第6話 戦場・初陣

「……そう言えば、ですが」

 

「うん、気づいているわよ」

 

 俺が少し言葉を発するだけで、メーティは意図を察していた。

 性格的にはそれなりに相性良いのか?まあ、宿敵みたいなもんなのにこんなすぐに意気投合したくらいだしな。まあ阿吽の呼吸にもなるか。

 

 というのはともかくとして。

 

「付近に戦闘反応があるのよね?それも、中位の魔族と英雄級の戦いが」

 

 うん、流石は大魔王だ。これくらいは察せるか。……元の力関係ではこっちのほうがだいぶ格下なのになんでこんな偉そうなこと言ってんだろ俺。

 

「ええ、そうです。そして、英雄側はだいぶ不利なようですね」

 

「あなたに任せるわ。人間を救いたいと言うなら好きにしなさい。魔族は今の私達よりずっと強いみたいだし、助太刀もしてあげるわ」

 

「感謝します。これは人間側に恩を売る良い機会になりそうなので……できるだけ人間を守りたいとかいう俺の私情を無視しても絶対に助けに行くべきでしたので」

 

「了解よ。っと、そうと決まれば……はい」

 

 メーティは虚空から刀を二本作り出し、俺に渡してきた。

 その外見は、かつての俺の愛刀に瓜二つだった。

 

「感謝します。……では。『解析。術理接続。合成。分離。破壊。……天魔接合』」

 

 秘める力はかつてとは比べ物にならないくらい弱かったが、それは問題にはならない。

 星術によって構成を作り替え、かつてと全く同じものに作り替えた。

 俺の力では見た目の再現はここまでうまく行かないし、なにより一から作り出すのはこの子に比べて苦手だから、メーティと組めて良かった。

 

「様になっているわよ。流石は天眼流の開祖ね」

 

「ふふ、ありがとうございます。では……行きましょうか」

 

 俺がそう言うとメーティが頷いた。

 そして直後に窓を開けて現場まで駆けつける。

 足の速さは両者とも尋常じゃなく落ちているので、今は歩法を極めた俺のほうがずっと早く走れる。

 なので、星術でメーティの身体能力を強化する。

 

 そのうち、現場に辿り着いた。

 

「雑魚どもめ。その程度で我ら魔王軍を倒そうとしていたのか。滑稽だな」

 

「クソ……俺に勇者様ほどの力があれば……」

 

「ふふふ、たしかにあやつが本気を出せば私くらいは倒せるだろうな。だが、それで何になるというのだ。上級魔族の方々はともかく、四魔公たちには手も足も出まい。魔王様を殺すのはさらに夢のまた夢……。人とはやはり儚いなぁ」

 

 気配を殺し、木陰から除く。

 わずかに残った仲間たちとともに抗う聖騎士と、吸血鬼のような、美しい銀髪の魔族の女がそこにいた。

 ……こりゃ強いな。

 これで中位の魔族か。

 かつての魔王軍よりも、組織としても上回ってるみたいだな。

 

 英雄側は、兵士の一人一人が伝説級の武器を遥かに上回るものを持っているのに敵わないというのは相当だ。

 

 だけど、正直負ける気はしない。

 たとえ素手で、たった一人で戦うとしても負ける気はしない。

 奴は戦闘経験と星術の練度の前にひれ伏すだけだ。

 ……なるほど、これが己よりも弱いものを蹂躙する楽しみというものか。

 悪くはないと思う。達成したらきっと気持ち良い。

 だけどまあ、哀れな境遇の人々を助け、導くほうが気持ちよさそうだな。

 

 ああ、心までは完全に魔族には染まってなくて安心した。

 

 メーティに目配せをし、共に気配を開放して彼らの前に現れる。

 

「……なんだ?貴様ら。魔族か人間かは知らぬが……多少やる程度では私には勝てんぞ?」

 

 唐突に現れた俺たちに対して、魔族の女は嘲笑ってきた。

 実力を侮られるのはムカつく。特に、こういう中途半端に強いやつだと更にムカつく。

 同格だったら見返してやろうと思えるし、格上だったら噛み付いてやる気概が湧く。圧倒的な格下なら嘲笑える。

 だが……こいつくらいの強さだと憤りと頭が沸騰するような感覚が残るのみだ。

 ……いかんな。落ち着いて、落ち着いて……。ふう。侮った報い、思い知らせてやろう。

 

「駄目だ、逃げろ!俺よりも弱いのでは、助太刀にはならん!逃げて、我らの王に伝えてくれ!」

 

「君たちの王に伝える?面白い冗談ですね。俺とこのお方がこの程度の輩に劣るとでも?」

 

 乗ってきたので役割を演じる気分で笑ってやる。

 

「救いようのない愚者だな。……せめて、名を名乗れ。そしてその前に私の名を聞いてから地獄へと行くが良い。私は錬血のハールシラ。不死軍団吸血第二部隊の長なり」

 

 その程度の立場で俺にたち対してそこまで高圧的に出てきただと?馬鹿にするのもいい加減にしろ。

 

「そうですか、では俺も名乗りましょう。『流転し転輪す千年王国(サンサーラ・ミレニアム)』の魔王、魔軍司令サリエル・イゼルローンです。かつて真竜ワイドブレイズを打倒した大剣豪でもあります。お見知りおきを」

 

 俺の名乗りに、場の全員が驚いている隙にメーティが名乗る。

 

「そして私は大魔王メーティよ。魔王ワイドブレイズの力の残滓にして、あなたたちみたいに調子に乗った奴らをボコボコにするために生まれた最強の存在!魔王をも超える皇帝!驚きすぎて声も出ないかしら?」

 

 メーティの宣言に対して、ハールシラと名乗った女は笑いを堪えきれなくなっていた。

 

「サンサーラ・ミレニアム?大魔王?かつての大剣豪?ワイドブレイズの力の残滓?その程度の力でよくもそれらを名乗れたものだ。いや、力の残滓というのだけはちょうどよい表現だなぁ。残滓程度ならば私でも殺せておかしくない」

 

「たしかに、力の総量では負けていますね。大魔王や魔王というのも『今はまだ』過分な称号です」

 

「わかっているじゃないか。ならば……」

 

「しかし、あなた程度ならば今の俺でも軽く潰せます。技量が違う。振るう力の質が違う。そして……背負う怨念の桁が違います。宣言しましょう。あなたの攻撃は俺に対してかすりもしません。そして、倒して我が配下としてやりましょう」

 

「吠えたな?……では」

 

 ハールシラは銀製の剣を振るってくる。スピードは桁違いだな。

 俺よりよっぽど早い。でも……。

 

「なっ……!?」

 

 右手の刀を軽く振るうだけで剣を振り落とせた。

 

 星術を使わずとも目標は達成できそうか?……でもなぁ、俺と言ったらやっぱり剣と星術を組み合わせたオールラウンダーの剣士だろ?

 本領発揮と行こうか。

 

「『起動、赤輝星の法』」

 

 遥か遠くの天の巡りを少し操り、それによって生まれたエネルギーによって爆炎を生み出す。

 かつてには及ばないし手加減もしているが……吸血鬼にとって炎は痛かろう?


「ぐぅ、なんだ、この炎は……?まさか、これは本当にワイドブレイズの炎だとでも?」

 

 ハールシラは冷や汗をダラダラ流して驚愕していた。

 肌も焼けただれているが、痛みよりも恐怖や驚愕が大きいらしい。

 

「そんなわけないじゃないですか。星術によって生み出しただけですよ。奴の吐く炎はこんなものじゃありませんし、本来の俺の炎ももうちょいマシです」

 

「……ひとまず、貴様が大剣豪サリエルだということは認めよう。その剣技、術式、並のものではない。しかし……貴様も認めているように力の総量が違いすぎる。私が勝つのは目に見えている。どうだ?貴様らふたりとも魔王軍に迎えてやろう。悪い話ではないと思うが……」

 

 勧誘か。だが、勧誘するのはこっちの方だ。

 

「そちらが俺たちを迎えるのではなく、俺たちがあなたを配下として迎えるのが道理ですよ。それなりに強いというのに、力の摂理も分からないのですか?あなたは?あはは、あははははは……っ!」

 

 そう言って嘲笑してやる。

 ははは、悪役笑いも楽しいな。

 

「馬鹿が……私や魔王軍をコケにした罪、贖わせてやる。本気で行くぞ!」

 

 ハールシラは剣を拾い、さらなる猛スピードで猛攻を仕掛けてきた。

 

「それなりの技量であることは認めましょう。しかし、剣の才能も鍛錬も甘いと言わざるを得ません。『天眼流・選剣の参。……大蛇断ち』」

 

 超高速の連撃に対し、何も対処も行わず上段に構える。そこから最速で全体重を乗せた必殺の一撃を叩き込む。

 それは頭に染み込んだ動きであり、この程度の速度相手ならば上回れる。

 

 俺の一撃は相手の攻撃もろとも粉砕し、ハールシラは全身ボロボロの姿となっていた。

 体は縦に割れ、なんとか吸血鬼としての不死性のお陰で生き残っている形だ。

 何もしなければそのうち死ぬだろう。

 

「……流石に威力が足りないですか。力不足を痛感しますね。まあ、殺す気はありませんでしたから望んだ結果ではあるのですけど」

 

「……なんだと。この私が、こんな格下の剣士ごときに……」

 

「潜った修羅場が違いますから。……で、あなたはどの程度そちらの魔王軍に忠誠を誓っているのですか?」

 

 星術により体を癒やしてやろうとしたが、癒やしの術式はダメージになるようなので工夫して、血を混ぜたりしてやって……ようやく回復し始めた。

 

「なぜ、私の命を救おうとする。貴様らは我らとは異なる魔王軍で、敵なのだろう?」

 

「さっきも言いましたが、俺の軍門に降らせたいだけですよ。大魔王陛下には俺という最大の部下がいますが、俺にはいませんから。あなたが吸血鬼というのも理由です。俺の血を分け与えれば中々強くなりそうですし、裏切りづらい部下を作ることにもなりますからね。吸血鬼の……眷属?真祖?良くわかりませんが、ともかく仲間みたいな特性も得られますし、それは今後作る配下たちに分け与える特性としても有用です。まあ、なんですか?あなたは見込みがあります。俺の部下になって欲しいんですよ」

 

 俺がそう言うと、ハールシラは複雑な表情をして笑った。

 そうしている間に傷はどんどん癒えていく。そのうち、本来の姿に戻った。

 

「……陛下への忠誠は薄い。奉公に対して、御恩が足りぬ。本来ならば吸血第二部隊こそが不死軍団のエース部隊であるというのに……。裏切りたいとは思っていたが、人間相手には下れない。だが、貴殿らも魔王軍であるなら軍門に降るのは悪くない。大剣豪そのものとワイドブレイズの分け御霊ならば、格としては陛下にも劣るまい」

 

「……それでは?」

 

「ああ、配下共も引き連れて参上しよう。私が抜けるとあれば処罰は免れぬだろうしな、それは流石に忍びない。配下共は貴殿らの役にも立つだろう」

 

 そう言って、ハールシラは俺に向かって片膝を着き、剣を右の地面に突き立てた。

 

「……魔王陛下、並びに大魔王陛下、私たち吸血第二部隊はあなた方に忠誠を誓います。私たちがあなた方に天下を取らせましょう」

 

 そう言いつつも、ハールシラの目は俺しか見ていなかった。

 力を示したのは俺だし、俺直属の配下だからメーティより俺を優先するのは前提だけど……ここまでメーティをどうでもいいと思ってそうなのはなんかアレだな。

 それなりの立場ってことは礼儀なんかも知ってるだろうに……中々偏屈なのかな?

 まあ良い。

 

「期待していますよ、ハールシラ。並びに吸血第二部隊。あなた方には俺直属の軍団、不死軍団として新生してもらいます。これからは不死軍団長ハールシラと名乗りなさい」

 

「……はっ!身命を賭して働きます」

 

 ハールシラは少しだけ楽しそうに笑って、すぐに表情を引き締めた。

 

「いい?サリエルの言うことはちゃんと聞くのよ?命令違反でもしたらただじゃおかないからね」

 

「……はっ。それは重々承知しております」

 

「私に命令されるのは不満?まあ、今の私じゃあなたには勝てないから気分悪いのもわかるわ。でも、下剋上しようとしたら……どうなるかわかるわよね?サリエルは私に忠誠を誓っているし、盟友よ。義姉妹といっても過言じゃないかもね。だからぁ……あんまり調子乗ったことはしないでよね?それに、私だってこれからすっごく強くなるのは確定してるんだから!二ヶ月もあれば、あなたなんかざこといえるくらいには強くなれるの。なんてったって私はつよつよ大魔王だから!」

 

 魔王の威厳を感じさせない発言に、ハールシラは少し顔を顰めていたがちゃんと従うつもりのようだ。

 力の総量ではかなりの格上だけど、なんとか心は読めたから確かだ。

 

 まあ、これで一件落着かな?

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