第3話 臣下の礼

「……仕方ありませんね。それより……あなたはいくらか状況を把握しているみたいですが、どこまで知っているんですか?」

 

「私の正体を見抜いたあなたのほうが色々知っていそうなもんだけど……まあいいわ」

 

 魔王は大仰な身振り手振りをしながら説明し始めた。

 

「前世の私……の本体?があなたに殺されたあと、私は意識を失いながら千年以上の間、世界を漂っていたわ。だけど、一ヶ月くらい前に意識を取り戻して、一週間くらい前に動けるようになって、この三百年くらい前に作られた建物に漂流して……魔法を使ってなんとか肉体を得たわ。なんでかこんなちみっこい体になっちゃったんだけど、まあ最高に可愛いからやっぱり私の体として十分よね!」

 

「千年以上……そんなに時間が経っていたんですか。となると、もうかつての戦いの日々は歴史か神話にでもなっているんでしょうか……」

 

「街に出たりはしてないから、そこらへんはわからないわね。でも、歴代最強の魔王であった私……の本体と、最強の勇者パーティであるあなたたちの戦いなんだから、きっと有名よ!」

 

「勇者パーティのお荷物とか書かれてなければ良いんですけどね……最終決戦でも一人だけ大怪我負って、一番最初に本当の意味で死にましたし」

 

「そうだったとしてもそれは見る目がない奴らの戯言よ。わかる人にはあなたの価値はわかるもんなの!ざこだからって頭までざこになったのぉ?あなたは確かにざこだけど、居なければ幹部の一人も倒せていないくらいには重要な最強のざこなんだから!第一、あの特別な時代でもあなたは世界十指に入る強さだったじゃない。卑下するのはあなた以下のつよつよ戦士たちをバカにしてるだけよ」

  

 ニヤニヤしながらそう言っていたが、その言葉には熱意がこもっていた。

 ……あの魔王も、チカラの化身であるこの子自身も、俺を一番特別視していたというのは伝わってきた。

 前世の時点ではうすうすと感じ取りつつも、信じられなかったが今ならわかる。

 

 ……なんだか急に愛おしく見えてきた。

 無性に抱きつきたい……こんな癖、なかったはずなのにやたらと脳が疼く。

 やめろ、それはセクハラだ。

 気持ち悪がられるだけだ!

 でも今は同性だし、そもそもこの子はドラゴンどころかそのエネルギーの塊の擬人化なんだから精神的な性別どっちかわからんし……許されるか?いいかな?いいよね?うん、よし……。

 

 やっぱだめだ。

 自分で自分を許せなくなる。

 

「?どうしたの?そんなムッとして。せっかく褒めてあげたのに、気に入らなかった?そこまでメンタルざこじゃなかったはずだけど……」

 

「いいえ、なんでもありません。表現は独特でアレでしたが嬉しかったですよ」

 

「そう、それならよかったわ!ともかく、話が脱線したわね。戻すわ。でね、体を手に入れるとなんだか無性に虚しくなったの。今の世には他の魔王が居るってのはなんとなく空気で感じ取れるし、配下だった魔族たちはそいつに付き従ってると思うと……なんだか羨ましくてね。そんな時、ある考えが頭に浮かんだの。最も私の人生に影響を与えた者……つまりあなたを新生旧魔王軍の配下、大魔王である私の右腕、魔王として蘇らせようってね」

 

「……感動したのが少し台無しになりましたが、まあ良いでしょう。魔王軍の配下になるというのも、遥か未来である今となってはもうなんでもいいです。それで、大魔王?かつては魔王を名乗っていましたよね?いや、あなたの本体の話ですが」

 

「今の世界には魔王が居るって話したわよね?でも、そいつなんかより昔の私のほうが絶対偉いの!だから、大魔王!魔王を超える存在になるのよ!そしてあなたは今の魔王からその座を奪い、魔王になるの。ふふん、現代の魔王も惨めよね。歴代最強の魔王と歴代最強の大剣豪が敵になるんだから」

 

「……ふふふ、悪くはないですね。面白そうです。しかし、あなたの本体のように人々を虐殺するような真似は許しませんよ?圧政もです」

 

「それは仕方ないわ。そこらへんに関しては本体とは別人らしい私にはそこまでこだわりはないし、正義の使徒である元勇者パーティのあなたを引き入れるためだもの。最初からしないつもりだったわ。まあ、そういうのもキライじゃないけどねっ」

 

 魔王のチカラは小悪魔のようにニヤニヤしながら笑う。

 ……なーんか妙に惹かれるんだよなぁ。

 小細工でもされたか?いや、脳と魂を解析したときに魅了や洗脳の異常にはかかっていないとはわかっているし……。

 単に容姿か性格が好みなだけ?

 

 ……それはそれで腹立つな。

 まあ、それは一旦おいておこう。もっと大事な話がある。

 

「まあ、色々わかりましたが……その魔王、どれくらい強いんです?」

 

「うーん……私の本体と同格以上なのは確実ね。ううん、二倍三倍の強さなのは絶対よ。もしかしたら唯一神よりもずっと強いかもしれないわ。でもでも、格でいうと私たち以下なのは真実ね!」

 

「どこが俺達より格下なんですか!そんなバケモン、勝てるわけないじゃないですか!第一、今の俺たち、弱体化してるんですよ!?かつてのあなたと同格以上、という程度なら戦いの中で成長していけばなんとかなりそうですが、実際には二倍三倍は確実なんですよね?下手したら御主様よりずっと強いと。それ、無理じゃないですか……」

 

「諦めるの早すぎよ。やっぱりおばかね。現代の魔王軍は世界を着々と侵略しているわ。魔王は表に出てこないけど、四天王やその配下の魔人共もかなり強いみたいで、人間たちは結構な劣勢よ。それになにより、じれったくなって魔王が出てきたら一瞬で終わるわね。それに現代の勇者たち、あなた達と比べたらとても弱いもの。……で、この状況、正義の味方としては許せる?」

 

「現代は俺の生きる時代ではありませんし、繋がりもない。子供がいたわけでもないから子孫がいるわけでもない。たしかに正義感はそれなりに強いですが、何度も生き返れるという前提がなければ魔王軍に寝返っていた程度の善性です。……正直、二人と違って正義の味方を名乗れるほどの善人じゃないんですよね。ですから正直、現代の人類が滅ぼうがちょっと悲しい程度でおしまいです」

 

「ぞ、俗物なのねあなた……。それでも勇者なの?」

 

「俺自体は勇者ではないですしね。ただの勇者の仲間です。ですがね、やっぱり気に入らないのは事実です。俺にとっての魔王っていうのはやっぱり、あの腐れ飛竜……あなたの本体なんですよ」

 

 気がついたら、俺の顔には凶相が浮かんでいた。

 今の俺は何と言っても超かわいい美少女だし、前世から続くちゃらんぽらん顔だから威圧感はないかもしれない。

 だが、自分では気付いた。俺は激怒しているのだ、と。

 

「く、腐れ飛竜って……。それに、怖いわよ……?」

 

 魔王のチカラの残滓ちゃんもとい、大魔王閣下が冷や汗大量にかいてビビり散らかしていたので殺気を収める。

 まあ、表情は怖くなくても殺気は撒き散らしてたよな。

 この子は半分生まれたてのようなもの……であってるのかな?それとも俺よりずっと前に自我芽生えてた?まあいい。ともかく、結構幼い精神性をしているみたいだから、現状では同格に近い俺の殺気なんか受けたらそりゃ怖いよな。

 ……やっぱりこの子は魔王、あの腐れ飛龍とは別物だな。どうしてもある程度同一視してしまうが、優しくしてやらんと……俺が守らなきゃならんのに俺が怖がらせてどうするんだ。

 馬鹿な上に精神年齢も子供並み。最悪のゴミだな、俺って。……戦いの才があってよかった。心底そう思う。

 反省せねば……。いや、ホントごめんな?

 

「いや、すみません。怖がらせてしまいましたね。反省します」

 

「ふ、ふん。私はざこじゃないから、あなたみたいなざこが怒こったくらいじゃ怖くないんだからっ」

 

 どうやら心拍数と体温が上がっていたみたいだ。顔が真っ赤になって涙目になっている。

 それに……なんだこれ、恐怖と興奮が織り混ぜに……。

 うん、よくわからん。チカラの欠片の実体化とかいう知らん種族の心理の細かい分析なんて俺なんかにできるはずないよな。

 

 まあ、ともかく自覚できたことで怒りは静まってきた。

 うん、まあアンガーコントロールの法は再び修めなきゃな。

 体が変わってからどうも情緒不安定だ。

 元々感情のコントロールは下手クソだったが、精神面、術式面の両方からのアプローチでかなりの冷静さを保てるようになっていたんだが……。

 

 いや、今の主題はそこじゃない。

 

「言いたいことはこうです。ぽっと出の良くわからない方が、世界の命運を背負って、必死になって、文字通り何度も死んでも戦い続け、ようやくくらいついたアイツより遥かに強いなんてのは許せないんです。真の格付けをはっきりさせてやりたい。……だから、魔王にでも何でもなってやりますよ。というわけでよろしくお願いします、大魔王様」

 

 そう言って、臣下の礼を取る。

 魔族式というか魔王軍式ではなく、俺の故郷である国の方式だが、3つのうちどれだろうが今の時代では古臭い礼法だろう。

 伝われば良いのは、気持ちだけだ。

 

「……うふ、えへへ。いひひ……」

 

「……いきなり気持ち悪い笑い声上げてどうしたんですか?」

 

 妙な笑い方をしていたので正直少し引いた。

 いやまあ、可愛いんだけど気持ち悪いぞそれ。

 

「ひひ……気持ち悪いとか言わないの!いやぁ?だってあの勇者パーティのメンバーで、それもぶっちぎりで特別視していたライバルが配下になるなんて素晴らしいじゃない!しかも、愛の告白じみたことまで言ってくれたし、そりゃあ気分も舞い上がるわ!いい選択をしたわね。今のあなたはざこではなくてつよつよ魔王ね!ふふふ……」

 

 そこまで喜んでくれてたのか……まあ嬉しいけどさ。

 愛の告白なんぞでは断じてない。

 憎悪や劣等感なんかをこじらせすぎて特別視しているだけだ。

 

 ……まあいいか。水をささないで見守っておこう。

 

「……かーわいーっ」

 

 ほほえましい気持ちになったので頭を撫でようとしたが、その過程で今は俺のほうがやや身長が低いことに気づいて死にたくなった。

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