第8話 現代の勇者
……うん、素晴らしい腕前だな。だけどその程度。
今の俺でも容易く防げた。メーティも同様。
ハールシラは気づくのがだいぶ遅れたようだから彼女よりは強いのだろうが……差がありすぎるな。
はっきり言って実力差は相当なものだ。例によって身体能力では向こうのほうがだいぶ強いが、それを加味しても俺のほうが9倍は強い。……だけど、戦って確実に勝てると言い切れるか?と言われたら違う。
さっき俺が言っていた『背負う怨念の桁が違う』という言葉がピッタリ当てはまる雰囲気がする。
「かつての大剣豪が魔王になるとは……恥を知らないのか!?」
濁りきった憎しみの表情を向ける少女だった。
紫がかった黒いふわふわのポニーテールに、非常に……神に愛されたかのように整った顔。甘く可愛らしい声。
そして、その印象を吹き飛ばすような苦しそうで辛そうな怨念の雰囲気。
かつて魔人になった男がこんな顔をしていたな。
二月くらい仲間として過ごしていたが、方針が合わないからすぐに離れた。
……そして、殺す羽目になった。
でも、動機はだいぶ違うのだろう。
当ててやったら驚くだろうか。
ここまでわかりやすいと、肌で軽く分析する程度でパーソナリティがよくわかる。
「ゆ、勇者様!?なぜこんなところに……」
英雄の男が即座に駆けつけてきた。
せっかく助かった命、無駄にしたくはないよね。それ以前にかなりいい人みたいだし、恩人を追いやりたくはないか。
「おい、スクトラ。なぜ魔族などと停戦を結んだ。それどころか、降る約定など交わして……なんのつもりなのだ?返答の次第によっては、私はお前を許せなくなるかもしれない」
行動がチグハグだ。格上である俺とメーティに喧嘩を売っているのに、仲間にまで剣を向けている。
しかし、確実に勝てるとはやはり思えない。
むしろ、負けの可能性が増している気すらする。
「恐れながら!彼女らはわが国を救う鍵となるかもしれません!現代の戦争において、魔族が人間の味方をした例など……計略ですらありえなかったではありませぬか!それが動いた!時代が動くのかもしれません!」
「だからどうした?私は魔王が嫌いなんだ。魔王を名乗る輩と協力するなど私が許さない」
「ほう、それほどまでに魔族が憎いんですか。現代の勇者よ。俺たちのリーダーだったアイツとは中々に違いますね」
「……お前が伝説の勇者を語るなよ。屑が」
勇者はそう言って、剣を振るってきた。
やはり素晴らしい剣技であり、振るうたびに氷の魔法の威力も、剣の鋭さも強化されていっている。
おぞましい氷だ。確かに光の側の力だけど……怨念が強すぎる。
光だからといって正義とは限らない。だってあの御主様と同じ種類の力だもの。
一応人間の味方をしていただけであの方は本質的にはクズだ。
だが、それにしたってこれは光かも疑わしくなるほどどす黒い輝きだな。
「話を聞いていたのならわかりますよね?どちらに転ぼうが、俺たちは人間を虐げたりはしないし、むしろ協力するってことを」
「嘘を言っていないことくらいはわかる。だが、それでも許せない……!なぜ、あなたが裏切ったのだ!」
「だから言ったでしょう。人類に対する……いや、唯一神に対する義理はもう果たしたんですよ。今の俺は大魔王陛下の野望を叶えるためにただ働くだけの戦士であり軍師です。それこそが今の俺にとっての楽しみであり、現代の魔王に対する殺意の刃なんです。まあ、なんですか?現代の魔王のことは俺たちも大嫌いなんですよ。その点では仲良くなれると思いますが?」
「心変わりしない保証なんてどこにもないだろう!」
「それは人間だって同じでは?俺の知る限り、魔族だって人間だって、自分の都合を通すためなら他者の都合なんて顧みないやつは同じくらいに多いと思いますけど?現に、俺は何度も何度も、人間には裏切られてきましたから。魔族とは交渉する機会すらほとんどなかったので測り難いですけどね」
「……だとしても!許せるかぁっ!!!!死ね、死ね!息をしていることすらおぞましい怪物が……!!!」
振るう剣がさらに冴えを大きく増していく。
これは……怒りか怨念か、その手の感情が増すごとに剣の冴えが増すというチカラを持っているな?
だからこそ、その力を活かすためにここまでのモンスターになった……かな。いや、された、だな。そうだ……そういうことか。
下手に弄らないほうが戦力にはなりそうだけど……いや、このままじゃ味方になってくれないし、個人の感情を最優先に動く戦士は邪魔だ。
「『術理解析。天意消滅――東昏』」
「これは……ぐぅっ、この程度で……!!!!私の怒りを……なんだ、これは……!!???」
感情を沈静化させる術式+αを打ち込んだ。
同格以上には基本効かないんだけど、術式の力というか魔力の質はかつての時代からぜんぜん落ちてないから余裕で効いちゃうんだよなぁ。
しばらくして、勇者の少女は崩れ落ちた。
「……ここまで、自我を失うようなことを私は今までにされてきたか?」
そして、疑問の言葉が口から出てきた。
大体わかっていたが……酷い話だ。
「あなたにかかっていた術式、三つともむりやり壊しておきましたよ」
「術式……?もしや、感情を操作されていたのか?」
そのあまりにも落ち着いた様子に、英雄の男やその仲間は大いに戸惑っていた。
普段から怒り狂っていたんだろうな。
よくこれで俺たちと戦った後に下るとか言ったよな。最初から下るつもりなんてあったのかが怪しくなってきたぞオイ。
「気づきますよね。そうです。あなたはおそらくはじめに、国によって洗脳じみた魔法をかけられました。それは魔族に強い憎悪を抱くというもの」
「そうか……。では、私の標的は魔族ではなく……」
早とちりしそうだったので、慌てて止める。
先程まで以上の怒りすら見えたから、これはまずい。
「いいえ、確かに洗脳はされていましたが、それは元々抱いていた感情を多少強めて他の感情をやや制限するというもの。ここまでの激情にはなりません。そもそも、あなたは弱いと言っても勇者なんですから、ある程度強くなってきたあたりで勝手に破っていたはずなんですよ。それは国もおそらく織り込み済みで、早く強くなってもらうための促進剤としか思っていなかったでしょう。申し訳ないくらいは思っていてほしいですけどね」
「ならばなぜ……」
「二つ目は魔族の力によるものでしょうね。すでに洗脳されていたから、新たな洗脳が容易く入り込めた。そしてそれが定着した。元の洗脳の形がどういうものかはわかりませんが……これによって一つ目の洗脳が強化された形となるのでしょう」
「なるほど。たしかに私は一度、感情を操作するという触れこみの魔族を殺したことがある。その際に何かをされたか……」
「そういうことでしょう。そして三つ目。これは……おそらく唯一神によるものです」
「神が?……ここまで尽くしたというのに、神は私を裏切るのですか?」
ああ、泣き出してしまった。
心はそんなに強くないんだろうな。
だけど心が壊れてしまうことがないという種類の強さはあったから、あのチカラも相まって目をつけられた。
そういうことなのだろう。
「あの方は気まぐれでテキトーで快楽主義者ですから。こんなことをしたことにもさしたる理由はないのでしょう。ある意味、魔王よりも厄介で不愉快な輩ですね。俺もよくあんなやつに尽くしてやったもんだと今なら思えます」
「……そうか。ああ、わかった。洗脳を解いてくれた礼は言おう。それに、今の私や仲間たちでは貴殿一人にも勝てない。大魔王とやら、それとそこの軍団長も合わせると万に一つも勝てるわけもない。別に下っても良い。……だが、貴殿らはともかく、現代の魔王軍に対する怒りはやはり収まらない。奴らを共に滅ぼしてくれると言うならば、貴殿らに剣を捧げよう」
そういう彼女の姿からは、先程までのどす黒い感情ではなく高純度の怒りの感情が見て取れた。
これはこれで怖いけど、さっきまでよりはずっとずっとマシだな。
「ということですが、あなた方としてはどうなんでしょうか?」
「勇者様が決められたというのなら……我が国は貴殿らに従おう。諸国からは裏切り者扱いされるのだろうが、もはや仕方ないことだ。……我らが剣、大魔王メーティ様、及び魔軍司令サリエル様に捧げよう!」
そうして、国盗りが成った。
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