第5話 また会えたな……

「久ぶりっすね、恋夜さん」


『ああ、そうだな……』


「無事でよかったっす。身体はもう大丈夫なんすか?」


『……ああ、だいぶ良くなったよ』


 修行のためにペアを組んで、一緒に過ごすようになったものの、恋夜さんはどこか迷っているような、心ここにあらずというか、今みたいに話しかけても、何か考えているのか、少しだけ上の空気味に返事が返ってくるだけだった。


 前にあの参道で話した時は、もっとラフな感じで話すことが出来ていたんだけどな……。


 おれがいくら話しかけても、恋夜さんは一言、二言話すとまた黙ってしまう。そんなやり取りの繰り返しだったけど、おれは諦めずに恋夜さんに話しかけ続けた。すると、流石にしつこかったのか、おれの話を遮るようにして恋夜さんの方から声をかけてきた。


「あ、そうそう。そういえば今日ツナグが―――」


『お前は……!……光輝は……我を恨んではおらぬのか……?』


「はい……?」


『我があの時声を掛けなければ、あの小娘は奴に見つからずに済んだかもしれない……今回だけではない。かつてのあの時だって、我が莉桜をもっとしっかり止めておけば……。我が関わるたびに、我から皆が遠ざかっていってしまう……』


 突然何を言い出すのかと思いきや……。


「でも、こうして恋夜さんが戻ってきてくれなきゃ、里桜の居場所の手がかりは見つからなかったわけですし。てか、恨むにしても、恋夜さんのどこを恨めばいいんすか?」


『本当に何のことか分からないというような顔をしおって……いや、昔からお前はそういう奴だったな……』


「またまた、昔って……おれたちが出会ったの、言うて半年前っすよ!」


『……ふふっ、まあ今はそれでよい。すまんな光輝、我から修行の必要性を説いておいてからに。もう少しだけ待ってくれ。きちんと心の整理をつける』


「……?とりあえず了解っす!」


 よくは分からないけど、久しぶりに恋夜さんが笑っているところを見られたからいっか。



 ⟡.· ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ⟡.·



 それから数日、恋夜さんは少しずつまた話しかけてくれるようになった。


 既に宇留木たちが修行を始めているという話を聞かされた時は、当然焦りはしたけど……。


「ねえ、その……大丈夫だよ。上手く言えないけど、アンタなら大丈夫だよ。じゃ、じゃあそれだけだから……」


「ツナグ……!」


「お前やっぱいいやつだな~!!」


「ちょっとあんまりぐいぐい来ないでってば!!他の子たち来る前に席戻って!!」


 前にも似たようなことがあって、その時は里桜が今のツナグと同じように声をかけてくれたんだよな。


 まだ中学の時、卓球の調子がすこぶる悪くなった時期があって、練習試合でもずっと負け続きだったタイミングで出ることになった小さな大会があった。


 その日も朝から感覚がしっくりこなくて、気持ちが荒んでいたおれに対して、どう声を掛けたらいいか分からなかったチームメイトたちは、とりあえずそっとしておこうと思ったんだか、おれから距離を取った。けど、ずっと心の中からあふれ出てくる焦りや不安の気持ちは、独りになればなるほど濃くなっていって、おれはそれに飲み込まれそうになっていた。


 でも、そんな状態のおれに声をかけてくれたのが、当時は敵チームに居た里桜だった。


 いつもの大会で会った時と同じように、全然気を遣った素振りも見せないで近づいてきて、いつもと同じ力加減でおれの肩を叩いて言った。


「大丈夫。きっと光輝くんは大丈夫だよ。直感だけどね♪」


 その口調や声の高さは違うけれど、「焦るな、自分のペースでいこう」って伝えようとしてくれる気持ちはちゃんと伝わってきたよ。


 それに今回は以前のような、おれ一人の戦いじゃない。今回はダブルスなんだ。おれと恋夜さんとのダブルス。


 ダブルスはどちらか一方の調子が悪いとバランスが崩れてしまうのは当然のことながら、どちらか一方の調子が良すぎてもいけない。


 自分のペアの性格や人柄次第では負い目を感じて更に調子を崩してしまう負の連鎖に陥ったりする。今はきっとこの状態だ。恋夜さんの気持ちのどこかに、まだ何かが引っかかっているみたいだった。


 卓球は良く技術に目が行きがちだけど、最も重要なのは精神面の影響の方だ。どれだけ強い相手とやったところで、相手のメンタルが崩れていれば、プレーは雑になり、ミスが増え、そのミスによって更に精神が不安定になり……と勝手に向こうが自滅していくパターンはそう珍しくない。


 逆に技術の調子もそこそこ、気持ちの昂りもそこそこ、という奴が試合の経過に連れてボルテージを高めていき、結果的に気持ちに身体がついてくることでそれまで以上のポテンシャルを発揮するやつもいて、こういう奴が案外どんでん返しを起こしたりもする。


 だから今は、恋夜さんの気持ちがもう少し落ち着くまで、ゆっくり待とう。


 大丈夫、そうだ、大丈夫だ。


 ああ見えて里桜はなんだかんだしぶといところがあるからな。それに案外諦めが悪いところもあるし。


 里桜、絶対助けに行くから、もう少しだけ待っていてくれよ……。



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