第63話 地下探検

「さすがに暗すぎるから灯りはつけたいけど、蝋燭もないからな……うん、危ないからボクが先導しよう。キミたちはちゃんと後ろを着いてくるんだよ」


 セン様は有無を言わさずに先頭にいた私の前に立ち、歩き始める。さりげなく、笑顔で先頭を変わってくれたな……

私もこういう大人になりたかったものだ。


セン様を先頭に、私、ノーブル、アウラさんの順で歩く。


「それはそのとーりだけどさ、センくんってルーシェちゃんに甘いよな? なんかこう……雰囲気とか話し方とか」

「ふふ……この子は恩人だからね」


前々から思ってはいたが、他人から見てもセン様は私に甘いようだ。

詳細をはぐらかされたアウラさんは

「ふーん」

としたり顔で私たちの後ろを歩く。何かに気づいた様子だけど、それが何なのかは分からない。


 通路を進み始めてすぐに、再び私たちの前に下へ繋がる階段が現れた。

そういえば私たちが先ほどまでいたのは2階の部屋だった。そのため、もう一度階段を降りて地下に移動しないといけないようだ。

ノンストップで階段を降りきると、やっぱり暗闇の中に道が。

恐らく地下に着いたのだろう。心なしか2階のの通路にいた時よりも肌寒い。他の人たちは大丈夫そうだ。

……そうか。私だけ袖無しのドレスワンピースを着ているのだから寒くて当たり前か。


「寒くなってきたね…大丈夫かい?」とセン様が黒いジャケットを鞄から取り出して貸してくれた。少し大きいが暖かい。

「ありがとうございます。暖かいです」

「ちょっと大きかったかな。でもそこがまたキミの可愛さを引き立たせるね」

自然と私を褒めてくれた。慣れているな。


「あ~! センくんがルーシェちゃんを口説いてる! ロキに言っちゃおっと!」

アウラさんは両手を使ってやたら上品に口を隠していたが、目元からニマニマしているのが隠しきれていない。

「アウラさん、こういうのは大人の気遣いってやつですよ」

「社交辞令のつもりではないけどね。ルーシェちゃんへの言葉は全て本心だよ」

すごい。やはり社交界で生きる人は違うな。


「その、ずっと気になっていたのだが……アウラ殿は」

会話が途切れたタイミングで、ノーブルは顔だけを後ろに向ける。アウラさんに訊きたいことがあったようだ。

「精霊……ですか?」

「そう! 風の精霊のアウラくんだぜ!」


そういえば2人は初対面だった。色々ありすぎてすっかり忘れていた。

ロキが正体を話したということは知っていたらしく

「ロキの友達だぜ!」と目元にピースした手を置いて、明るく自己紹介している。


「先ほどのアウラ殿はとても勇ましかったです」

 ノーブルからの賛辞にアウラさんはピース&笑顔のまま固まる。

ぴちゃり、と天井から水が地面に落ちる音がやけに大きく聴こえた。


「は、はは……ちょっと照れるな」


 照れるというよりも焦っている気がする。あまり本気を出しているところを他人には見られたくなかったのだろう。

何故かこういう時だけ鈍感になるノーブルは

「とても素晴らしかった」

と褒め続けていた。


「あれは内緒の本気モードだから…」

「そうだったのですね。ではロキにも内密にしましょう。僕は秘密は守る人間です」


アウラさんは

「眩しい…」

そう呟きながら苦笑いになっていた。

気持ちは分かる。私もクレアと初めて会った時のことを思い出した。

セン様は後ろで起きていることに対して笑いを堪えるのに必死のようだ。


「ところで、この道はどこに繋がっているの?」

ふと、気になった。これで森に出てきたら、魔獣に囲まれること間違いなしだろう。


「確か、魔法学園のとある部屋に繋がっていると聞いている」

「なんで学園なんだろう……アウラくん?」


アウラさんは「ま、まさか…いや…」

とぶつぶつと呟いていた。


 そのまま真っ直ぐ進み続けていたら、通路の右手側の壁に重厚な扉があるのを発見した。

ノーブルの話だと、ゴールにはまだ程遠いはず。ではこの扉は何だろう。


「道の途中に扉……なんだか怪しいねぇ」


フェンリルが追いかけてきている気配もなかったことから、私たちは立ち止まって扉を観察し始めた。

都合がいいと言わんばかりにアウラさんは扉を指差す。

「アウラくんは学園の扉よりこっちの方がいいと思うなー!」


「何か焦っていませんか? しかし、僕もこの扉の存在は記憶にない。念のため確認だけはしよう」


ノーブルがドアノブに手を掛けてゆっくりとひねったが、開かない。


「あれ?」

「鍵、閉められてはいないかい?」


 あまり時間を消費するわけにもいかないので、諦めて学園の方に行こうとしたが、扉の奥から声がしたことにセン様が気づいた。


「子供の声がしないかい? 聞き覚えがあるような…女の子の声だ」

「すまないが扉を開けてくれないか!」


 ノーブルの声が聴こえたようで、扉の向こうの少女は

「は!?」

と慌てているようだ。


その声に私たちは

「ヴィア(ちゃん)(殿)!?」 

と思わずハモってしまう。


「その声は…! すぐに開ける!」


「これだったかの」「あれだったかも」といった声の後、ガチャンと解錠する音がした。

扉がゆっくりと開かれる。


目の前は美しい水の世界だった。

あれ、水の世界が眼前に迫ってきているような……


「しまった! 貴様ら息を止めろ!」


 叫び声に咄嗟に息を止めた直後、私たちは水流に呑み込まれた。

ヴィアちゃんは何か唱える。


「よし、もう大丈夫だ。息をしてもよいぞ」


 おぉ。水の中で呼吸ができる。これが水の精霊の力…!


 泳がないといけないかと思っていたが、ヴィアちゃんが私たちのいる場所の周辺の水を消し去った。おかげで呼吸もできる。

水中で見えない壁と天井に囲まれている感覚だ。水の中で浮くのではなく、底に足をつけられるなんて滅多にない体験だろう。

上を見ると小魚がたくさんいた。ヴィアちゃんの背後にはとても小さな小屋が。

恐らくこれがこちらに越してきてから建てられたヴィアちゃんの家だろう。


「ふぅ。何故あの扉の前にいたのだ? あれは我が作った出入口だぞ」


 どうやら王国に引っ越してきてから作った、緊急用の扉だったらしい。

この様子だとあの通路が何のためにあるのかまでは知らないようだ。


「お久しぶりだヴィア殿。まずはボクたちから状況を説明させてくれ」


 そうだ。ノーブルとセン様の事情を私たちもまだ聞けていなかった。

まずはセン様からだ。


「ボクは今日、外交のために国王と会う約束があったから城に行ったのだけど、城の人間全員が虚ろな目をしていてね。逃げられそうにもないし案内された部屋で王を待つように言われ、とりあえず待っていたら……ノーブルくんが逃げ込んできたんだ」


「僕は朝の日課である剣の素振りが終わって城の中に戻ったら、僕以外の人が皆ああなっていた。正気を失っていないセン殿が部屋へ案内されているのを見た時から助けを求めたのだ」


「あとはキミたちが見たように籠城していたってわけ」


 ヴィアちゃんは引っ越してきてからずっと水の中で暮らしており、外に出ていない。そのため、セツナの件も初耳だったようだ。

「我、すべてが初耳じゃ」

と新情報を聞くたびに百面相になっている。


「ふむ。フェンリルがどのような手段で自我を奪ったのかも気になるが、城の人間の中でノーブルだけが無事である理由は分かるぞ。我の加護だ」

「僕に?」

ヴィアちゃんはドヤ顔で人指し指を左右に振る。

「貴様がアテナからの手紙を読んでいる間にな。加護で貴様の魔法への耐性を上げたのだ。なんてたって我は水の精霊ヴィヴィアンだからな!」


 ノーブルはアテナ様の件でヴィアちゃんと知り合っている。その際にこっそりとヴィアちゃんは加護を施していたようだ。


加護についてはノーブル本人も知らなかったというか、彼はヴィアちゃんの正体も知らないのだ。


「ヴィヴィアン? ヴィアちゃん殿が?」

「感謝して崇めても良い……と言いたいが、アテナの近況を教えろ。それでチャラチャラだ」


チャラチャラではなくチャラだよ。というのは私の代わりにアウラさんが突っ込んでくれた。

照れ隠しなのか、「分かっておったわ!」とアウラさんの腰をべしっ!と叩いている。


「姉上からの手紙には『大切な友人とお別れしてしまったけど、またいつか会える日を楽しみにプレン様と頑張っている』と書かれていた。帝国の混乱が収まれば、僕たちもようやく姉上と会える」


「元気なら良いのだ」

とヴィアちゃんは安堵していた。

そして気持ちを切り替えたのか、少し目が真剣になった。

「して、その聖女とやらは現在どこにいるのだ。どう考えてもそやつの力はこの先必要となるぞ」


セン様は同じ宿に泊まっているのだから一番彼女と会う頻度が高かったはず。

アウラさんにノーブルも同じ事を考えたようだ。

全員が彼を見る。

「昨日の彼女はボクや騎士団の人たちとセツナの捜索をした後に宿の自室に帰っていったよ」


 ラナさんの安否の確認もしたいが、フェンリルから逃げながら宿に行くのはやや骨が折れそうだ。

しかし、合流は必須だ。


 それを見ていたヴィアちゃんが

「あ~! もう仕方ない!」

と黙考している私たちを見かねたように叫んだ。


「我は帝国の件を経て人間には関わらないと決めた。だが、人間の命と信条。どちらを優先すべきかなど秤にかける必要もない! 我が聖女を必ず連れていくから貴様らは先にロキの家に行け!」


「え? ちょっヴィア!?」


 有無を言わさずに私たちは突然発生した激流によって水上へ送られる。

「今、王国の全ての水と我は同化しておる。ロキの家に一番近い湖に送ろう」


「ヴィアちゃん!」

「なんじゃ!」


私は段々と小さくなっていくヴィアちゃんに感謝の気持ちを伝えたかった。


「ありがとう!」


「我はヴィヴィアンだからな!」

と高らかに笑いながら水の精霊は私たちを見送った。

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