第10話 仰月ノ輝弓(1)

 一族に代々伝わる場所。


 それも入った人が皆強力な力に目覚める場所だって聞いていたから、手すりも何も無い、過酷で険しい道が待ち構えているのだろうって勝手に思っていた。


 確かに壁面は手彫りのようにゴツゴツとした岩肌が剥き出しになってはいたけど、地面は案外滑らかな平面に近い状態で、斜面なんかには段差をつけて階段のような形に整えられていたりと、整備されている印象を受けて、少しばかり拍子抜けしてしまった。



「なんか、こんな楽でいいんすかね?」


『何だ、足腰立たなくなるほど厳しい方が良かったか?』


「いや〜……そういう訳じゃないっすけど」



 おれがそう言うと、恋夜さんは袖で口元を隠しながら『冗談だ』と笑っていた。



『ここから聞こえる声を少しばかり聞いてはいたものの、我もここへ入るのは初めてだからな。この中でどのような儀式が行われていたのかは分からぬのだ。どんな危険がこの先に待ち構えているか分からぬのだ、安全に進めているに越したことはないだろ?』


「それもそうっすね。試合と同じだと思えば納得かも」



 ただ、結局そのあとも、本当に何も起こらないまま、おれと恋夜さんはひたすらに階段を下り続けた。



「もう一つ気になってたことあるんすけど」


『何だ?』


「ここ、洞窟なのに全然寒くないっすよね?結構下りてきたと思うんすけど」


『そうか?我は少し肌寒いくらいだが……それも恐らく、この場所と天音の血の関わりによるものなのではないか?』



 洞窟は冷えるかもしれないと、ばあちゃんが念のためにと持たせてくれたジャンパーも必要ないくらいには、身体が内側から温まってきている。


 そしてその身体の熱さは、洞窟の奥へ進む程に高まっていった。



「あれ……行き止まりっすか?」



 長く続いた階段に終わりが見えたと思ってテンションを上げたおれだったが、その開けた空間はドーム状になっているものの、その先へ続く扉のようなものが見つけられなかった。


 となると、ここが儀式に使われる部屋なのだろうか。



『いや、よく耳を澄ませてみろ』



 一度周囲を見渡してそう言った恋夜さんの言葉に従って、目を瞑り耳を澄ませてみると、微かにどこか遠くで水が流れているような音が聞こえてきた。


 けど、さっきまで歩いてきた道では聞こえていなかったから……この部屋のどこかに先へ進むための道が隠されてるってことか。



『見たところ、ここは儀式を受けるに値するかどうかを選別する場所でもあるのだろうな。この仕掛けを見極めることが出来なければ、必然的に力を継承することは出来ない』


「じゃあもしかしたら、先代たちの他に、呼ばれてもいないのに伝承を聞いて挑戦した人らが居るかもしれないってことっすね?」



 この部屋に隠されている次の通路への出口を探そうと、壁の隅々までよく目を凝らして、手で触ったりしてみたはいいものの……。



「う〜ん……さっぱり分からない。水流の音がヒントなのは分かってんだけどな……」


『……本来ならば、ここはそもそもから選ばれ、呼ばれた者が来る場所だからな。先代たちはここを迷いもなく進んで行ったことだろう。そして、出来ればお前自身の力で解いた方が良いのだろうが、今回は事情が事情だからな。我が助言を施してやろう』


「えっ!恋夜さん分かったんすか!?」


『精霊であれば簡単に見つけられる仕組みだったからな』



 そんな恋夜さんの言葉を聞いて、おれの頭には少しづつ、「もしこのまま先に進めなければ……」なんて不安と焦りの気持ちが顔を見せ始めた。


(歴代はすぐに見つけることができた仕組みを、おれは全然気づけもしない……)


 そんなおれの心の内を読むように、恋夜さんはこちらへ近づいてきて、おれの背中を優しくポンと叩いた。



『不安になるのは、それだけお前がこの儀式の重要性を理解しているからだ。それはおかしなことではない。光輝、そういう時ほど一つのことに意識を向けるのだ。深く集中すれば、自ずと不安は解消される。良いか、耳で捉えるのだ。そしてその



 音を視ろだなんて、また難しいことをサラッと言うもんだなぁ。



『視界からの情報に騙されるな。目に見えているものが全てでは無い。感覚を研ぎ澄ませ。目を閉じ、瞼の裏にもう一度世界を構築し直せ』



 瞼の裏に再構築って……要は、目の前に見えてる見たまんまの風景じゃなくて、音を聞いて、イメージで風景を脳内に作り直すってことでいいよな……?


 それからおれは恋夜さんの言う通り、目を閉じて、周囲の音を聴き漏らさないよう耳を澄ませた。


 真っ暗な世界。

 その中におれと恋夜さんが立っている。


 そして聞こえてくるのは微かな水の音。その音に意識を向けてみると、段々とその音が大きくなっていく。


 さらさらと流れているように聞こえていたけれど、よくよく聞いてみれば轟音を伴いながら、所々で岩に激しくぶつかるような音も聞こえてくる。どうやら割と大きめな水流だったらしい。


(ん、何だこれ……風?)


 その水流の上に乗って、水の流れと共に奥へ奥へと流れていく風。


(おれも一緒に奥へ行きたい……!)


 その時、気のせいかもしれないと思うくらい、本当に弱い風が、おれの指をくすぐった感覚がした。


 視界からの情報を絶っただけで、こんなにも他の感覚が鋭く研ぎ澄まされるなんて思ってもみなかった。


 それを受けて、今度は目を瞑ったまま、指先の感覚に注意を向けてみると、どうしてこれまで気が付かなかったのか、その小さな風が、絶え間なくおれの指をくすぐっていたことに気がついた。


 たぶん、こうして、周囲の環境を本能的に感じ取れるようになることで……。


(あ、そういうことか。だから先代たちはみんな――――)


 おれはゆっくりと目を開けて、部屋の入口へと戻った。



『お、案外早かったな』


「恋夜さんのおかげっすよ」



 この部屋に入る手前の壁、右手側にある幾何学模様の一部に手を触れ、そこへ微弱な風が吹き込んでいることを確認し、優しく手を押し込むと、触れた岩壁が光の粒となって消え、人が一人通れるくらいの入口が現れた。


 そこを通ると、その先には広々とした通路が伸びていて、これまでの岩肌剥き出しの壁ではなく、綺麗なアーチを描いて磨かれたものとなっていた。


 振り返ってみれば、先程おれたちを通してくれた壁は、光の粒からまた岩壁へと姿を戻して、道を塞いでいた。


 反対におれたちの目の前に伸びている通路に目を戻すと、壁面には燭台と蝋燭が設置されていて、まるでこちらへ来いと呼び込んでいるように、奥へ奥へと火が灯されていった。



 ⟡.· ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ⟡.·



 通路にはところどころ窓のような正方形の穴がくり抜かれていて、一度立ち止まってそこから顔を出してみると、どうやらここは円筒状にくり抜かれたような地形になっていて、おれたちが今歩いている通路はその壁面を螺旋状に降りていくように設けられているみたいだった。


 向こう側の通路にも、もう既に蝋燭の火が灯されているのが見て取れる。


 そして、天井の方へと目を向けてみれば、そこには大きく三つの穴が空いており、そこから大量の水が下方へと流れ落ちて、滝を形成していた。


 ただ、ここからでは最下層の様子が見えないことから、まだまだ歩くことになりそうだと思って、おれは時間潰しも兼ねて、さっきの試練で気づいたことを恋夜さんへ話すことにした。



「さっきのところで気がついたんすけど、ここに呼ばれた先代たちが自我を失ったような状態だったのって、きっと本能的な感覚を鋭くさせて、あの場所を通過させるためでもあったんでしょうね」


『ほう、そこまで考えることが出来ておったか』


「理屈どうこうじゃなく、直感的に、全身で捉えた違和感だったり、ごく僅かな周囲の環境の変化に素早く反応する……よく良く考えれば、そのくらい難無く出来るような状態じゃなければ、人間社会に危害が出る前に災害を察知して、未然にそれを防ぐなんてこと出来るわけないっすもんね」



 よく何か大きな災いが起きる時には、動物の方が先に反応し、普段とは違う行動を見せたりするって話は聞いたことがある。


 その日だけはやけに鳥がうるさかったとか、元気よく泳いでいるはずの魚が、その日ばかりは言わ陰に隠れて出てこなかったとか。或いは山から多くの動物たちが下りてきたとか。


 きっと何か、本能的に感じ取ったものがあったのだろう。


 ただ、人間の中にもそんな感覚が生まれながらに研ぎ澄まされている子が居たのだろう。そして、そんな子が精霊たちの姿を目で捉え、彼らに干渉する力をも持ち合わせていた。


 それが仙台の天音光輝たちなんだろうな……。



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