夜を越えて

げっと

夜を越えて

 茅野真希が自殺したのは、三年前の今日のことだった。


 あの日、一通のDMが届いていた。一言だけ「さよなら」と書かれていたそのメッセージについぞ気付くことなく、マキとは永遠に別れることになった。


 マキとは、入学して以来の付き合いだった。一緒の教室の同じ班の中で活動するうちに、どちらからともなく意気投合したんだっけ。あまりに自然に打ち解けたもんだから、全く印象に残っていない。


 二人でよく一緒に帰った。帰り道々にクレープ屋とか、コンビニとか、ファストフード店に寄って、おやつをはみはみ、色々な話をした。


 流行りのアーティストのこと。部活動のこと。勉強のこと。学校行事のこと。インターネットで見つけた、ショート動画のこと。近所で開かれる、お祭りのこと。新しく出来る、ショッピングモールのこと。


 他愛もない日々が続いていて、卒業するまではこんな日々が続くんだって信じて疑わなかった。ううん、きっと卒業しても連絡を取り合って、こんな感じで喋っているんだろうなとすら思ってた。


 私は、マキの前でなら自然体でいられた。両親の前でもなく、兄弟の前でもなく、マキになら安心して、弱みも悩みも預けていられた。


 マキは、どう思っていたのだろう?クラスでは優等生で通っていたマキだけど、私の前では案外おちゃめだったり、ネガティブで打たれ弱いところもあったり、泣き虫でビビリな一面もあったっけ。クラスメイトには見せない、色んな顔を見ていたと思う。だから、マキもまた、同じように思ってくれていたのだと信じたい。


 ある時からマキは、はたりと学校に来なくなってしまった。それでも、私には会ってくれて、学校に通ってた時と同じように話してくれた。学校で見た、帰り道で見たマキと、何も変わらないままのマキが、そこにはいたはずだった。


 一度だけ、思い詰めたようなマキを見たことがある。あれはいつだったろうか。そのとき制服を着ていたはずだから、学校に来なくなる前かもしれない。


 マキは私を見るなりいきなり飛びついてきて、私の胸元に顔を埋めて泣いていた。その時小声で、何かを言ってた気がする。なんて言った?って聞き返したけど、マキは答えてくれなくて、ううん、なんでもないって誤魔化した。


 私はそっかと答えて、それ以上何も聞かない事を選んだけれど、もしあの時私がマキの言葉を拾えていて、それに答えられていたら。あるいは、しつこいくらいに聞き出していれば。もしかして、何か変わったんだろうか。それはもう、私にはわからない。


 そうして私は、今年もこの非常階段を登る。マキが飛び降りたところだ。一番上まで登り切ると、そこから地上を見下ろした。街は店の明かりに照らされて、夜も更けるというのにまだ明るい。道路の方に目を向ければ、ヘッドライトが列を成して前進しているのが見える。


 空を見上げれば一片の欠けもない満月が、黒に塗りつぶされた空を照らしている。空はこんなにも暗くて、空気はとても澄んでいるのに、星々の姿はどこにもない。


 私は手すりに足をかけて、そのまま二の足を踏んだ。満月の夜は不思議な事が起こるという。ああ、どうか月の引力が私を引っ張って、マキの元へと連れていってくれないかな、とか、他力本願な考えが頭をよぎる。


 そして今年もまた、きっと、このまま思い留まるのだ。そして、マキのいなくなってしまったこの世界で、死んでしまったマキとは違う道を、のうのうと生きていくのだ。


 この手すりを乗り越える時、マキはどんな覚悟を持っていたのだろうか。何を思っていたのだろうか。手を震わせながら手すりに跨り、考えてみるけれど、だからといって次の一歩を踏め出せる事はきっとないし、あのときのマキの気持ちが分かることもきっとない。


 だから私は手すりを降りて、今年もまた、一人非常階段を降りていく。次に来るときはきっと、空を飛べる薬を買ってこよう。なんてバカみたいなことを考えながら。マキを待たせてしまうことにはなるけれど、私は、内側に残したもう一方の足を、手すりの外へなげうつ度胸すらなかったのだから、仕方がない。


 胸に秘めたマキへの想いは、今年もまたお預けだ。いつかきっと迎えに行って、マキに直接伝えるから、それまで待っていてほしい。マキよりすこし長生きした分だけ、お土産話もつけるから、それで勘弁してほしい。


 またね、マキ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夜を越えて げっと @GETTOLE

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ