第2話「悲しい夕焼け」

 婚約破棄されたての元婚約者の悪役令嬢だって、颯爽と現れた隣国の王太子があれよあれよという間に連れ去ってしまった。


 つまり、ここに居る人は運命の人にも、幼い頃から自分のことを好きだった元婚約者にも去られた……とても可哀想な人なのである。不憫過ぎて、心の許容量オーバー気味。


 ふと視線を上げれば、失恋もしていないはずの私の目に夕焼け空が目に染みる。


 もうすぐ、日が沈んでしまう。


 なんだか風景も悲しそうなのに、それを見ている彼はより悲しくならないだろうか。


 大騒ぎにはなったものの、その後何ごともなかったかのようにその日の政務を終えた王子様が、失恋したショックで海の見える城壁の上に一人で現れることは、初日にはもう城中噂がまわり皆知っていた。


 そんなこんなで私と同じように城に仕える面々は、この時間のここには絶対に近寄らない。


 物凄く恥ずかしい婚約破棄事故に見舞われた王子様から、なんだかんだで文句を言われて藪蛇が起こるなんて、絶対嫌だと言う気持ちを隠しもしてない。


 私の個人的な意見としては、ロシュ殿下は自分の仕事は仕事として、ちゃんとこなしているので、そこは大きく評価してあげたいと思う。うん。立派だよ。


 異世界での王族は現代でいうところの芸能人のようなもので、常に一挙手一投足が注目されてしまう。泣いて部屋に閉じ籠るも地獄、好奇の目に晒されながら黙々と公務をするのも地獄。


 しかし、成人として与えられた役目を果たしているのなら人の目も甘くなるというものである。後述の方が、少しだけましな地獄だと言えるかもしれない……きっと。


 運命の人のために婚約破棄したのに、振った時の言い方が悪いとその聖女にあえなくフラれた王子様。


 なんなの。この人が人知れず悲しむことも出来ないなんて、つらすぎない?


 あ。そういえば、私はそう思ってロシュ殿下を慰めたくなったんだった。


 あまりにも……彼が可哀想に見えて。


「たかが一回の失恋じゃないですか……人生長いですし、恋愛なんて何人かに振られて一人前じゃないですか……多分。うん。そう思います」


 なんて、前世にちょっと良いこと言う系の動画で聞いたことのあるような台詞で慰めるしかない。


 ちなみに私は前世から喪女だったので、失恋の経験はない。えせ知識なのは許して欲しい。上手いことを言えないのに慰めたいという、とても難易度の高いミッションに必死でチャレンジしてる。


 バッとこちらを振り返り、ロシュ殿下は半目になりつつ言った。


「お前には大広間のど真ん中で、幼い頃からの婚約者に婚約破棄し、その言い方が良くないと思うから、もう好きじゃなくなったと盛大にフラれた経験はあるのか?」


「あー……ないですね。ごめんなさい」


 失礼なくらい立ち入ったことを言ったのに怒鳴りつけることなく淡々とした静かな物言いに、逆に怒りを感じて、私はしゅんとして小さくなった。


 普通の平民は、そもそも婚約しないし、絶対そんな状況はないんです。


 うん。彼が今居る立場って彗星が頭に直撃する程度の……低い確率なのかもしれない。

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