第9話 光を取り戻した瞳

「なんか、久しぶりに来た感じがする……」



 恋夜さんに言われるがまま、電車とバスを乗り継いで、ようやく辿り着いたのは隣県にある農村だった。


 だいぶお金使ったな……今月の小遣いほとんど無くなったぞ……。


 それだけお金を使って来たのに、辺りには田畑と家屋が数軒あるくらいの、のどかな農村だった。


 言っちゃ悪いけど、何にもないところだなと思った。


 けど、この山から吹き降ろす風や、それに乗ってくる野焼きの匂いがどこか懐かしさも覚えさせる。


 そうして駅から少し歩いた時、山の斜面から突き出た高台が目に入り、おれはここがどこなのかを思い出した。



「ここ、ばあちゃんちの近くだ……」



 その高台には特徴的な形をした巨岩があって、確か地元の人からは「お犬さん」って呼ばれてたんだっけ……。


 父ちゃんがばあちゃんと仲違いしてからだから、十年近くになるのか。



「あれ?二つに割れてる……」


『あの巨岩のことを言っておるのか?』



 おれが高台を見上げていることに気づいた恋夜さんが、おれの隣に来て同じように見上げる。


 昔はよくばあちゃんちの近所の子たちと、あの巨岩まで競争したりした。


 上部が耳のように二又に分かれているから、「お犬さん」と呼んでいるのだと、その子が教えてくれた気がする。


 けど、どうやらその付け根のところから亀裂が入ったのか、見事に真っ二つに割れてしまっているようだった。


 どこか残念な気持ちで眺めていると、恋夜さんがクスッと笑った。



『……ふふっ、お前は本当に気づいていなかったのだな。我はずっとあの岩に封印されておったのだぞ?』


「うぇ!?……じゃあ、もしかして」


『だから言っただろう。と』


「あれって、そういう……」



 初めて出会った時に、どうして名前を知ってるんだろうって思ってたけど、昔会っているのなら、そりゃあ恋夜さんがおれのことを知っているのは当然だったのか。



『あれは我が封印から抜け出したことで割れたのだ。そう悲しげな顔をするな。我は我で行きたいところがある。そこへ行こう』


「恋夜さん行きたいところあったんすね。じゃあ、そっち行きましょ!」



 おれは気を取り直して、恋夜さんが行きたいという場所に向かおうと、意気揚々と歩き出したのだが……。



「ここは……」



 イチイの木で作られた生垣によって囲われた庭、玄関まで真っ直ぐに伸びる砂利道、そして真っ黒な瓦屋根。母屋に並ぶように建てられた倉庫の壁には、鍬や鎌などの道具が吊るされていた。


 記憶の中にあると全く同じ風景だった。


 おれは自然とその家の敷地に入り込んで、倉庫の方へと真っ直ぐに歩いていった。


 昔、ばあちゃんはよくこの倉庫の車庫スペースで土から掘り出した芋とか並べてて……。



「…………コウちゃん?」


「ばあ……ちゃん……」



 畑仕事を終えたばかりだったのか、そこには記憶の中の姿よりも幾分か白髪が目立つようになったものの、背筋がピンと伸びたままのばあちゃんが居て、まるで幻でも見ているかのように、こちらを向いて目を大きく見開いていた。



「コウちゃん……あなた、本当にコウちゃんなの……?」


「ああ、うん。えっと……そう、だよ」



 昔の自分がどんな風に話していたのかも覚えていないし、期間が開きすぎて、どう話していいのか分からなくて、どぎまぎしたような返事になってしまった。


 それでもばあちゃんは怪しむこともなく、よたよたと歩み寄ってきて、おれの手を握るなり、実物だと実感したのか、おれに抱きついてきた。



「ああ……本当にコウちゃんなのね。こんなに大きくなって……夢を見てるみたいだわ」


「ばあちゃん、この歳でコウちゃんは……」



 小さい頃の呼び方のまま名前を呼ばれることに、少しだけ気恥ずかしさを覚えてしまうけど、おれはその言葉は出さずに、そのままばあちゃんの背中に手を回して、ポンポンと優しく叩いてやった。


 気持ちが落ち着いたのか、ばあちゃんはそっと離れると、重ね着していた作業着を脱いで棚にかけ、おれを居間へと案内してくれた。



「ありがとうねぇ。このミサンガもまだこうして大事にしていてくれて。これもお犬様……いいえ、のおかげね」



 薄らと涙を溜めた目でそう言うと、ばあちゃんはお茶を淹れてきてくれて、その目をおれの右隣の頭上へと向けた。



「えっ、ばあちゃん恋夜さんのこと見えるのか?」



 思わず口を開いてしまうと、ばあちゃんはニコリと笑って頷いた。



「うん、見えるよ。けど見えるだけだけどね。コウちゃんはその様子だと、声まで聞こえているみたいだねぇ」



 それからばあちゃんは再会の喜びからか、学校はどうだとか、テレビや雑誌でおれの活躍を追い続けてくれていたことについて話してくれていた。



『光輝、お前の祖母もまだ話したいことはあるだろうが、良いところで話を区切り、本題へ移ってくれ』



 ばあちゃんの話が終わらない様子を察してか、恋夜さんが話しかけてきた。



(本題って言うと、のことっすよね?でも、どう切り出せば良いっすかね……突然修行しに来たとか言っても伝わるか――)


『いいや伝わる』



 恋夜さんは食い気味でそう答えた。


 どうして即答できるのだろう。おれと同じようにばあちゃんとも昔から交流があったのか?いや、でもばあちゃんは恋夜さんの声は聞こえてないみたいだし……。


 そんなことを考えていると、また恋夜さんの視線がおれの手首に落とされていることに気がついた。



(またこのミサンガ……)


『それは急ぎ作ったもので、お前には本来継がせるべきものがあったはずなのだ』


「おや……」



 ばあちゃんの話も片耳に入れつつ、心の中で恋夜さんと話をしていると、ばあちゃんが恋夜さんの口元が微かに動いていることに気がついたらしく、恋夜さんの方をチラりと見やった後に、すぐにおれに目を向けた。



「お狐様が何か言っているようだけれども、何て言ってるんだい?」



 話を切り出すなら、今だと思った。



「ばあちゃん。おれ……その、修行しに来たんだ。洞窟って言って伝わるかな……?十年前のあの日、ばあちゃん本当はミサンガじゃなくて他のものを渡そうとしてたんだろ?おれには、今それが必要なんだ!」



 勢いに任せて話してしまったけど、ばあちゃんはその間、それを黙って聞いてくれていた。



「……そっかそっか。じゃあ、これはもう必要ないね」



 ばあちゃんはしばらく黙り込んだ末に、引き出しから鋏を取り出すと、おれの手を手繰り寄せ、そのミサンガを切った。


 するとその瞬間、一瞬目の前で火花が散ったかと思うと、さっきまでは居なかったはずなのに、ばあちゃんの隣に白い毛並みの大きな犬がお利口さんに座っていた。


 そいつだけじゃない。


 居間には他にも、猫や小鳥、それに蝶まで……そのどれもが、共通して白い毛や羽に覆われていた。


 一体いつの間に入ってきたんだ。


 そう思ってキョロキョロと視線を動かしていると、ばあちゃんがまた口を開いた。



「やっぱり、コウちゃん見えているのねぇ。ごめんね……これまでコウちゃんのその力を


「それって、どういう……」


「……実はね、ばあちゃんにも力があったんだよ」



 まだ湯気が立っているお茶の表面を見つめながら、ばあちゃんは小さくそう言った。



 ⟡.· ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ⟡.·



 ばあちゃんも小さい頃から他人には見えないものが見えていたらしく、ばあちゃんの父さん、おれからしたらひいじいちゃんも力を扱える人だったから、少しだけ力の使い方を教えてもらっていたらしい。


 ひいじいちゃんの頃に、先祖の住んでいた土地へ戻りたいということで、この地に戻ってきたようだったけど、ひいじいちゃんとばあちゃんは天音光輝に選ばれることは無かったという。


 ご先祖様たちの時代とは違って、ひいじいちゃんの頃はすっかり精霊たちも人前に姿を現さなくなり、それに伴っても減った。とは言っても残っている精霊もいて、それらが悪さをしたるするものだから、ひいじいちゃんとばあちゃんの二人はそれらの問題を解決して回っていたが、それによって周囲の人たちから奇異な目で見られることになった。


 父ちゃんも友人たちから馬鹿にされたり、揶揄われ続けたらしい。


 父ちゃんにも、ばあちゃんたちと同じように精霊たちの姿が見えていれば、また話は変わったかもしれないけど、父ちゃんには全く見えていなかったから、父ちゃんから見てもばあちゃんとひいじいちゃんの活動はあまりに好ましく映らなかった。


 そんな父ちゃんは、高校を卒業するとすぐに地元を離れてしまった。そうしてだんだんとばあちゃんと疎遠になっていったものの、それから数年後、母ちゃんと結婚したタイミングで、父ちゃんはまたばあちゃんに顔を見せるようになった。


 その頃にはばあちゃんも、一族に纏わる話を父ちゃんにはしないようにと気をつけていたらしい。


 代々語り継いできた一族の歴史も嫌われ、その力も引き継げなかったことで、ばあちゃんは自分の代でその歴史が時の闇に消えていってしまうことも仕方のないことだと、そう思うようになっていた。


 おれが生まれたのはそんなタイミングだった。


 それも、どんな運命の悪戯だよって思うけど、一族の歴史なんか少しも知らないはずの父ちゃんが、始祖であり、これまでのご先祖様たちが継承してきた「光輝」の名をおれにつけた。


 昔、自分の名付けの理由を聞いた時、父ちゃんは、おれが産まれる前日に不思議な夢を見て、その夢がきっかけだったって言っていた。


 父ちゃんと母ちゃんは満天の星空の下にいて、その星空から光の雫が一粒落ちてきた。そして、その雫は母ちゃんのお腹の中に溶け込んでいった。


 そして次の瞬間には、病室に居て、赤ちゃんを抱いている母ちゃんを何人かの人影が囲んでいて、その子の誕生を祝っているようだった。


 父ちゃんはその人影の後ろからその光景を見ていたらしい。


 その赤ちゃんがとても輝いて見えて、母ちゃんの顔は辛うじて見えたものの、その人影たちの影は濃くなる一方で、それらが誰だったのかは結局分からずじまいだったらしい。


 出張が長引いてしまって、出産には立ち会えなかったらしいけど、その夢から覚めた時に、おれが産まれたって直感で分かって、すぐに出張先のホテルから抜け出したって言ってたっけな。


 その時の夢がとても印象的で、「光輝」という名前が、すうっと頭の中に浮かんできたという。


 それがおれの名付けの由来。


 ばあちゃんはその話を聞いて、既に固めていたはずの決意が揺らいでしまいそうになった。


 父ちゃんにとっては忌むべきものであっても、ばあちゃんにとってはずっと大切にしてきたものだった。


 やはり心のどこかでは、出来れば父ちゃんにそれを継いで欲しかったって気持ちが残っていたんだろう。


 でも、ばあちゃんは直ぐには言わなかった。いや、言えなかった。


 これは何かの縁だ、運命だなんて言ってしまえば、今度こそ、もう二度と父ちゃんが帰ってこなくなるかもしれないと思ったから。


 それからは父ちゃんも、ばあちゃんが昔のようなことを言わなくなったことに安堵して、ばあちゃんへの信頼を少しづつ回復させていき、おれを預けたりするようにもなっていった。


 けれど、おれが六歳になった年、再び二人の絆に亀裂が入る出来事が起きてしまった。



 ⟡.· ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ⟡.·



「あの日、いつものようにあの子たちがコウちゃんを預けて仕事へ向かった後、急にコウちゃんがばあちゃんのところへ走ってきて……」


“ばあちゃんどうしよう!!が聞こえるし、お部屋にもいる!!”



 おれはばあちゃんの目を見て、ハッキリとそう言ったらしい。


 ばあちゃんはおれの言葉を聞いて、居間へ向かってみたものの、その犬の姿はという。



「えっ……?」


『それは恐らく、が神の御使いだからだろう。精霊はともかく、神の御使いともなれば、相当な力が無ければその姿を捉えることは出来ない』



 恋夜さんがすかさず補足を入れてくれたが、それでも一つ疑問が残った。



(でも、ばあちゃんは恋夜さんのことは見えてるっすよね?)


『我はあくまでも精霊のままだからな。莉桜と二人で居るからそのように思ったのかもしれんが、私たちの中で神の御使いなのは莉桜だけだ。莉桜はオシトナの御使い。だから、お前の祖母は我の姿は見えても、莉桜の姿は見えないだろう。それに、我は他の精霊よりも力のある精霊だからな。姿は見えても声が届かぬのはそれが理由だろう』


「なるほど……あれ?じゃあ莉桜さんの姿が見えてるおれってけっこう凄いのでは?」


『これ、調子に乗るでない』



 コツンと頭を小突かれてしまった。


 最近こうして恋夜さんとか、精霊と物理的に接触できるようになってきてるんだよなぁ。



「きっと、コウちゃんの力がどんどん強くなってきたんだろうね。そのミサンガ……ばあちゃんの力でも抑えきれなかったみたいだしねぇ……」


「あっ、そうだ。ばあちゃんが抑えてたって」



 その話について掘り下げようとばあちゃんに質問すると、ばあちゃんは話の続きを聞かせてくれた。


 ばあちゃんは、自分にも見えないものをおれが見ていることに加えて、変な声が聞こえるという状態を聞いて、真っ先に昔ひいじいちゃんに聞かされた話を思い出した。


 おれを抱えて勝手に動いていかないようにし、それから次はどうするんだったかと、確認するためにひいじいちゃんの書斎へと駆け込んだ。


 そうして、片っ端から戸棚に入ってある書物を広げていくと、そのうちの一冊に、天音光輝の継承の際に起きる予兆と、継承した後に本人がどうなってしまうのかについての記載を見つけた。


 半ばパニックになりながらも、ばあちゃんはその日仕事から帰ってきた父ちゃんたちに、今すぐこの地から離れ、二度と近づかないようにと伝えた。


 慌てて伝えたものだから、言葉足らずなところがあったのかもしれない。


 父ちゃんは激怒し、おれと母ちゃんをそれから数日も経たないうちに連れて、ばあちゃんの家を出て行ってしまった。


 それから今まで、こうしてここに来ることは無かったから、結果的にはばあちゃんの思惑通りにはなったんだろう。


 けど、ばあちゃんはおれたちが離れて言ってしまう前に、一族のことや一族の纏わる家宝についても伝えておきたかった。


 けど、到底そんな状況の中で、それらを伝えることなど出来るはずもなかった。


 だから、ばあちゃんはおれに力のことを伝えるのではなく、その力を隠す方法をとった。



「それが、あのミサンガ……?」


「……そうだよ。ばあちゃんは精霊を倒すことは出来ないんだけど、ことは得意だった。その力を、あのミサンガに込めたの」



 そうすれば、それを身につけたおれは人とは違うものが見えることもなければ、人ならざるものの声を聞くこともないはずだと。



「それがまさか、ばあちゃんの力でも抑えられないなんてねぇ。やっぱりコウちゃんは、ずっと前から選ばれていたんだろうねぇ。よっこいしょ……ちょっと待っててねぇ」



 寂しそうに笑ったばあちゃんは、膝に手を当てながら立ち上がると、何かを取りに居間を出て行ってしまった。



『ふふっ、そのミサンガ……今まで大切に保管しておいて良かったな。近くに置いていたから影響は受け続けていたとはいえ、もしお前がそれをずっと身につけていたとしたら、恐らくお前は今になって初めて、我と顔を合わせ、言葉を交わしていたかもしれぬ。いや、そもそもここまで来れていなかったかもしれぬな』



 恋夜さんが言いたいことはだいたいわかった。


 ばあちゃんは自分の力がそうでも無かったかのように話しているけれど、居間を出ていくばあちゃんの後ろ姿を目にした時、ばあちゃんの身を包む光の粒の量に驚いた。


 ばあちゃんがミサンガを切ってから、途端に見えるようになったこの光の粒は、さっきの犬たちだったり、おれやばあちゃん、もちろん恋夜さんも纏っているようだった。


 たぶんそれが力の大きさを表しているんだと思う。


 その大きさがおれよりは小さいものの、今の状態の恋夜さんと同等か、それ以上のように見えた。


 つまり、力を無くしているとはいえ、今の恋夜さんであれば、ばあちゃんでも抑え込めてしまうほどの力を、七十五歳になった今でも持ち合わせているということだ。



『ほう……お前、な?良い傾向だ。お前がその瞳を取り戻したとなれば、次はを……まぁ、遺っていればの話だが――』


「お待たせ。はい……これ」



 廊下の床が軋む音を聞いて、ばあちゃんが戻ってきたことを察してか、恋夜さんは話を一旦止めた。


 再びおれの正面に正座したばあちゃんは、テーブルの上に一枚のお札を差し出した。



「これは……?」


「これはね、洞窟の封印を解くお札だよ」


『アレでは無かったか……まぁ良い、洞窟に入れるのであれば――』


「お狐様、そう悲しい顔をなされずに。貴女様のお求めの物は、その洞窟の奥にあるはずです」



 これには恋夜さんも目を見開いていた。



「まさか、ばあちゃん全部聞こえて……」


「いいえ?ばあちゃんはお狐様が残念そうな表情をしていらしたから、きっと違うものが出てくるのを想像していたのかと思っただけだよ」


『これは……お前の祖母が敵じゃなかったことを感謝すべきだな……なかなかやってくれる』



 恋夜さんはニヤリと笑ってばあちゃんと見つめ合っていた。


 女の人同士のバチバチってちょっと怖いんだけど……。



 と、そんなことを思いつつ、おれは少しだけモヤッとしていた部分もあった。



「てかさ、ばあちゃんはおれが天音光輝の力を継承すること、なんとも思わないのか……?」



 継承した者がどうなるかは、ばあちゃんだってきっと知ってるはずだ。なのに、おれが洞窟に向かうことに対して、あまりにも協力的だよな……なんて、ふと思ってしまった。


 するとばあちゃんは、一度伏し目がちに笑ってから、またおれの目をしっかりと見据えた。



「もちろん怖いよ。だから昔、コウちゃんたちを遠ざけたんだもの。でも……今日、コウちゃんは自分の意思でここにやってきた。それに、なんだかコウちゃんの今のその眼差しが生きてた頃の旦那、じいちゃんにそっくりでねぇ。誰か、大切な人が出来たんでしょう?そして、その人のために力が必要ってところかしら?それなら、応援するしかないわよねぇ」


「なっ、ちょっ!?ばあちゃん!?」


「ふふふっ、ちょっと悪戯が過ぎたかしら。ごめんごめん、久しぶりに話せたものだから、ついはしゃいじゃったわ」



 そう言ってばあちゃんは口元を手で隠しながら笑っていた。



「……さぁ、最後にもう一度聞くよ、コウちゃん。このお札を取って、あの洞窟に向かうかい?それとも、今までの生活に戻るかい?ばあちゃんはどちらを選択しても、ずっとコウちゃんの味方でいるよ」



 ばあちゃんのその眼を見れば、ちゃんとその気持ちが伝わってくる。


 本当はここで諦めて、今まで通りにどこに居ようと無事に過ごしてくれていたら、それだけで嬉しい、今こうして話せただけで嬉しいって、その光の粒からも、ばあちゃんの感情がじんわりと伝わってくる。


 それでも、頭ごなしに諦めさせようとせず、おれに選択をさせてくれる。おれの意思を尊重してくれるところに、ばあちゃんの優しさと強さを感じた。



 ここまでしてくれたんだ。


 それに、おれにとっての元の生活には、隣に里桜が居てくれなきゃ困る。


 そうなりゃ、選択肢はハナから一つしかない。

 おれの答えは決まってる……!!



「ありがとう、ばあちゃん!おれ行ってくるわ!行こう、恋夜さん!!」


『あっ、こら待たんか!!』



 おれはテーブルの上のお札を掴んで、立ち上がるなり土間に飛び出した。そして、靴紐を結び直してから、玄関の戸を勢いよく開け放った。


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