第4話 沙十南と祖父が遺したもの

『そういえば、サラはどうやってその術を扱えるようになったんだ?昔と比べて人間に悪さをする奴らはだいぶ減った方だと思うんだけど……宇留木の家では今でも術を継承しているのか?』


「ああ、これはじいちゃんから教えてもらったんですよ。もう亡くなっちゃってるんですけどね」


『あっ、ごめんよ……』


「大丈夫ですよ、ちゃんとじいちゃんが残してくれた物があるので。そうだ、良かったら莉桜様、今日ウチの家に来ません?一緒にじいちゃんの残した書物見てほしいんですよね」


『宇留木の残した書物か……うん!興味ある!』


「そしたら決まりですね。じゃあ今日はウチで資料漁りですね」



 里桜が居なくなってからはウチと居ることが多くなった莉桜様は、時折ツナグの元へ飛んでいったりしつつも、こうしてふよふよとウチの周囲を漂っている。


 授業中は退屈してしまうのか、教室内をうろうろと歩き回ったり、居眠りをしている男子生徒の頭を小突いたりして遊んでいた。


 まるで小さい妹が近くで遊んでいるみたいで、ついつい莉桜様の姿を目で追ってしまい、「話を聞いてるのか」と先生から注意されることもあった。


 そんなウチの事を見て悪戯っぽく笑う莉桜様の顔を見ると、ほっこりした気持ちになった。

(見てて飽きないなあ。里桜もこんな気持ちで眺めてたのかな……)



 そんなことを思いながらその日の授業を全て終えて、ウチは莉桜様と共に家に帰った。


 父さんと母さんはまだ仕事から帰ってきていないみたいで、他の住宅では窓に明かりが灯っている中で、ウチの家だけが真っ暗だった。



「莉桜様ちょっと待ってくださいね、先にご飯作っちゃうんで」



 きっとこの時間に居ないのであれば、二人とも今日は夜勤なんだろう。それならせめて一言連絡入れてくれてもいいのに。


 なんて心の中で愚痴をこぼしながら、適当に調理を進めていく。


 今日のおかずは青椒肉絲。ピーマンを切って肉と合わせて焼くだけ。味付けも醤油、みりん、酒だけで適当に作ってしまった。


 調味料さえこだわらなければ簡単に作ることが出来るから、だいたい手を抜きたい時はこれを作ってしまう。



『ん~良い匂い!サラ、それ私ももらっていいか?』


「え……まあいいですけど」



 小皿に少しだけよそい、お箸と共にテーブルの上に出してあげると、莉桜様は少しだけ使いづらそうにしながらも、一生懸命にピーマンとお肉を口に運んでいた。


 莉桜様の手には少し大きすぎたかな、あのお箸……。



『おいひぃ……!!おかわり!!』


「……ふふっ!良いですよ。まだありますから」



 にっこにこでお皿を差し出してくる莉桜様の顔を見てると、こちらまで頬が緩んできてしまう。


 莉桜様が食べたとは言っても、物だけは皿の上に残っているものだから、ウチはそれを食べたんだけど、ほんとに味がしなかったことには驚いた。


 それでも、誰かがこうして一緒に食べてくれるのって嬉しいよね。

 父さんと母さんの前では強がってしまうけど、やっぱり一人でご飯食べてる時ってすごく寂しいし。




⟡.· ⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯⎯ ⟡.·




 ご飯を食べ終えた後はウチの自室に移動して、改めてじいちゃんが残してくれた資料を莉桜様と共に見ていくこととなった。



『なるほどなあ~少し物語としての色が出てしまっているけど、確かに大体の話しは合っているな』



 まず最初に見せたのは、以前ウチが目を通した『妖狐討滅記』だったのだが、どうやらすっかり事実が書かれているというわけではなかったらしい。



『そうだ、サラはよく堕ちた精霊たちを滅する時に札を使っているよな?あれはどうやって作ったんだ?』


「ああ、あれはこれを見て作ったんです」



 この冊子だけはよく使うからと、箱の名から出して机の上に置いていたのだ。


 その冊子は表紙から中身から、そのすべてが奇怪な文字で記載されているためにどんな内容が書かれているのか分からなかったのだが、じいちゃんの残したメモ書きが挟まっていたのだ。



“悪いものが現れたときはこの頁の文字を書き写した紙を投げつけなさい。そうすれば沙羅や友人たちの身を守ることが出来る”



 他の書物には現代語訳したものを書き残してくれていたのに、何故かこれだけはどんな内容が書かれているのかが残されていなかった。


 この書物だけ唯一となると、じいちゃんが狙ってそのようにしたのだろうということは想像がつくけど、そうなると余計にその内容が気になってしまうもので。


 とは言っても確かめようがないから、最近はもうほとんど気にならなくなってきていたのだが、莉桜様なら何か分かったりしないだろうかと、また好奇心が顔を覗かせ始めてしまった。



『こんなのよく残してたな!!もしかして、サラはこの冊子の全容を把握してたりするのか……?』


「いや、それがこの冊子だけが内容が分からなくなってて。じいちゃんが敢えて翻訳しないで残していったと思うんですけど」


『だとしたら、サラのおじいさんはよっぽどサラのことが大事だったんだろうな』


「それはどういう……?」



 その冊子の頁をパラパラと軽快に捲りながら、莉桜様はじいちゃんがどんな人だったかを想像したのか小さく微笑んだ。



『これらの文字はね、宇留木だけじゃなくて当時の祓魔師たちが使っていた術の組み方が書かれているんだ。この文字はその時に使う専用の文字という感じだな』


「それをどうして隠す必要があったんですかね?じいちゃんが生きていたころの私は、彼らの姿が見えるだけで、そんな力を使う事なんてできなかったんですよ?私がそんな術使えるかも分からないのに……今だってじいちゃんが言った通り、守りたいって願いながらお札を投げつけているだけで……」


『充分使えているじゃないか。おじいさんはきっと、サラが術を使うことが出来ると分かっていたんだよ。祓魔師というと、悪さをする精霊たちを退治する正義の味方という姿が想像できると思うけど、そういうものだけではなかったんだ。政敵を討つために雇われ、人に向かって術を掛けるものも居れば、純粋に力を追い求めた結果、術に溺れて自我を失い、仲間だった祓魔師に討たれる者も居た。そういう風になってほしくなかったんだと思うよ。けれど、自身の身とその友人を守護するだけの力は与えたいとも思っていたんだろうね』


「だから……この頁の術だけを……」


『私が知っている宇留木は沙十南だけだったけど、心核の中で過ごしている時に人々が話している内容を聞いて知ったんだ。宇留木の一族は代々天陽の都を守護してきた素晴らしい一族だったそうだよ。それに、私が出会った沙十南は歴代の宇留木の祓魔師の中で最も優れていた人物だったみたいだ。術も、人格もね……。これはその沙十南が書き記したものみたいだ』


「じいちゃんは、ずっと一人でそんなものを守ってきていたんですね……」


『そうだね。これだけ古い書物が状態よく残っているんだ。これらを見れば、サラのおじいさんの意志の固さが伝わってくるよ。それに……ちょっと待て、これは……!!』



 頁を丁寧に捲りながら話していた莉桜様が、次の頁を開いた途端にその目を大きく見開き、その手を止めた。


 一体何が書かれていたのだろうかと私も覗き込んでみるものの、やはりそこには先ほどと変わらず得体の知れない文字が書きなぐられているようにしか見えなかった。



『沙十南のやつめ、こんな術まで完成させているとはな……!!いや、一番の功労者はこれを失わずに保管していたサラのおじいさんだ!!』


「あの……何が書かれてたんです?そんなに興奮するようなことって」


『沙十南はその生涯の中で数度、あの汚泥と対峙したことがあったみたいなんだ!!それだけじゃない、最初に対面した時は撤退しているものの、その経験からあの汚泥が死者に近い性質を持っていることに気が付いて、より対人間に近い術を生み出し、その後は汚泥の撃退に成功している。これはその術の組み方だ!!沙十南はその汚泥の正体まではつかめなかったものの、汚泥がその後も現れることを想定して術を残しておく、と書かれてある。サラ、お前のおじいさんが大切に守り抜いたおかげで、今こうしてお前にこの術が伝わることになったんだ!!』


「じいちゃん……」



 莉桜様はその後、残りの頁をさらっと流し読みすると、一度冊子を閉じてその表紙に書かれた文字を指でなぞりながら、懐かしそうに見つめていた。


 そっか。じいちゃんはちゃんと、心から信じてくれてたんだ。


 昔からじいちゃんはウチが精霊たちの姿を見ることが出来ることを信じてくれていたけれど、大きくなっていくにつれて、あの時信じてくれていたことの嬉しさを思い出すとともに、きっとじいちゃんは可愛い孫のことを傷つけたくなくて、そう言ってくれてるのかもって、どこか心配になることも増えていた。


 でも、じいちゃんはちゃんと自分の家の、宇留木の一族に誇りを持っていて、それを一人でも残していこうとしてたんだ。それに、ウチがちゃんと力を使うことが出来るようになることも信じて、そして、その力に飲み込まれないようにって、隠すところは隠してくれていたんだ。


 数年の時を経て届けられたじいちゃんの想いに触れて、ウチは胸がすごく温かくなった。



「じいちゃんのおかげで、私もあの汚泥と戦うことが出来るかもしれない……」


『じゃあ、サラの修行はこれだな♪』



 ウチの顔をちらりと見てから、莉桜様は笑顔でそう言った。



「え……?この冊子ですか?でも良いんでしょうか……じいちゃんはそれが危険だからって一つの術しか残しておかなかったんですよね……?」


『それはこれらの術を使うための心が基準に達していなければ、という前提での話だよ。サラはもう十分というほど、たった一つとはいえども、その札で何度も私やコウキ、それに里桜のことも守ってきたじゃないか。私が言うんだ。大丈夫、やってみようよ。今度は里桜を取り戻すためにその力を強化させるんだ』



 なんか、久々だな……この感じ。


 里桜がウチを受け入れてくれた時も、こんなふうに、ポカポカしたような気持になったっけ。やっぱり、どこかしらで二人は似てるところがあったんだろうな。


 誰かを勇気づける、「桜」の文字を持つ二人の言葉には、そんな力があるんじゃないかって、改めてそう思わされた。



「分かりました。ウチ、頑張りますから!」


『うん!その意気だ!!』


「よーし、じゃあまずは何からやります?修行っぽく座禅とか精神集中みたいなことしますか?」


『ううん、今からやるのはこの祓魔文字の書き方の練習と、意味の把握だよ♪』


「え……もしかして……もしかしなくても、座学ですか……?」


『そうなるな!!この文字はよくできていてな、ちゃんとした書き順で、ちゃんと文字の意味を把握したうえで、術者がその文字に心を籠めないと真価が発揮されないようになっているんだ。すごいよな!』


「そ、そうですね……」



 これからやるのがひたすらこのミミズがのたうち回ったような文字の習得だと考えると、少しばかり億劫な気持ちになってしまう。



(ウチ、英語すらあまり得意じゃないのに……)



 とはいえこれも里桜を取り戻すためだ。



 絶対に習得して見せる……!!

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