第4話「貝になります」

 彼は私に悩みを打ち明ける気になったらしい。そもそもこれをしたかったので、私は頷いて微笑んだ。


「はい! 大丈夫です! どうぞどうぞ。なんでも聞きますし、ここからはロシュ殿下を全肯定します」


 私はこれよりどんなにロシュ殿下が最低男なことを言い出しても「そうですか。それは、辛かったですね」と、脳死で言えるモードに移行致します。


 ロシュ殿下がそもそも悪いではないかという、正論は正しい。けれど、使い方を間違えると人を傷つける。私は間違えていても、肯定してあげたい。


 今だけは彼を慰めてあげたい。


「では……俺はお前だけに言う……絶対に、誰にも言うなよ。今ここで、約束しろ」


 真剣な眼差しに、私だって真剣にならねばと大きく頷いた。


「殿下……それって、もしかして、私がここから始まる話を噂にしてばら撒けっていう振りだったりします? 正確にご指示してくれれば、明日には国中が知っている程度に広まるようにばら撒きます。お任せください。あ。初回ですし、成功報酬で良いですよ」


 現代知識はこういった異世界では、チート能力なのだ。それなりに役立てて来た私は、自信を込めて彼に微笑んだ。


「お前……面白いな」


 興味深い表情でしみじみとそう言ったロシュ殿下に、私はにっこり微笑んだ。


 これって、よくあるおもしれえ女の台詞じゃない?


「ふふ。ありがとうございます。私個人として身分違いの恋も受け入れる所存なので、どうぞよろしくお願いします」


 まぁ、メイドと王子様の恋なんて、この異世界では絵空事過ぎてあり得ないけどね。冗談でそう言った私に、ロシュ殿下は満足そうに微笑んだ。


「そうか……丁度良いな。実は……元婚約者ジェシカと俺は、あの日あの場所で婚約破棄することを共謀していたんだ」


「え?」


 ロシュ殿下が今言ったことを理解出来なくて、彼は何を言ったのかと何度か考えた。


 待って待って。今……この人、なんて仰りました?


 私の愕然とした表情を楽しむようにしてロシュ殿下は微笑み、涼しい海風が吹いて彼の金髪を揺らした。


「ああ。そうだ。驚かせて済まない。俺たちは元々、婚約解消をしようとしていたんだ。ジェシカが隣国の王太子に恋をした。しかし、王族の婚約者たる公爵令嬢が隣国の王太子と結ばれるなら、それなりの確固たる理由が要る。俺の両親もジェシカの両親も、普通に彼女が望んでも許さないだろうとな」


「そ、それは! そうですけど、でも……!!」


 理解が追いつかなくて、私は混乱してしまった。


 ……確かにジェシカ様も聖女サトミ様も、今はとっても幸せそう。なんなら、あれに関わった登場人物でロシュ殿下以外は幸せそう。


 けど……なんで、今……ロシュ殿下だけが一人……悪者になっているんです?


「あの婚約破棄をする前に、俺たちは相談していた。そうしたら、幼馴染のジェシカは好きな男と結ばれることが出来る。もしかしたら、ジェシカに対する良くない言葉を噂で聞いていたかもしれないが、あれは俺の本心ではない。彼女は聡明で王妃となるのに相応しかった女性だ。俺にとっては姉のような存在で、そもそもサトミにも嫌がらせはしていない」


 は? サトミ様に嫌がらせも……していないですと?


 いや、私もなんだか異世界転移してやって来た聖女を運命の人と言い出す王子様の役割で、なんだか誤解していた? 結びつけて、そういうことだろうって思ってた?

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