第8話 名を継ぐ者の運命

『本来であれば、その六代目の孫は七代目の天音光輝となるはずだった。だが、それを阻む者がいたのだ』


「もしかして、過去にも白墨みたいな奴が現れてて、そいつが邪魔してきたとか……?」



 思い返してみれば、白墨と初めて出会ったあの雨の日、そしてこの間の大社でやりあった時も、あいつはおれを見て、『お前が当代の』って言っていた。それに悔しいけど、おれの無力さを喜んでいるようでもあった。


 となると、過去にもあいつは攻撃を仕掛けてきていて、その都度、その代の天音光輝があいつの企みを砕いてきたんじゃないか。



『確かに、天音光輝と奴にはがあった。しかし、直接この継承を阻止したのはやつではない。むしろ身内にいたのだ』


「えっ……なんで……」


『その正体は桔梗。六代目の妻であり、の祖母だった』


「ちょ、ちょっと待ってください……」



 まさか身内が……?


 それも六代目の奥さんが阻んでいたなんて。六代目の妻はどうしてそんなことをしたんだろう。


 というか今、恋夜さん「」って言わなかったか?


 七代目候補って女の子だったのかよ……。



『てっきり天音光輝は男子だけが継ぐかと思っていたか?』


「そう……っすね……。正直そう思ってました」


『ふふっ、素直だな。気にする事はない。桔梗も同じように考えていたからな。実際、六代目までは全員が男だった。七代目は異例だったのだ。その異例さがその後の継承の阻止にも繋がってしまうのだがな……』



 自分の名前だから、この名前を女の子が名乗っている姿が想像できなかった。



「何か名乗らせたくない理由でもあったんすかね?」


『いや、名乗ることというよりも、孫がが、桔梗にとっては不幸なことだったのだ』



 おれはなんだか自分の名前が嫌がられているようで、少しだけムッとしてしまった。



『彼女がそう思うのも仕方のないことだったのだ。お前にとっては自分の名が貶められているようで面白くはいだろうがな。ちゃんと理由を教えてやる』



 そうは言ったものの、その先を言うのを躊躇っている様子にも見える恋夜さんの顔を覗き込むと、小さく息を吐いてから静かに続きの言葉を放った。



『天音光輝の名を継承した者はな、その継承から数年のうちに、……』


「は……?」


『天音光輝を継承した者が現れると、数年のうちにこの国は大厄災に見舞われるのだ。天音光輝の継承者は皆、その大厄災から民を守り死んでいった』


「それが……継承させたくなかった理由……」


『充分すぎる理由だろう。お前にも分かるはずだぞ。今まさに、白墨の野望を阻止しようと一人戦っている里桜と同じ状況なのだから』


「……!!」



 恋夜さんの言葉は、ズンとおれの胸の奥にまで刺さった。それと同時に、六代目の妻、桔梗さんがどんな思いだったのか、少しだけその気持ちに近づけた気がした。



『歴代の天音光輝が防いできた大厄災は。時には火山の噴火による溶岩や噴石を、時には大地震による地割れや津波を、またある時には冷害による大飢饉を……継承者はそれらをのだ』


「無かったことに……?」


『そう。そもそもことにした。その身の全てを懸けてな。何も起きていないのであれば、記録にも残しようがないだろ?』



 一瞬、あまりにも突飛なその内容に、思考が止まった。

 大災害を無かったことにするなんて、そんな魔法みたいなこと……。


 それでも、目の前にいる恋夜さんのその真剣な目を見れば、嘘じゃないことなんてすぐにわかった。



『その大厄災には全て、白墨の気が混じっていた。彼らはその全てを祓ってみせたのだ。だがそんな大事を成し遂げるには、その身に宿す生命力を全て使い切る必要があった。当然、皆民を守ったその瞬間に命を落とし、塵一つ残さずに消えていった』


「そんな……塵一つも残らないなんて……そんだけのことをしたのに、誰も覚えていてくれないんすか……?残された家族は……!!」


『桔梗の気持ちが分かっただろう……。桔梗はただただ、夫を愛していた。他の民がどうなろうと、夫が生きていてくれたらそれで良いと、ずっとそう思っていた……けれど、夫は巨大な溶岩の壁の中へと身を委ね、大きな山の一部となってしまった。そして夫が命をかけて守ったはずの民たちは、そんなことも知らずにのうのうと生きていて、あまつさえ農作業のために男手を出してくれと頼んできた』


「一番辛かったのは……桔梗さんだったんすね……。他の人達は知らないのに、家族だけは、その最期を覚えてるんすもんね……」



 それでも桔梗さんは、生前の夫がよく話していた「この地の民のために」という言葉を胸に、強く生き続けたらしい。


 までは……。



 ⟡.· ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ⟡.·



 六代目が亡くなったのは、彼が二十五歳の時だったらしい。


 既に彼との間の子を身ごもっていた桔梗さんは、その後、悲しみに打ちひしがれながらも、一族の手を借りながらその子を育て上げ、その子らは天音光輝の名を継承することなく子を設けたことで、桔梗さんも幸せを噛み締めることができるようになっていた。


 孫はいつも桔梗さんの後ろをついて回るおばあちゃん子だったようで、桔梗さんもそんな孫をたいそう可愛がっていた。


 けれど、孫が七歳になった年のある日、彼女はまたその運命に打ちのめされそうになってしまう。


 いつもは自分に声をかけてから出かけるはずの孫が、その日だけは誰にも行き先を告げずに家の外へと出て行ってしまった。


 孫の両親である我が子たちが仕事で留守にしているため、桔梗さんが孫の面倒を見ていた。


 桔梗さんがちょうど庭で洗濯物を干している時、孫が一人で門の外へと出ていくのを偶然目にした桔梗さんは、なんだか嫌な予感がして、その後を追いかけた。


 孫はどこかフラフラとしながらも、その足は速く、明確な行き先があるようにも見え、桔梗さんも駆け足で追いかけた。


 そして、孫がに入ろうとしているのだと分かり、途中転んで負った傷も厭わずに、必死で孫の身体を抱きしめた。


 孫の身体を反転させ、こちらに正面を向けさせると、孫の目は虚ろで、桔梗さんの声は一切聞こえていないようだった。


 そんな孫の様子を見て、桔梗さんの嫌な予感は確信へと変わった。


 かつての夫も同じように、ふらっと散歩に出かけたかと思ったらしばらく帰ってこず、やっと帰ってきたと思ったら、以前とは比べ物にならないほどの威圧感と圧迫感を備えており、すっかり別人のような雰囲気を纏った夫になっていたことを思い出した。


 桔梗さんは、直感的にへ入れさせてはいけないと思った。


 彼女は孫を無理やり抱きかかえて、家まで全力で走った。その間も、孫は桔梗さんの胸の中で、「呼んでる……呼んでるの……」と呟いていたという。


 そうして、家の敷地へと戻ってくると、途端に孫は普段の様子へと戻った。


 桔梗さんが、一体どうしてあの場所に近づいたのかと尋ねると、孫は「朝起きたら頭の中に知らない人達の声が響いてたの」と言った。その声が響いているうちに、だんだんとぼうっとしてきて、気づいた時には桔梗さんが目の前にいたと。


 その時、彼女はもう一つのことを思い出した。


 かつて夫は、そうして帰ってきた後に「私は天音光輝にため、今日よりそのように名乗る」と言っていた。


 桔梗さんは、あの洞窟の中で何かが起き、夫が一族の始祖である天音光輝の名を継承することになったことを察した。


 慌てて孫へ名前を問うと、孫はどうして祖母がそのようなことを聞くのか分からないといった様子で首を傾げつつも、「私は伊佐那いさなだよ?」と言った。


 それに酷く安堵した彼女は、伊佐那を強く抱き締め、涙を流した。そして伊佐那の父であり、我が子である次代の天音家当主に、「あの洞窟には何があっても近づくな」と厳命し、その洞窟の入口を固く封印した。


 彼女は夫が遺した書物にも目を通していたのだ。


 その書物には、歴代の天音光輝の目覚めの時期と、その者達が成し遂げたこと、そしてその最期が記されていた。


 よくよく読んでみると、天音光輝の目覚めの時期はバラバラで、一定の年齢によって覚醒するというよりも、必要な時に素質のある者が居た場合、その者が天音光輝を継承させられるということのようであった。


 夫と同じように二十代で命を落とした者もいれば、五十代で覚醒した者もいた。


 だか、伊佐那はまだ七歳だ。


 そんな幼子にまで過酷な運命を背負わせるくらいなら、たとえ今後大厄災によって民たちが命を落とし、その罰として地獄に落ちようとも、その天命に背いてやると覚悟を決めた。


 以降、桔梗さんはその土地を離れ、一族の中でを聞いた者が現れた場合や、言動または行動に異常が見られた者が居た場合には、決してその者から目を離さないようにという言いつけを遺し、元来天音一族に伝わる書物などは全て捨て去ることにした。




 ⟡.· ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ⟡.·




「それで、今おれが自分の家系について何も分からない状況になってんすね?」


『そうだな。だが機会はあったのだ』



 やはり運命からは逃れられないのか、桔梗さんから数代経った後の天音家当主が生粋の古文書好きだったらしく、売りに出されていた天音家の古文書を生涯かけて買い戻したのだという。


 どうやら、桔梗さんもその書物を焼却することは出来なかったようで、遠く離れた地へと捨て置いたものを、流れの商人が拾って売っていたようだった。



「じゃあ……その後またどっかで途切れちゃったんすか?」


『ああ……』



 ポツリとそう返事をした恋夜さんが、徐におれから目を逸らした。その視線を追ってみると、それは机の上に置いていたミサンガに向けられていることに気がついた。



「そのミサンガがどうかしました?」


『これは……お前の祖母が作ってくれたのだな』



 急に話を変えてきた……?

 このミサンガとどう関係してくるのかが分からないまま、おれは恋夜さんの質問に答えた。



「そんなことまで分かるんすね……。そうっす。これはばあちゃんが作ってくれたヤツっす。まぁ、もらって以来全然会えてないんすけど……」



 昔、何が理由でかは分からないけど、父ちゃんとばあちゃんが喧嘩して仲悪くなって……というか、一方的に父ちゃんがばあちゃんのことを嫌ってるみたいだったけど。


 別れ際に「たぶんこれが最後になっちゃうかもしれないから」って、このミサンガをくれたんだよな……。


 今ではすっかり、顔も朧気にしか思い出せなくなっちゃったけど、このミサンガはずっと大事にしてたんだ。


 身につけて切れるのが怖くて、ずっと自分の部屋の机の上に置きっぱなしにしちゃってるけど。


 そんなおれの話を聞いて、『ふむ……』と頷いた恋夜さんがまた口を開いた。



『恐らく、途切れたのはそこだな。このミサンガからは、想いを伝えたかったという後悔の念と、過酷な運命にと抗えるようにという強い感情が伝わってくる。きっとその全てを伝える時間もないままに、お前たちとの縁が切れてしまったんだろ』



 それから少しだけ、おれと恋夜さんとの間には沈黙が流れた。



「う〜ん。じゃあ結局、おれの力は分からずじまいっすか……」



 今ばあちゃんが元気なのかどうかと分からない。うちではばあちゃんの話題をあげることがタブーみたいなところがある。


 ばあちゃんの痕跡を辿ることが出来なければ、天音に伝わる力に近づくことは出来ない。



『いや、そうでもないぞ。何も遺っていないかもしれぬと思っていたが、そのミサンガが残っていたのは幸いだった。状態も良いから、そのミサンガから辿っていくことが出来るだろう。それを持って、近いうちに出掛けよう』


「出掛けるって……どこにっすか?」


『そのにさ。そこに向かえば、お前が選ばれるかどうかも分かるだろう。お前はこの約千年に近い天音家の歴史の中でも、なのだから』


「特殊っすか?」


『そうだ。天音の歴史など一切知らず、むしろ忌避してきた両親が、奇しくも始祖と同じ名前をお前につけたのだ。これもまた不思議な縁だ。お前には何かしら力が宿っているかもしれぬ。それに、呼びかけがないのであればこちらから声をかけてやろうじゃないか。先代の天音光輝達に』



 そう言ってニヤリと笑う恋夜さんに、そんなこと本当に出来んのかよっても思うけど、そんなのももう今更だよな。


 そもそも、これまでの生活が既にありえないことだらけだ。もうここまで来たら、恋夜さんのその言葉を信じるしかないし、少しでも里桜を助け出せる可能性があるなら、そこにかけるしかない。



『もし返事が無かった時は、我が直接しごいてやる』


「ははっ♪心強いっす!!」





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