第3話「笑顔」

 慰めるどころの話ではないと気づき、思わず現実逃避したくなった私は、ああ綺麗だなと遠い目で夕焼けを見た。


 なんとなく、ここで黄昏ている殿下の気持ちがよくわかる。


 寄せては返す波の音もなんだかとっても良い感じだし、場所自体が苦しい日常を忘れさせてくれるような気がするのだ。


 もしかしたら、殿下の目にはあの雲辺りに自分のことを振った聖女の顔でも浮かんでるのかもしれない。


 うわ……何考えてるの。私ってひどい……殿下、可哀想。不憫だわ。萌え要素しかない。


 ロシュ殿下は私の話が終わったと判断したのか夕焼けに視線を戻したので、私はこれだけは聞きたいと思い彼に声を掛けた。


「あの……」


「なんだ?」


 ロシュ殿下は話しかけているというのに、今だってこちらを見ようともしない。


「その……正確には、なんて言ったんですか? 振った時の言い方が良くないって……ジェシカ様に、よっぽど、ひどいこと言ったんですか?」


 ちなみにジェシカ様は悪役令嬢で、聖女に惚れ込んでしまった婚約者のことを好きで何個か意地悪はしたらしい。


 けど、彼女は婚約破棄時に偶然エトランド王国に訪れていた隣国の王太子と今はラブラブな関係だそうだ。


 私も遠目でその場を見ていたけど、婚約破棄されたばかりのジェシカ様を颯爽と連れ去っていて本当に格好良かった。


 幼い頃からの婚約者を蔑ろにして、一方的に婚約破棄するなんて本当にろくでもない男だと思うし、どうか幸せになってほしい。


 あ……目の前に居るこの人が、そのろくでもない男だったんだわ。


 婚約者を振り方が良くなかったから運命の人に振られてしまっただけなのに、自分が被害者ですみたいな悲しそうな顔をしているから、そこを忘れてしまうところだった。


「……ジェシカは、サトミに意地悪ばかりしていた。俺は異世界から来てくれた聖女のサトミに、心細いだろうからと親切にしていただけだ。それは、いけなかったのか?」


 ジェシカ様は悪役令嬢の役割だもんね……そこはもう、仕方ないよね。それはもう物語上良くある展開で、それを知る私はあるあると頷くしかない。


「いいえ。ですが、ジェシカ様は婚約者であられたのですから、殿下のお気持ちが離れることがお辛かったのでは? 私はそう思いますけど……きっと殿下のことが好きだったんですよ」


 好きでなければ、婚約者の運命の人に嫌がらせするなんてあり得ない。


「国の一大事だったのだから、それを救ってくれた聖女に国を代表する王族が優しくするのは当たり前だろう」


 確かにそれはそうかもしれない……けど、婚約者がやきもちを妬いてしまうくらい異性に近づくなんてどうかしてる。


 先んじて彼女と婚約解消でもしているのなら、別だけど。


「殿下。何かあるなら吐き出せば、楽になりますよ。どうぞ私になんでも言ってください。王様の耳はロバの耳ですよ!」


 あ。いけない。ここ異世界だから、ロバの耳ってわかんなかったかも。結構なんでも通じてしまうので、そういう言い回しを使ってしまいがち。


 まぁ良いや。ロシュ殿下だって名前も知らないモブで変なことを言う女なんて気にしまい。


 ロシュ殿下はどんとこいと言わんばかりに胸を叩いた私を振り返りそして、夕焼けに視線を戻し、それを何故か三回繰り返した。


 これっていわゆる、三度見じゃない?


 え。何か、他のことでも悩んでいるのかな……いいえ。彼は失恋直後という異常な精神状態にあるのだから、慰め係の私がわかってあげなくては。


 悩みは吐き出せば、多少は楽になるものである。


 別に誰かの不幸を面白がったりするようなゲスでもないので、存分に心の内を言って欲しい。


 振った聖女様を、運命の人だと思っていたけどあれは勘違いしていただけとか。元婚約者が幸せになってて、なんか複雑とか。そういう……正直な気持ちを吐き出して欲しい。


 ロシュ殿下は私のことをまじまじと見つめて、悪戯っぽく微笑んだ。


 わ。可愛い笑顔……え。けど待って。さっきまでの物憂げな彼は、どこに行ったの?


「なあ……口は固いか?」

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