第64話 集合

 水中から顔を出すと、木々に囲まれた湖に私たちは浮いていた。

ヴィアちゃんの言っていた通り、無事にロキの家に一番近い湖に着いたようだ。

地に足をつけた時、水に濡れたはずなのに服が重くなっていないなぁと思った。

確認してみるとなぜか服は濡れていない。アウラさん曰くこれも"加護"なのだとか。


「ベルギアやロキの時から薄々思っていたが、精霊は身近にいるのだな……まだ少し驚いてはいる」

 フェンリルが城の人間ほぼ全員操っていた…という衝撃が大きかったからか、今になって自分の周りに精霊ばかりいることに驚いている。ノーブルの今の表情はうまく言葉にできないが、『驚愕』に分類されるのは間違いないだろう。


「これから精霊しかいない場所に行くから覚悟した方がいいわよ」


 朝、家族や使用人たちはいつも通りだったが、もしかしたら今頃は城の人たちと同じように…

怖くなってきた。考えるのはやめよう。とりあえず今できることをやらないと。


「こっちだよ」

アウラさんに着いていくと、木の小さな家が見えてきた。


「森の中なのに魔獣が全くいないけど、これはロキくんの力かい?」

「それもあるけど、もしかしたら森の魔獣たちはフェンリルに呼ばれて城の方へ移動しているかもしれない。……流石にこれは大精霊も動くはずだぜ」


この前、ルリは「何故か大精霊は動かない」

と言っていたな。でも、これは国の危機だ。

アウラさんの言うように動かないわけにはいかないはず。どこにいるのだろう。


「ルーシェ ノーブル アウラ ……誰?」


家の前にある丸太に座り、リスと戯れていたベルギアは私たちを見るなり首を傾げた。


「あ、キミは光の精霊だね! ボクはセン。ルーシェちゃんの友達だよ」


セン様は軽く挨拶をする。

「承認」

と頷いて私たちをロキの家にいれてくれた。


 外から見ても分かっていたが中は狭かった。ロキ1人ならあまり支障ないのかもしれない。

机、椅子、台所、ベッド。

生活に必要な最低限の道具と家具だけが1つの部屋に集められている。

奥の方にドアがある。シャワールームかな。

 家主であるロキは最低限の内の1つである椅子に座り、机に大量に置かれた青紫色の鉱石のうちの1つを削っている最中だった。

材料集め担当だったノートさんはアイマスクをして床で眠っている。ベッド使わないのかな…


「うわ。大人数じゃん」

とノートさんは体を起こしアイマスクを外した。

その声に反応したかのようにロキも顔を上げて私たちの顔を不思議そうに見る。


「どうしたんだ……ってアウラ。お前がそんなに魔力を使うのは久しぶりじゃないか?」

「そりゃあフェンリルから逃げてきたからね」


全員で事情を説明する。

「ヴィアがいるなら聖女は大丈夫でしょ。なんならもうこっちに着くはずよ」

と意外とノートさんはケロッとしていた。

「そうだな。それよりも城以外でも同じ事が起きていないか気になるな」

とロキもヴィアちゃんの実力を信じているようだ。


「オレは他の人間の様子を確認する。ノート」

ノートさんはアイマスクをポケットにしまい、けだるそうに立ち上がる。

「はいはい。パナ! 人間の回復はあんたに任せるわ!」

「承認」


 3人は家を出ようとしたが、2人の来客によってそれは止められた。


「既にほとんどの国民の自我が奪われていますわ。大精霊様の命により、わたくしはフェンリルを止めに行きます」

「ラナさんにヴィアちゃん! 無事でよかった」


 2人が言っていた通り、もうヴィアちゃんはラナさんを見つけたんだ。


「我は探すのと守るのは得意だからな!」


 ヴィアちゃんはやはり強くて頼りになる精霊だ。


 ラナさんは街の人間たちの異変に気づいてすぐに部屋に籠っていたそうだ。

だからヴィアちゃんもすぐに見つけられたのだとか。

そして、ヴィアちゃんがラナさんを助け出す未来を見た大精霊様もその場に駆けつけたらしい。


「セン様にアウラ様。お二人にはグランディール帝国に援軍を呼んでほしいとのことですの。サラマンドラ様を西の時計台で待機させるようなので、そこで連れてきた援軍たちと共に合流してから城に来るように…と」


 グランディール帝国の皇帝直属の魔法使いであるセン様と風で高速移動ができるアウラさん。

短時間で皇帝の元へ行くことができ、セン様が王国で起きたことの証人となることで王国の現状を信じてもらえる可能性が高くなる。


 大精霊様の判断は早くて的確としか言いようがない。


「分かった。センくん……アンタは責任持ってアウラくんが連れていくぜ!」

「以前、キミたちに助けてもらった恩を返せそうだ。きっとプレンも喜んで手を貸すだろう」


 外に出たアウラさんは風で自分とセン様を宙に浮かせた後、目で姿を捉えられない速さで飛んで行く。10秒も経たずに彼らの姿は完全に見えなくなってしまった。


「次にノーブル様、人間で自我が残っているのは、ルーシェ様とわたくしとあなたしかいません」

「クレアもか…」


 ノーブルは苦しそうな顔をしたが、

「僕は何をしたらいいだろうか」といつもの勇敢な王子に戻る。


「大精霊様からの伝言は『援軍の城までの案内役を頼みます。援軍が来るまでフェンリルに見つからないことを優先してください』でしたわ」


「ヴィヴィアン様と共に西の時計台の前でサラマンドラ様と合流して待機。援軍が来たらすぐに城への案内をお願い致しますわ」


「僕は僕の役目を全うしよう。ルーシェ、ロキ。どうか無事で」

「ノーブルたちも気をつけてね」


ヴィアちゃんが作り出した大きな水の玉に、ノーブルを乗せて自分も乗り込む。

そして、アウラさんの風に比べたらゆっくりではあるが、プカプカと浮遊して動き出した。


「パナケア様とノート様にロキ様、そしてわたくしとルーシェ様はフェンリルを止めに行くように言われましたの」

「分かったわ。パナ、悪いけど回復はあんたに頼りきりになるわ」


「承認 治療 加護」


ベルギアは大量の薬品と包帯が入った鞄を背負って立ち上がった。魔法だけでなく道具も使うようだ。


「間に合ってよかった」

と出発前にロキは私の首にペンダントを着ける。


「あれ? さっき削っていた石は」

「もしものための予備の武器だ。ほら、違和感はないか?」


 細いチェーンについている青紫色の石は、角度を変えると表面にポツポツと小さな星のような瞬きが見え、宇宙を連想させる。

月並みな言葉かもしれないが星空のようで綺麗だ。


「ありがとう。大切にする」


 高速かつ安全な移動ができる精霊がいなくなってしまったので、私たちは徒歩で行くことになった。


「大精霊様ったら……最適解だけど中々にハードなことさせるわね……五大精霊で1番強いサラマンドラがノーブルの方に行ったからなぁ」


「ヴィアは戦いは不得手だからな。ノーブルだけで倒し続けるのも無理があるからだろう。だが、道中の露払いは俺たちだけで充分だ」

「それもそうね。てか五大属性使えるあんたと魔女になったルーシェちゃんがいるから大丈夫か」

ん?私もしっかり戦力に数えられている?

当たり前ではあるし戦う覚悟はしているけど、経験があるわけじゃないから緊張してきた。


 私の緊張で固まってきたのとは対照的に、ノートさんは伸びをしていた。

そういえばノートさんはどのように戦うのだろう。権能も祝福の内容も私はまだ知らない。


「ルーシェ、お前の魔法はフェンリルとの戦いまで取っておけ。俺たちが守るから」

「うん。3人とも頼りにしてる」


 フェンリルを止めて、クレアたち国民を助ける。そして、私はセツナを助けたいと思っている。

エゴかもしれないけど、私は彼女を助けたいんだ。


「じゃあ行こう」

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