聖女の母になりました(短編)

雨傘ヒョウゴ

聖女の母になりました





 小さなあばら家に住んでいた。話し相手と言えば、くまやら、うさぎやら、狐たちばかりで、あとは時折ふわふわと不思議なものも飛んでいる。朝になれば、くまの背中に乗りながら、のしのし歩いた。おはよう、おはよう、とみんなに挨拶をして回る。


 ここはおばけの森。こわい、こわいおばけ達がたくさんいる。だから近寄ってはいけないよ。誰しも知っている脅し文句だ。なのに肝試しとばかりに忍び込む子どもたちや、時折来る大人を、がおう、と幾度も脅かして、追い返してを繰り返した。


 そんな私でも、さすがに見てみぬふりができないものだってある。

 緑の木々を縫って歩いて、色とりどりの花畑にたどり着いたとき、おぎゃあ、と声が聞こえた。太陽のきらきらとした輝きにも負けないくらい、真っ白な色合いの女の子だ。小さなカゴにはいって、おぎゃあ、おぎゃあ、と泣いている。


「え、ええー……」


 子供が来たことは何度もある。でもそれも追い返しているうちに、この頃はてんでやっては来ないし、おばけの森から不気味の森、とすっかり呼び名を変えられていることも知っている。

 彼女は小さい手のひらを、必死にほにゃほにゃと伸ばして、おさるのような顔をくしゃっとさせた。


「え、ええ、ええー……」


 どうしたものか、と動物たちと顔を見合わせて困り果てると、はたまた赤ん坊が泣き始めた。「あわ、おお、あわわ!!」 急いでくまから花畑に飛び降りた。私自身の体も小さかったから、必死でふらつきながら持ち上げて、落としてはなるものかと小さな赤ちゃんを抱き上げた。ぴたり、と泣き声が止まったときにはホッとしたのに、すぐさま爆音が聞こえた。「う、うわあー!!」 どうしよう、と泣きべそをかきそうになったのはこっちの方だ。





 彼女は真っ白な赤ちゃんで、女の子で、名前もなかった。だから私は真珠と名付けた。パールと言う呼び名の少女を拾ったとき、私はたがだか6歳の頃で、自分の世話だってろくにできない頃だった。毎日、あんたなんかあっちに行っちゃえ、と伝わるはずもない言葉を叫んで、そのあとすぐに後悔した。まだ意味なんてわからないで。わからないよね? わかってたらどうしよう。


 こっちのことなんてまったく気に留めることもなく、パールはどんどん大きくなる。寝転がってどこまでも進んでいくものだから、家中の布とクッションをパールの周囲に敷き詰めて、ほっと一安心したのもつかの間、今度はハイハイをマスターした彼女は、私が必死で作ったバリケードを乗りこえて、ずんずん進んでいく。


「こら、まて、こらこら、危ないったら!」

「だー、あー、あうっ!」


 真っ白い赤ちゃんは元気に育って、真っ白い子供になった。夜中は泣くし、頭がおかしくなりそうだった。飲み物はふわふわ漂う彼らが教えてくれた葉っぱを煎じて、必死にあげた。眠いと言っているのか、不機嫌なのかわからないから、夜中はたくさん背中をたたいて、ねんね、ねんねと繰り返した。それでも、あんまりにも苦しくなったときは、家から飛び出して、耳を塞いだ。なのにどうしてもパールの声は聞こえるから、ふぎゃあと私も一緒に泣いて、ごめんねと抱っこした。


 ゆっくりと夜が更けていく。

 きらきらのお星さまを窓の外から見つめて、あたたかい彼女を抱きしめた。すべすべのほっぺを合わせて、こぼれ落ちる星の数を、二人で一緒にたくさん数えた。


「いーち、にーい、さーん、ごお」


 何度言っても、よんが消えてしまうパールの隣に座って、上手だねえ、と笑った。

 こうして、私はとても至らなかったけれども、母となった。おかあさん、と私のエプロンを引っ張るパールが、すっかり大きくなって、学園に行くこととなったのは、ついこの間のことだ。

 愛らしい、でもちょっと憎たらしい赤ちゃんは、すっかり可愛い女の子に変わっていた。




 学園に行くことは、全ての国民の権利である。たとえ戸籍がなくても、拾われっ子でも、誰しもが平等に教育を受ける権利がある。漂うふわふわ達から教えてもらったことだ。


 だから私と一緒にこんなところに引きこもっていては大変だと急いで送り出したのは最近だ。私と違って社交的で、可愛らしいパールは、すぐにたくさんの友達ができたらしい。定期的に届く手紙の中には、どんどん新しい人たちの名前が乗っている。覚えるのも一苦労なのに、何度もパールの手紙を読み返したから、すっかり諳んじることもできるようになっていた。そんなときだ。


 鳥の配達屋が持ってきて、ことん、とポストに入った音がしたから、そっと郵便受けを覗いてみた。足元ではうさぎたちがぴょこぴょこと顔をだして、鼻をひくつかせている。どうぞ、とパールの封筒を目の前にかざしてみると、満足げに匂いを吸い込んで、耳を嬉しげに揺らしていた。


 縁に可愛らしい花の模様がついている封筒は、ここ最近のパールのお気に入りだ。


 家に入る前に、待ちきれなくて、ゆっくりと封を開けた。すると、よくわからない言葉が書かれていた。ひっくり返してももちろん変わらない。「ん、ん……?」 もう一回読んで見る。おかあさん! と元気な書き文字はいつものことだ。



『おかあさん! 私、聖女になったみたい』



 端的に書かれた言葉を見て、一体どういうことかしら、と頬に手を当てて考えた。どうやら、うちの娘は聖女になってしまったらしい。




 ***




 真っ白だった女の子は、不思議な魔力の持ち主だった。


 ぴかぴか光った魔力を見て、誰しもが彼女を聖女と言った。まあ、自分でも、わけがわからないんだけど、色んなことができるんだよ、と嬉しそうに言葉を跳ねさせるパールの姿を想像して、とにかくまっすぐでぶつかりやすい彼女を案じた。パールは私よりも社交的で、可愛らしくて、元気な女の子だけど、好奇心が強すぎるのがたまに傷だ。おでこやお膝、色んなところに傷をこさえるものだから、いつもひやひやして薬を塗り込んだ。


 そんなことよりも、と言葉は続いた。


『今度、夏休みにはそっちに帰るからね!』




 ***





 待ちわびた私のもとにやって来たのは、これまた大勢のご来客だった。


「ちょっと! 私は家に帰るだけっていうのに、なんでこんなわちゃわちゃ来るの!」

「当たり前だろう! お前は聖女なんだぞ! そもそも王都からこんなに離れるなんて本来なら許されない!」

「実家に帰るのに許すも許されないもないでしょうが! 邪魔よ! 図体ばっかり大きくて馬車が息苦しくてたまらなかったわ!」

「立派に育ったんだから仕方ないだろう! 縮めるものなら縮んでいる!」

「ならせめて凹みなさいよ!」

「むちゃくちゃ言うな!」


 けんけんしている。

 パールの周囲には、真っ青な男の子と、真っ赤な男の子、それから呆れたようにため息をつく緑の子に、けらけら笑う黄色い子。なんとまあ、色とりどりなんだろう。真っ赤な子と、パールは互いに指をさして言い合っていて、彼らの名前をきいたところ、パールの手紙に書かれていた人たちなのだとわかった。


 出迎えた私は、すっかり彼らの前で固まっていたのだけれど、その中から「まあまあ」とゆったりとした声を出してパールと真っ赤な子の肩を叩いた、真っ青な男の子が、「お姉さんも困っていますよ。王子、まずはご自宅の方に挨拶をなさらねば」 王子だと。


 それもそうだ、と慌てて胸をはった彼は、この国の第二王子であると名乗った。恐れ多くも手のひらを交わして挨拶を行い、それでもぶつくさ呟くパールに、王子は怒鳴った。それを負けじと跳ね返した。うちの娘は強すぎる。お腹の辺りがキリキリする。緑と黄色の子達は我関せずと言った様子だ。


「仲がいいことは結構ですが、せめて僕らに挨拶をさせてください」

「仲がいいわけないでしょ!」

「そうだ、いいわけがないだろうが!」

「落ち着いてください。はじめまして、僕はアガットと申します」


 次々に名乗る彼らに頭を下げて、王子の護衛やら、宰相の息子やら、伯爵家の長男やらと言葉を交わす。それから、アガットと名乗った真っ青な、王子の護衛である少年は、きょろりと周囲を見回した。「それで、お母様はどちらに?」「え?」 パールがパチパチと瞬いている。次のパールの言葉に、彼らは一様に首を傾げた。「そこにいるわよ。さっき挨拶したじゃない」


「お母さんは、私と6つ差だもの」


 年は二十歳をちょっと過ぎたくらいよね? と私に確認しながら告げた彼女の言葉を、彼らはじっくりと飲み込んで、とにかく大声を出した。どれほどの言葉が、森の中に響いたのかわからない。ざわついた木々の間から、驚いた動物達がぴょんぴょんと顔を出して、何事かと問いかけている。大丈夫、と手のひらをふると、尻尾を最後に見せて消えていく。

 困った。


「はじめまして、パールの母です。娘がお世話になっております」


 なんとも言えない気持ちで苦笑をして、カチコチに固まった彼らに、改めて頭を下げた。

 そんなこともお構いなしに、「おかあさん、お腹が減った!」と飛びつく娘をおかえりなさいと抱きとめた。




 手ずから育てた娘は聖女だった。

 互いに牙を見せ合いながらも喧嘩をしていたくせに、「聖女を育てていただいて、感謝する」とひっそりと第二王子からお礼を言われた。第二王子と言えば、私の手伝いをするパールの背中を、ときおりぼんやりとして見つめていた。かと思えば、パールが振り向いて、互いに眉を釣り上げての喧嘩三昧は、食事の間中も続いていた。


 困ったものだ、と思い出しつつも、ケープを肩にかけて、ゆっくりと扉を開けた。庭には王子達が建てたテントが見える。家に泊まってくれて問題のないことを伝えたのに、いきなり来たのはこちらだから、と彼らは外に泊まると言って聞かなかったのだ。テントの中は魔法の空間になっていて、男性四人が敷き詰められようと、空間的に狭さはない。


 と、いうのに、真っ青な男の子は一人剣を抱えて、夜の空を見上げていた。私と目を合わすと、「僕は護衛ですから」とにっこりと微笑んだ。すっかり日が暮れて、頭の上ではキラキラと星空が散っている。


「もしよければなのですが」


 ゆったりとした声で、彼はタレ目な瞳をにこりと緩めた。「僕と、少し話をしませんか?」





 私はアガットと名乗った少年と、二人で外の階段に腰掛けた。ギシリと木の板が響く音がして、テントの中からはときおり騒がしい声が聞こえる。楽しそうね、とぼんやり意識を飛ばしたとき、「パールさんから話をきいていたときは、大変申し訳ないのですが、もっとお年を召した方なのだと思っていました」 わずかに言いづらそうに肩をすくめる少年の気持ちも少しわかる。


 あのお転婆なパールのことだ。ろくに説明もしていなかったのだろう。

 お母さん、とだけ言っていれば、だれだってそう思うに違いない。


「あなたのことは、よくパールさんから聞いていました。血のつながらない母子なのだと」


 パールさんは、とてもあなたのことが好きなようですね、と改めて伝えられると、ひどくくすぐったい思いがする。「でも喧嘩だって、たくさんしましたよ」 もう知らない、と泣きながら互いに背中を向けた数なんて数え切れない。「もちろんですとも」 アガットくんは人好きのする笑みで頬を緩めた。


「たくさんのことを教えてくれた、と言っていました。それこそ、一人でだって生きていけるくらいに」


 その辺りのことを言われると、少し気まずくなってしまった。パールは教えがいのある子どもで、彼女は文字通り、この森でもなく、別の森でも、一人放り出された程度ではへこたれない。野性味溢れる聖女なのだ。


 私が動物たちやふわふわと漂う彼らに教わったことを、スポンジみたいに吸収してしまった。教えれば教えるほど吸収するから、少しやりすぎてしまったところもある。「まあ、彼女が規格外の聖女であることは否定できませんが」 私の気持ちをわかってか、アガットくんは口元をひっかいた。


 ところで、その規格外、という言葉が少しだけひっかかった。規格があるということは、パール以外にも今までに聖女がいたということだ。そのことは、あまり知らない。村の話での話ならちらほら鳥達から聞こえる言葉も、王都となれば分からない。


「パールさんは、今は潰えてしまった男爵家の長女ですよ」


 これはまだ、彼女には伝えてはいないことです、と告げられた言葉に、私は瞬いた。


「潰えた?」

「ええ、彼女が聖女だと託宣があったとき、心無いもの達に屋敷が襲われてしまったと聞きます。そのとき、聖女と呼ばれた少女も消えた。けれども、きっと、這々の体で、彼女と、その家族はここまでたどり着いたのでしょう」


 誰とともに、ということは分からない。もしかすると、彼女の父なのかもしれないし、母だったのかもしれない。


「ここはあまり人が近寄らない森なのだと聞きました。なぜって、人を脅かす妖精が出るから。それはあなたのことでしょうか」

「……おっしゃるとおりです」


 誰にも邪魔をされたくなかったから、動物達と協力して、足を踏み入れた大人や子どもたちを、端から脅した。私は“捨てられた子供”だったから、とにかく牙ばかりをむき出しにして自分を守った。そんなときだ、パールが私の目の前に来てくれたのは。


 花畑の中で、おぎゃあと泣いているあの子は、宝石のようだった。ぴかぴかして、命のかたまりみたいで、きっと誰かに大切にされていたと思っていた。着ている服は綺麗で、立派で、可愛らしいほっぺだった。


「あなたが人を脅かして、誰も来ない森にしたから。だからパールさんはここに来た。ここなら、誰にも見つからないと思ったのかもしれません」


 ずっと昔、脅かした大人の中には、仕立ての良い服を着て、上品な格好をした人もいたかもしれない。私は幼くて完璧ではなかったから、妖精と思われているものはただの人間であると、きっと、その人は気がついた。「あなたはパールさんを育て上げた。でも、それ以上に、あなたがいなければ、パールさんはいなくなってしまっていたかもしれない」 あなたがいたからなんですよと。



 びっくりして、ぽろりと一つ、涙が溢れた。


 アガットくんは、ぎょっとしたように垂れた瞳を見開いた。そんな彼を見ていると恥ずかしくて、すぐさまうつむいた。片手で顔を隠しながら、「あら、まあまあ、ごめんなさい」 ごまかそうとしたのに、うまくごまかすことができない。顔を上げて、すうっと息を飲み込むと、喉の辺りが震えていた。だからやっぱり下を向いて、苦笑して、幾度も目尻を拭った。アガットくんは、わずかばかりに息を飲んで、少しばかりの指先で私の背中に触れた。それから、ぴくりと震えて、すぐに離れた。「すみません」と言葉を置いたと思ったら、今度はゆっくりと撫でて、叩いてくれた。とん、とん、と優しいリズムだった。


 とん、とん、とん……


 眠れない夜に、パールを抱きしめたその日を思い出した。涙を濡らして、泣きつかれたパールを困って抱きしめた。干し草のベッドの中には、たくさんの動物達が無理やり入り込んでいた。月の歌が聞こえてきそうな夜だった。

 パールのバカ、とたくさん怒って私だって泣いたのに、彼女とほっぺをくっつけると、ふわふわで、温かくて、全部がどうでもよくなって、ただ可愛くてたまらなかった。愛しかった。



「この話をお伝えするかどうかは、あなたに任せます」


 やっとこさ落ち着いたとき、アガットくんは静かに呟いた。少なくとも僕がすべき話ではない、とゆっくりと告げられた言葉に、そうですね、と言葉を返した。伝えるべきか、どうするべきか。まだその判断は私にはつかない。「ありがとうございます」 立ち上がって、こちらに差し出された少年の手のひらを握りしめた。ゆっくりと私よりも高い彼の背を見上げた。


「実のところ、パールさんからあなたの話ばかりを聞かされていたものだから、僕は一度、あなたと話をしたいと思っていたんです」


 それは一体どんな話なのか。想像すると恥ずかしい。パールのことだ。きっと余計なことばかりを言ってしまっているに決まっている。「あなたがうっかりパールさんの好物を食べてしまったときは、三日三晩争ったとか」「やっぱり!」 想像通りだった。


 もうちょっと、言うべきこともあるでしょう、と娘の顔を思い出して思いっきり眉をひそめていると、「嘘です。他にもたくさん」 きいていますよ、と呟かれた彼を見ると、アガットくんはピタリと言葉を止めた。少し長く見つめ合ってしまったかもしれない。彼は困ったように視線を逸らした。


「い、一応お伝えしておきますが、僕は学園に入学したばかりのパールさんより、学年が上ですから、あなたとの年の差は、ほんの3つばかりです」

「あら、そうでしたか」


 心の中ではすっかり少年、少年、と言ってしまっていた。「年が、下なことに違いはありませんが……」 どんどん声が小さくなってうつむくアガットくんを覗き込むと、彼はきゅっと唇を噛み締めた。「あの」 アガットくんが声をあげたときに、ぱたりとパールが扉をあけた。「お母さん? アガット先輩? 何をしているの?」


「パールさん」と、娘の名前を呼んだのはアガットくんだ。すぐさま彼は崩した顔を引き締めて、「改めましてご挨拶をしていたのですが、少し長くなってしまいました」「あらそうなの。ねえ、お母さん。そろそろ寝よう」 外も寒いし、先輩もほどほどにね、と挨拶をしてにっこり笑う娘は私の手をひっぱって、部屋の中に連れ込んだ。


 ぺこりと頭を下げるアガットくんにこちらも会釈して二人で藁の布団に潜り込んだ。こしょこしょと、まるでないしょ話みたいに、彼女と顔を合わせて、小さな声を出した。


「一緒に眠るの、久しぶりだね」

「そうね」


 パールが学園に行ってしまってから、少しばかり布団が寂しかった。「ねえ、お母さん。アガット先輩はどうだった? いい人でしょう」「ええ、そうね。海みたいに真っ青で、とっても優しい人だった」


 海なんて、見たことがないけれど。

 ふわふわと漂う彼らに教えてもらったことだ。私は彼らにたくさんのことを教えてもらって、それをパールに伝えた。「真っ青って」 パールが呆れたような声を出した。「アガット先輩は真っ赤な髪なのに。お母さんって、いつも不思議なことを言うのね。私の髪も瞳も真っ黒なのに、真っ白なんて言って、こんな名前をつけるんだもの」「だって私にはあなたは真っ白に見えるんだもの」


 それに不思議に思う人がいるのなら、黒真珠って言えばいいじゃない。と布団の中でもぞもぞすると、「いやそういう問題じゃ」 いいかけて、まあいいか、とパールは諦めてため息をついた。「お母さんって、本当に独特だよね」「そうね。申し訳ないわね」 くすりと笑うと、「そこがいいのよ」とことりと互いに額を合わせた。



 私は不思議な色が見える。動物の言葉も聞くことができる。その人の色を知ることができるから、気味が悪いと捨てられた。脅かして、追い出してしまった人たちは真っ黒な色をしている人がたくさんで、ときどき、綺麗な色もあった。もしかすると、それがパールの両親だったのか、近しい人だったのかもしれないけれども、それは分からない。


 小さかった少女は大きくなった。私なんていなくても、いくらでも一人で生きていける。聖女として、これからは人を助けるのだと言う。

 王子と、そして彼女の護衛であるアガットくんは、「もう一度、こちらに来ても」と言葉を言いかけて、すぐに口を告ぐんだ。「いえ、女性の一人暮らしに、大変な失礼を。せめて、手紙を書かせていただいてもいいでしょうか」 彼の提案には、すぐさま了承した。学園でのパールのことを知らせてくれると思ったのだ。




 さて、それから私とアガットくんが互いに手紙を幾度も繰り返し、彼の呼び名をアガットと変えたとき、パールは少しばかり口元をニヤつかせて、「ねえお母さん」 いたずらっ子のような声を出した。


「お母さんの子供は、私の妹だってことよね。もちろん、弟だっていいんだけど」


 とっても楽しみにしているわね、と告げられた言葉に、おやめなさい、と少しばかり赤くなった顔を真っ青な便箋で、そっと隠した。

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