしたが、ので、きっともうじきだろうと』


『弓が現れただと……?』



 恋夜さんが怪訝そうに眉をしかめた所を見ると、恋夜さんの想定とは違っていたみたいだ。


 今のホウカさんの話をそのまま受けると、もともとはここに弓は無かったけれど、ある日突然そこに現れたということになる。



『それがなのだよ。いきなり話しかけてすまないな。僕は焔停えんてい。二代目の天音光輝だ。ちなみに先程の清盾が五代目で、豊果が三代目だ』


『焔停殿は私たちが名を次ぐ際の一部始終を見ていましたものね。私も四代目の夢想むそうが継承する際に、突然虚空から書物が現れたのを見た時は驚いたものです』


『儂もあれには驚いた。若造、儂らの像を見てみろ。各々が武具や法具を持っておることに気がついただろう。これらは今ここにある弓と同様、儂らが名を継ぐ際にここに現れ、自身の力として受け取った物だ』



 じゃあ、おれにとっての力がこの弓だってことか……あれ、だとしたら何で恋夜さんはんだ?



『ちなみに、この弓が現れたのは十年ほど前でしょうかね。また継承者が現れなかったことで消えてしまうのではないかと心配しましたが、伊与いよの言葉を信じて正解でしたね』



 ホウカさんの言っていた前回の現れなかった継承者って、もしかして六代目の孫のことなんじゃ。

 というか伊与って、おれのばあちゃんの名前だ。ばあちゃんが何か言ってたのか?



『若造、お前の祖母は毎日欠かさず、この広い洞窟の手入れをしておったのだ。加えて、この弓が現れてからは、必ずこの弓の持ち主が現れるから、どうか待っていて欲しいと、儂らにずっと話していた』


「ばあちゃん……」


『祖母に感謝するのだな。さて、始祖と同じ名を持つ我らが子孫よ。 この弓を手に、早速その腕を見せてみよ』


「急にっすか!?それに腕を見せよって……」


『光輝、上だ!!』


「上?……あれって!!」



 恋夜さんの視線を追って、頭上を見上げてみると、勢いよく降り注いでくる滝の水に乗って、白墨が操っていたあの黒紫の汚泥が、こちらへ向かって落下してきていた。



『洞窟の入口は封鎖されていても、洞窟内を清めるために水脈までは封じられなかった。そこを上手く突かれたな』


『やはり目敏いですね。どうやら完遂させたくないらしい』


「白墨のことを知ってるんですか!?」


『当たり前だ。僕らが防いできた災いはどれも、あのクソ野郎が人間界にちょっかいをかけたせいで起きたもの。その度に僕らが力を用いて災いを防ぎ、奴を封印してきたのだ』


『まぁ儂らとて、奴の好きにはさせんがな。どれ、さっさと継承を済ませようじゃないか』


『さぁ、時間ですよ。夢想、それに砕破さいはも早く起きなさい。やっとことが出来るのですから』



 それまで固まったまま話していた先代たちだったが、ついにガラガラと音を立てながらその身を動かし始めた。



『やっと小生の出番が回ってきましたか』


『夢想、お前はただ眠っていただけだろうが』


『おやおや〜?そういう砕破さんだって、お孫さんが継承者として現れなかったことを気にしてずっと黙っていただけでは?』


『こんな時にまで揉めるでない馬鹿者が!!』



 書生さんのような格好をした眼鏡の人がムソウさんで、ポニーテールみたいに髪を一つ結びにしているのがサイハさんか。


 二人してやっと喋りだしたかと思った途端にいがみ合い始めて、セイジュンさんに拳骨食らってた。そんで、その拳骨のせいで彫像の髪の一部が崩れ落ちたことに騒いで、また怒られていた。


 威厳のある人たちばかりだと思っていたから、二人の姿を見てどこかホッとしてしまうところもあった。


 ただ、そうこうしている間にも、黒紫の汚泥は頭上へと迫ってきていた。



『よし、ではやるぞ。皆僕に合わせるのだ』



 エンテイさんたちはそれぞれ手の平を中央の弓へと向けて目を閉じた。



『僕らの使命を果たす時が来た』


『永かったですね……やっと家族の元へ帰ることが出来ます』


『まぁ、なんだかんだ言ったが、お主らのような馬鹿者と、ご先祖さま方との時間は悪いものでは無かったぞ』



 あれ……?



『小生はもう少しくらいここに居ても良かったのですがね〜』


『じゃあお前だけ残ってろ』


『またつれないこと言うんですから〜本当は一緒に残りたい癖に』


『眼鏡のレンズだけ取り外してやろうか?』



 えっと……なんか先代たちの言葉を聞いてると、もう帰っちゃいそうな雰囲気では?


 あの汚泥を倒すために手助けしてくれると言うよりかは、この場から退場してしまうような感じがしているのはおれだけ……?



『いや、その通りだが?』


「まじっ……すか……そんな、当たり前のこと聞いてんじゃねえよ、みたいな顔しないでくださいよ」



 まずいぞ、先代たちが居るならどうにかなるかもしれないって思っちまってた。正直ホッとしちまってたし。


 そうじゃねぇだろ。


 何やってんだおれ。

 これはおれが力をつけるための修行だってのに。だけど……だけど、どうする。今のおれがあの汚泥をどうにか出来る術なんて……。



 そういえば、カラオケ店の前で恋夜さんと再会した時、堕ちた精霊に触れることが出来たような。


 もし、ばあちゃんに術を解いてもらった今のおれが、あの時よりも力をましているのだとすれば、あの汚泥も素手でいけたりとか――



『だはははは!!!いけるわけないでしょうが!!!』


「んなっ!やってみなきゃわかんないじゃないっすかぁ!!」



 ムソウさんが顔だけこちらに向けてゲラゲラと笑ってきたから、半ば反射的に言い返したものの、隣にいた恋夜さんまで頭を抱えて苦笑いを浮かべているのを見て、少しだけ恥ずかしくなった。



『拳で応じるにしても、何か考えはあるのか?何も考えなしに殴りかかろうとしていたわけではないだろう?』


「あ〜いや……とりあえず殴ってみようって思ってました……」


『これは……』


『天音家の歴史上最も阿呆な天音光輝かもしれんな……』



 まだ寛容的だったホウカさんにまで困ったように笑われると、なかなかに辛い。



「いや、何も適当に殴るわけじゃないっすよ!?どう見てもが弱点ぽいじゃないっすか!!なんかモヤみたいなの吹き出してるし。だから、あれを目掛けてまずは一発ですね……」



 と、おれがそこまで言うと、先程まで呆れたような目を向けていた先代たちの目が光った。



『やはり、継承者は現れるべくして現れるものなのですね』



 ホウカさんが笑ってそう言うと、他の先代たちも頷いていた。



『まだ継承が済んでいないというのに、既に堕魂だこんを視認しているとは』


『な〜んだ。ただのお馬鹿な脳筋かと思ってましたが、ただ知識が無かっただけですか。ならば、馬鹿にせず丁寧に教えてあげませんと』



 先代たちはそう言うと、また目を閉じて弓の方へと向き直った。





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