第7話 連鎖
「はい……?」
『もう一度言うぞ?初代、つまり、お前の一族である天音家を興した人物の名は天音光輝という。そう、お前と同じ名だな』
「同姓同名っすか?」
『まあ初代に関してはそうだな』
「初代に関しては……?」
『ちなみに初代とお前の他に、天音光輝を名乗った人物は五人いた』
「はあ?!」
初代が同じ名前だってのは、確かに驚きはしたけど同姓同名はそこまで珍しいことじゃない。まあおれの苗字そのものが珍しい苗字だから、その中で同姓同名の人物がいるとなると、他の同姓同名よりもレアなのかもしれないけど。
でもそれが他に五人もいるとなると話は変わってくる。
同じ一族内で名前被りしすぎだろ。初代の名前にあやかりたかったんだろうか?
にしても多すぎるよな。いや、でも世界史でうんたらかんたら十七世みたいなのいたから、全然少ない方なのか……?もうよく分かんねえ!!
『そう騒ぐな。その五人はまあ役職というか、肩書として名乗っていたのだ。ちゃんと自分の名前ももっておったぞ』
「肩書っすか?一体何の……」
『それを今から説明してやる。宇留木一族が都を去り、鈴白を我が滅ぼしてから都の祓魔の全権を任されたのが天音一族だった。その一族の中で選ばれた者が初代の名を継承し、天音光輝を名乗ったのだ』
何だっけ、前に里桜から似たような話をしてくれたような……。
そうだ、確か歴史の授業だった気がする。名前も聞いたことないような人だったけど、後ろの席の里桜がこっそりと「こっちの名前なら光輝くんも聞いたことあるんじゃない?」って教えてくれたんだった。
教科書に記載されていたのはその人の本名で、よく知られている名前とは一文字も被っていなかった。その偉人の名前も実は他に何人も同じ名前を名乗っている人物がいたけど、一番有名なのが、その四代目の人だって話だった。
その時も、この人とおれが良く知っている偉人って同一人物だったのか?!っていうのと、他にも何人か居たのかよ?!って両方で驚いたっけ。それと同じか。
『初代の天音光輝。彼ももともとは名も無い少年だったがな』
先ほどまでとは打って変わって、恋夜さんの目はとても慈愛に満ちたような、そんな優しい目をしていた。おれに目を向けているけど、おれを通して誰か遠くにいる人を見ているようでもあった。
「名前、無かったんすか?」
『ああ……ちゃんと自分の名前をもっているようだったが、彼はその真名を生涯明かすことはなかった』
じゃあいつから天音光輝ってなのるようになったんだ?
ていうか、恋夜さんって初代とも交流があったのかよ。改めて生きている時間が違うんだなと思わされる。そうだよな、里桜が生きていた時代だって歴史の教科書に記載されていないほど昔のことなのに、それよりももっと前から生きてるんだもんな。だとしたら、恋夜さんが初代と出会ったのも、恋夜さんからしたら最近の事なのかもしれないな。
「初代がこの名前を名乗るきっかけになった出来事でもあったんすか?」
『……我だ。我が、彼に光輝という名をやったのだ』
「恋夜さんが……?」
恋夜さんは一度大きく深呼吸をしてから、また口を開いた。
『天陽の侵略によってオシトナと莉桜を失った我は、恥ずかしいことだが怒りに飲まれ、この身を闇に堕としてしまった』
前に莉桜さんが少しだけ話してくれた話だな。
天陽への復讐に賛同した仲間の精霊と共に都へ攻め込んだって。
「確か、その戦いで恋夜さんは封印されることになったって……」
『……そうだ。既に権力に溺れ、まともに祓魔の任務をこなすことも無くなっていた奴らは、我らが瞬く間に鈴白の一族を飲み込んだのを目にした途端に逃げ出した。都中の祓魔師たちがそうやって逃げ出す中、一人の少年だけが一つの祓魔具を手に、我らの前に立ちふさがったのだ』
「よくそんな中一人で……もしかして、それが……」
『ああ。それに、その少年は我らのことを討たなかった。我らの身を包む闇だけを祓いよったのだ。彼がもし、他の祓魔師と同じであれば、我ら自身のことを躊躇なく滅しようとしたはずだが、彼は他の奴らとは全くと言っていいほど違っていた。彼はもう一つの晴夜の姿でもあったのだ』
「もう一つの晴夜……?」
『我ら晴夜は天陽と戦い滅びた。彼ももともとは天陽の権力が及ばない地域に暮らしていたものの、彼の里は天陽と争うことなく帰順した。だがそれにも関わらず天陽は自分たちの色で彼の里を塗りつぶしたのだ。それならば、自分も晴夜の民たちのように戦ったうえで家族と共に散ってしまいたかったと嘆いていた。彼は我らを晴夜の勢力と知っていたから、我らそのものを討とうとはしなかったのだ』
「なんか……今までこの国をどうとかって思ったことなかったすけど、知らなかった歴史を知るたびに嫌になってくっすね……」
『だから残していないのだ。歴史は民に誇りをもたせるものでなければならない。こんなに残酷なことをしていたのだと言われて、民が自身の出生に誇りをもてるはずがない。だが、よく聞け光輝。今の話しは事実ではあるが、これはあくまでも過去の話だ。もう過ぎ去ったこと。過去を忘れることはあってはならないが、その反省を次代に活かしていくことは良いことだ。現に今の世では争いが起きていないだろう?平和な国になったじゃないか。少なくとも、我からは今の天陽は昔の天陽とは全く別の国であるように見えるぞ』
いや……当事者である恋夜さんがそれでいいって言うなら、ここで終わらせるべきなんだろうけど、なんかモヤモヤするな。でも、そうか。この国が過去に二分されていたなんて話は歴史の時間でもやらないから、みんなにとってはそんな事実がないってことなんだもんな。今を生きる晴夜の末裔も居るだろうけど、その人たちも自分が晴夜の末裔だなんてことは知らない。そもそも晴夜って名称も、大社の名前くらいしか思い浮かばないかもしれないんだもんな。
『っと話が逸れたな。まあその少年のおかげで我も怒りから解放された。そして、我らにまた生きる輝きをもたらしてくれた月光に照らされた少年に、我は名前を授けることにした。我らと同じように、闇に飲まれた者たちを照らしてくれる、その月光のような優しい光になってほしいという願いを込めて、光輝と……。天音の姓は、その少年が妖狐退治の功績を評価されたことによって時の帝から授けられた姓だ』
初代に名を与えた後、恋夜さんは自ら初代に自分を封印するよう頼んだらしい。怒りの闇からは解放されたものの、その身に纏う闇を全て祓うことが出来たわけではなかったみたいだ。
初代は恋夜さんを大きな岩に封印した後も、岩の中に居る恋夜さんに話しかけたりして交流を続けていたという。
「そうだったんすね。てか、そんだけすごいことやった人なのに、何で名前が残ってないんすか?歴史の教科書にも確か、祓魔師の名前が一人載ってたような気がしたんすけど、それ天音じゃなかったはずです」
そうだそうだ、話している間に思い出した。
歴史の教科書にも、大昔に祓魔寮という組織があって、そこに祓魔師たちが居たって書かれていたのは覚えている。里桜こういう話好きそうだなってぼけっと見ていただけだから、内容を明確に覚えているわけではないけど。
でもその記述内容は、彼らが行っていた業務は暦を作ることとかそんな感じだったはずだ。よくゲームやマンガにもなっている祓魔師のイメージとはかけ離れているもので、だれしもが知っている祓魔師のキャラと言えば、水狼龍牙だもんな。おれでもそのキャラは知っているくらいだし。
『あやつはあまり表に出ようとしなかったからな。それに、あやつが生きている間、その子や孫が大きな功績を残したということも無かった。だが、それは彼らが無能だったということではない。彼らは彼らであやつの心を継いで、名誉よりも誰かのためにと動く者らで、近隣の住民たちの頼りとなっていた』
「なんか、いいっすね、そういうの。おれ今ちょっと嬉しいっすよ。ご先祖様たちがそういう人たちなんだって知ることが出来て」
都を救っただなんて偉大なことを成し遂げたのに、誰にも覚えられていないなんて、正直納得がいかないと、また少しだけモヤっとしていたけど、恋夜さんの言う初代の人柄からしたら、むしろ初代の望み通りの結果になってるんだもんな。
それに、その後の人たちも陰ながら自分の手の届く範囲の人たちの助けになろうと、自分たちで決めて動いていたのであれば、それはもうおれが怒るような話でもないもんな。
今を生きている人たちが知っていなくても、その時を生きていた人たちはきっとご先祖様たちのことは忘れていなかっただろうし。
こうしておれも知ることができたし。
「恋夜さんが覚えててくれてるから、きっと初代さんたちもそれで満足したんでしょうね!」
『……!!そうだと、いいんだがな……ふふっ』
きっとそうだろ。今頃天国で皆でのんびり過ごしてるだろ。てかそうしていてもらいたい。
「あれ?でもそしたら、その初代のお孫さんの後に天音光輝を名乗ったご先祖様が五人いたってことになるんすか?それはどういう経緯でそうなったんすか?」
『そやつらはな、最初にも言ったように選ばれたのだ』
「選ばれた……?一体誰から……」
さっき聞いていた時に少しだけ違和感を覚えていた。
もし「天音光輝」という名前が、それこそ帝が指名する祓魔師のトップとしての役職名となっているのであれば、血筋は関係なくなっていくはずだ。それでも、恋夜さんの話だと、おれから初代という血のつながりの中で、他に五人いたということみたいだし……。
『先代の天音光輝からさ。今までに名乗った者たちは皆そう言っていた。ただ、その連鎖も六代目を最後に途切れてしまったがな』
「え……どうして……」
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