第62話 暴風

「身だしなみ!」

「よし!」


 私は黒ベースに青紫色の小さな花の装飾があしらわれたドレスワンピース。

アウラさんはというと、自前の燕尾服を着用している。なんで燕尾服を持っているのだろう。


「アウラくん!」

何故かキメ顔で私にウィンクしてきた。たぶんこれは……「今日もイケメン」が正解だろう。

真顔で答えたが、どうやら正解だったようだ。「ルーシェちゃんだけだよ。このノリに合わせてくれるの」とあからさまな嘘泣きをしている。


 公園で雑談を続けていたら、ノーブルを送り迎えする時と同じ馬車が来た。

本来は屋敷に来てもらうのだが、私と両親の関係を知っているアウラさんがあえて公園

に迎えに来てもらえるように計らってくれたようだ。

湖のある穏やかな公園に豪奢な馬車……合っているようなミスマッチのような。


 私たちが乗ると馬車はすぐに動き出した。

御者は一度もこちらを見ることも声をかけることもなかった。違和感がする。

アウラさんと顔を見合わせると、小さく頷いていた。

彼も私と同じことを考えているようだ。


 小声で私たちは会話する。


「なんか御者がおかしくなかった?」

「アウラさんも気づいた? なんだか目が虚ろというか」


 感情がないみたい。魂を抜かれたってこういうことなのかなと思うくらい。

まるで殻のようだ。


「この馬車は本物だよね?」

「いつもノーブルが乗っているのと同じだから恐らくは」


 このまま行くと厄介なことになる気がする。

だからといって降りることはできない。


「ようこそいらっしゃいました」


 城に着いたら何か分かるかと思ったが、兵士たちも、使用人たちも皆同じ状態だ。

虚ろな目。

歓迎の言葉を発してはいるが、全員、私たちと目が合わない。

本当に私たちを認識しているのかも分からない状態だ。


案内されるまま、国王がいるという部屋の扉の前まで連れてこられた。


「ちょっとヤベェかもな」

「でも、帰るのも難しそう」


 後ろをさりげなく確認すると、逃がさないと言わんばかりに兵士たちが武装して背後に立っている。


「念のため、アウラくんから離れないよーにな」


 頷いて扉を開ける。

豪奢な内装。その中心にある、ソファーに壮年の男性が1人座っていた。

どこかノーブルに似ている顔立ち。

国王は目の前の男性で間違いないだろう。

目は……予想はできていたけど虚ろである。


「……あんたもか」

「あぁ!やっと来たのか」


 ゆったりと、部屋の奥から現れたのはセツナだった。

いや……


「フェンリル!」

「儂のことを知っているか。ルリあたりが話したのか? どうせいつかは露見することだったからいいが」


 国王の肩にフェンリルの手が置かれた瞬間、自我だけでなく意識も手放してしまったようだ。手足は力なくだらりとたれている。

やはり、城の人間がこうなってしまった犯人はフェンリルなのだろう。


「精霊がいたのは予想外だが…まぁいい。魔女には消えてもらう」

という言葉と同時に、大勢の兵士たちが私たちを囲む。


 彼らは普通の人間だ。無闇に魔法を使って傷つけるわけにもいかない。

それはフェンリルについてもだ。体はセツナのものだ。下手に攻撃をしかけて大怪我を背負わせるのも避けたい。

ジワジワと、操られた兵士たちは私たちに近づいてくる。


突然、暴風が巻き起こった。

ちなみに窓は開いていない。


「オレの前で殺す? 自惚れるなよ獣が」


 風を起こしたのはアウラさんだった。殺気を隠さずに怒っているのは一目瞭然ではあるが、風で飛ばされないように片腕で私を支えてくれていることから冷静さは失っていないのだと安堵する。

いつの間にか服装がいつもの2000年代風のラフな格好になっていた。


 暴風によって、兵士たちは立つのがやっとの状態になっている。

だけど、フェンリルは慌てることなくのんびりと立っていた。


「この体は便利だな」

「……オレたちからすれば面倒だ」


 やっぱり、アウラさんもセツナの体を傷つけるのを躊躇っているんだ。


 何か手を打たないと……と考えていた時、こちらから見てフェンリルの左斜め後ろの扉が無音でほんの少し開く。

背中側での出来事だからか、フェンリルはまだ気づいていないようだ。

少し開いた扉の隙間から出てきたのは宿の紹介カード。

あのカードの持ち主は……


 アウラさんにアイコンタクトをとる。

扉が少し開いたことに気づいていたようで、「うん」と私の言いたいことを理解してくれた。そして、「ちょっと失礼!」と私を横抱きに抱える。

フェンリルに向かって吹いていた風が一瞬で消えた。フェンリルはというと何が起きるのかと少し警戒し始めている。


「いくぜ! 3、2…」


「1!」と叫ぶと同時に私たちは扉のまえに立っていた。

目で捉えられないほどの高速移動。

これが精霊の本気……!


 1の合図とほぼ同時に扉が開かれたので、転がるように部屋に入り込む。

そして、間髪入れずに扉は勢いよく閉められ施錠された。更に蔦が扉を覆う。これで簡単には開かれないだろう。


「大丈夫か!?」

転がっている私に手を差しのべたのは学友だった。

「ノーブル!?」

ノーブルに起こしてもらいながら、アウラさんの方を見ると、「不完全燃焼…」と大の字に転がっている。


「精霊くん~~! ここも長くは持たないから起きてほしいなぁ!」

とアウラさんを無理やり立たせていたのは、カードの持ち主でもあるセン様だ。


部屋の中を見渡すと、そこもかしこも蔦で覆われている。セン様の魔法だろう。


「ボクたちの事情を説明したいけど、今は逃げることを優先しよう。ノーブルくん」

「はい。地下通路を使って城を出ます。先ほど外を飛んでいた鳥が射たれたから窓からの脱出は困難だろう」


 どうやら外の兵士たちは動くもの全てを弓矢で射つらしい。確かにその状態での窓からの脱出は困難だ。

そう言ってノーブルは大きめの絨毯をめくり始めた。

1人では時間がかかりそうなので、4人で力を合わせる。

「これだ」

絨毯に隠されていた床の一部が明らかに色が違う板になっている。それは蓋となっており、開くと中に階段があるのが見えた。


 最初に私が降りて、最後にアウラさんが降りる。

途中、蔦が千切れる音がした。

フェンリルが扉を開けようとしているのだろう。

アウラさんが降りて蓋で入り口を隠すと同時に扉が破壊された。

「隙間から風を送って暴れさせる! 時間稼ぎにはなるはずだぜ」

部屋の方から風が吹き荒れる音がした。

振り返ることはなく、私たちは通路を進む。


 城から逃げ出すなんて、なんだかソレイユ城を出たときのことを思い出す。

あの時は皆が飛び降りて、私は逃げ遅れたのだけど……

このデジャヴは口には出さなかった。

ノーブルはあの話に私たちが関わっていることを知らないからね。気を付けないと。


「なんだか帝国を思い出すな!」


あ、アウラさん言っちゃった!


「む?」とアウラさんの言葉を疑問に思ったノーブルが立ち止まる。


「て、帝国にもこんな通路があるかもしれないねってアウラくんは言いたかったんだよね!」

とセン様が必死にアウラさんの口を塞いでいた。


「と、とにかく! この先の通路を進めばいいのよね……すごく真っ暗だけど」


奥は真っ暗で見えない。どこへ繋がっているのだろう。

私たちは暗闇に吸い込まれるように、終わりが見えない通路を進み始めた。

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